混乱と陰謀と……⑦
青ざめた顔で叫び声をあげたエメラは、懐から一枚の紙を取り出すと俺たちの前へと広げて見せた。
そこにはいくつもの魔物の名前と、その特徴と思しきものが記されている。
「じ、実は私はマキナさんから魔物のちょーさ依頼を受けていたのですが……こ、これを見て下さぁああいっ!!」
「……擬態狐?」
その中からエメラが擬態狐という魔物の名前を指し示した。
こいつは山脈ではなく未開発地帯をうろついている弱い魔物の一種で、あらゆる生き物に姿形を変えて化けることが出来る能力を持っているらしい。
尤も見た目だけで能力は変わらず、もちろん人にも化けることが出来るが言葉をしゃべれるわけもなく簡単に見分けられるためそこまで脅威とみなされていない魔物だった。
だから俺も知ってはいたけれど存在が記憶から抜け落ちていて……しかし元ビター王国であった出来事を思い出して衝撃を覚えた。
(そ、そうだ魔獣は人の知識を持って魔物の能力を使うことができるっ!! もちろん言葉だって喋れるっ!! 声は違うかもしれないけど誘幻鳥当たりの能力も併せ持たせれられたら……もう見分けなんかつかないじゃないかっ!?)
「ま、マキナさんはサンプルを調べた結果人と魔物の合成生物であることを突き止めたらしいのでぇええすっ!! それまでは魔物が何らかの要因で知性を得た程度に思っていたらしいのですが、ひょっとして人工的に作られている可能性もあると……それで急遽魔物の中で強さに関係なく厄介な能力を持っている奴をリストアップするように頼まれたのでぇええすっ!」
「あ……そ、そうですよっ!! す、すみませんドタバタ続きで言い忘れてましたぁっ!! 確かにマキナ先生……じゃなくてマキナさんがそう言ってましたっ!! それでもしも魔獣が何かしらの意図の元に人工的に作られていたとしたら、用途に合わせて能力を尖らせたりするはずだって言ってましたっ!!」
「よ、用途って……っ!?」
二人に思わず聞き返してしまったけれど、俺ももう既に内心では薄々察しがついていた。
「それは……今までレイドさん達が戦ってきたのは戦闘用に調整された個体で、だから本体も背中にある無数の手にも攻撃用能力を持った魔物の特徴ばかりだったんじゃないかって……」
「ええ、そして逆に搦め手や情報収集用に人を惑わす能力ばかりを付加された個体も作られていて、そいつらが既に人間社会に潜伏していて情報を集めたりしているのではと危惧していらっしゃったのでぇええすっ!!」
そう言ってエメラが次いで指し示した魔物の名前には、予想通りというか俺たちが元ビター王国内で戦った惑木樹や誘幻鳥などの名前も記されていた。
(ああ、そうだよ……実際に元ビター王国じゃ罠代わりに人を惑わす能力に特化した奴が居たじゃないか……人工的に作れるなら役割に合わせて能力を調整するのは当たり前だ……くそっ!! 魔獣の強さに囚われて肝心なところを見落としてたっ!!)
あの日記を読んで魔獣の作られ方を知っていたはずなのに、そこまで思考が回らなかった己の無能さが情けない。
そして同時に、魔獣のサンプルを調べただけでそこまで危惧して動いていたマキナの知性がいかに頼りになるものだったかを再認識する。
(この場に居なくても指針を示してくれて、マキナ殿には感謝しかない……だからこそ今この場に居ないのが心細すぎる……)
『恐らくその危惧は正しい 私たちは実際に惑木樹と誘幻鳥の能力を持たされた個体と戦闘になり非常に苦戦した』
「ええ……間違いなく、この事件の黒幕は魔獣を用途に合わせて調整していることでしょう……そしてドーガ帝国や……いやルルク王国もですが未開拓地帯から普通の魔物の姿が消えている以上は確実にその擬態狐の能力を持った魔獣も作られているでしょうね」
自分で言いながら、何やら物凄く今の事態が絶望的に感じられて重苦しい空気が当たりに満ちるのを感じる。
(ひょっとして最初、魔獣と魔物が未開拓地帯で活動してたのって戦闘データを集めるためじゃなくて必要な能力を持つ魔物を揃えるためだったりするのか……)
思い返してみると最初に戦った魔獣は、俺たちに向かって逃がしたら怒られるみたいなことを口走っていた。
本当はあの段階ではまだ秘密裏に準備を進める段階だったのかもしれない……しかし魔獣の力に酔ったあの個体が全滅させて口封じすればいいとばかりに暴れまわり逆に討伐されてしまった。
そして魔獣という存在が世界に知れ渡ってしまったために、仕方なく黒幕が行動し始めたとすれば俺と魔獣の行動時期が多少重なって見える理由に説明が付く気がした。
(……いや、今はそんなことはどうでもいい……重要なのは本当に偽物が人間社会に潜伏しているかどうかだ)
「うぅ……じゃ、じゃああのマリアさんは……ま、魔獣が化けている偽物ってことぉ?」
「……いえ、その可能性もあるというだけです……本当に性格が変わっているだけという可能性もありますし……」
『私の名前をかたる存在も魔獣が化けた存在かもしれないし、両親の思惑で誰かが署名しただけかもしれない 区別はつかない』
「ひょっとして妾の父上も……いや、そんな筈はあるまいが……しかしあの変わりようは……」
一度疑い出すと、何もかもが怪しく思われてくる。
ひしひしと疑心暗鬼が胸にこびりついて、それこそ誰を信じていいのかわからなくなりそうだ。
(まだ本当に擬態狐の能力を持つ魔獣が居るとは決まってないのに……尤も確実に作られてるだろうけど……くそ、たったそれだけのことでこんなにも何もかもが信じられなくなるなんてっ!!)
もしも本当にあのマリアが魔獣ならば早めに見抜いて対処しなければ大変なことになる……しかし逆に彼女が本物ならば、下手に手を出そうものならそれこそシャレにならない事態につながる。
(どうにかして魔獣かそうでないかを見抜ける方法を探さないと不味いっ!! それも出来る限り早くだっ!! じゃないと気が付いたら俺の周りにいる人たち全てと入れ替わっている可能性すら……っ!?)
そこでふと思う……今俺を取り囲む状況は、殆どが伝聞で成り立っていることに。
アリシアの偽物はもちろんのこと、噂話にしてもマスターとフローラが間接的に伝えてくれただけだ。
ルルク王国で指名手配されているのもあくまでもここにいる王女アンリが語っただけで、俺は王宮の状況を実際に見たわけではない。
(俺に伝えてくれた人が……すでにここにいる人が魔獣が化けた存在である可能性も……ってしっかりしろっ!! 仲間を疑ってどうするっ!?)
本格的に疑心暗鬼に陥りそうになり、自分を叱咤するが疑いそのものはなかなか消えてくれない。
しかし他の皆も似たような心境らしく、どことなく申し訳ないような……それでいて他の人を観察するような視線を向けている。
「……どうにかして魔獣が化けた存在を見抜く方法を見つけましょう……そうでないと下手に動くことも出来ませんよ」
「うむ、確かに……じゃがそんな方法があるであろうか?」
「困りましたねぇ……本当に……」
絶望的な状況に思わずため息をつきそうになりながら、俺たちの目は自然にギルドの奥へと向かってしまう。
(マキナ殿が戻って来てくれればこの状況でもきっと何かしらの案を出して……だけどそれだって本物かどうか見分けられないと……ああ、トルテさん達だってそうだ……もうどうしたらいいんだこれ?)
「うぅ……アリシアさん、こーいうとき何か便利なまほーとかないのぉ? 擬態を解くまほーとかさぁ?」
『残念だがそんな魔法は な』
そこまで書いたところで不意にアリシアは顔を上げて俺を見つめたまま、希望に満ちた表情で文字を書き足した。
『ある レイドの範囲魔法 あれは自分と同じ存在を検出する 区別できるはず』
「あっ!?」
アリシアに言われて今更ながらにそのことに気付く俺。
(そ、そうだよっ!! スキャンドームでもいいし、それこそエリアヒールだって俺たちは回復しても魔獣は回復しなかったじゃないかっ!! 幾らでも見分ける方法はあるじゃないかっ!!)
閉塞的な状況に風穴があいたような気がして、何やら物凄く興奮してくる。
「ほ、本当ですかっ!! それならもう解決したも同然じゃないですかぁっ!!」
「おおっ!! そうであるかっ!! それは何よりだっ!! 流石レイド殿っ!!」
「ベリーグッドでぇえええすっ!! レイドさんお見事ですよぉおおっ!!」
「おおーっ!! 流石レイドだぁっ!!」
『本当に凄い 私よりずっと役に立ってる』
皆もこの状況を打開できる手段が見つかったことで、少し大げさなぐらい騒ぎ出し俺を持ち上げ始めた。
「いや、気づいてくれたアリシアのおかげだよ……全く俺は自分で開発した魔法なのにどうして気づけなかったのか……」
『そんなことはない 何よりレイドが新しくこの魔法を作り出していなかったら、それこそ何もかも終わりだったかもしれない』
「……だとしたらやっぱりそれはアリシア、君のお手柄だよ……俺は君に追いつくためにこの魔法を使えるようになったんだから……ありがとうアリシア……」
何処かくすぐったい気持ちを抱きながらもアリシアにお礼を呟く。
(アリシアの背中だけを追い求めて……何もかもに押しつぶされそうになりながらがむしゃらに努力してきたけど……こんな風に役立つなんて……あの日々は無駄じゃなかったんだな……アリシアの……皆の役に立てるんだから……)
『違う レイドの努力が実っただけ 私が居ても居なくてもレイドはきっと』
「そんなことはないよ……俺はアリシア、君を追いかけていたからこそ……」
「あのさぁ……いーずらいけど、今はイチャついてるばーいじゃないと思うんだけどぉ……」
アリシアと見つめ合いお互いを褒めたたえていた俺たちを、呆れた口調でアイダが咎めにかかる。
「い、いや別にイチャついてるとかじゃ……っ」
『アイダさん 違う誤解』
「はいはい、いいからいいから……全くもぉ……じょーきょーを考えてよねぇ……まあ二人が仲良くしてるのを見るのは結構好きだけどさぁ……寂しくもあるけど……」
「ほほぉ……ふふふ、良いぞ良いぞ……やはり生で見る恋愛事は実に素晴らしいのぉ……」
「あ、アンリ様ぁ?」
先ほどまでの空気はどこへやら、解決策が見つかったからか変な雰囲気に包まれそうになる。
「す、済みません皆さん……レイドさんの魔法で本当に見抜けるというのであれば早速マリアさんがどうなのか確認しに行きませんかぁ?」
そこへ恐る恐るというか、妙に神妙な態度で……だけど真剣にこちらを見つめて提案してくるエメラ。
彼女からすればもしも尊敬すべき人が魔獣に取って代わられているとしたら今すぐにでも何とかしたくてたまらない事だろう。
(そうだよな……もしも本当にあのマリア様が魔獣の化けた存在なら本物はどこに居るんだって話になるし……何より実際に問題はまだ何も解決しちゃいないっ!! 気を緩めるな俺っ!!)
考えてみればこれで魔獣を見抜けるとは言っても、実際には隣国のアリシアの偽物はともかく、マリアやアンリの父親に関しては調べてみるまでは魔獣が化けているかは分からないのだ。
それこそ逆に本物が指示を出している可能性だってあるわけで、その場合は何も解決しないことになる。
「そうですね……じゃあ早速、マリア様を探して魔法で正体を確認して……」
「その前に一度試してみませんかレイドさん? 本当に上手く行くのかどうか……検証は大事だってマキナさんも言ってましたから……」
意気揚々と歩き出そうとした俺をフローラが待ったをかけるが、言われてみればその通りだ。
確かにぶつけ本番で試すより、事前に上手く行くかどうか検証してみたほうがいい。
(それに、絶対ないとは思うけど……この中に偽物が混じっている可能性も零とは言い切れないもんなぁ……)
疑いたくはないが、こればっかりはきちんと調べなければならないだろう。
「わかりました……では……エリアヒールっ!!」
頷きながら範囲回復魔法を唱えると、途端に俺を中心に淡い緑の輝きが広がっていく。
そして同じ大地に触れている俺の同族だけが癒しの光に包まれていく。
「おおっ!! これがレイド殿の……っ!?」
「うわぁっ!! 私使う所初めて見まし……っ!?」
「ええとぉ、これって確かレイドと同じ存在が回復し……っ!?」
「え……えぇっ!?」
しかしエメラだけは何の効果も得られず、お互いに困惑した様子で視線を交差させる。
「い、いえっ!! わ、私はエメラ本人でぇえええすっ!! 無実ですよぉおおっ!!」
「えっ!? で、でも……あれっ!?」
「れ、レイドさんっ!? これは一体っ!?」
「エメラ殿が偽物……いや、だとしたらこのような資料をわざわざ提示するはずが……?」
すぐに首を横に振るエメラに対して、他の人達も信じられない様子で首を傾げながら俺を見つめてくる。
(た、確かにアンリ様の言う通りエメラさんが偽物だとしてあんな行動をとる理由が……でもじゃあ何でこの魔法の効果が無いんだ? 同じ大地に立っている俺と同じ存在……種族……ああっ!?)
「そ、そうか……エメラさんはエルフだから……人間である俺が唱えたこの魔法じゃ反応しないのか……」
『なるほど これはあのスキャンドームの簡易版で、自分自身を判定基準にしたものなのだな ならば確かにこのような結果になるだろうな』
「え、えっとつまり……エメラさんが偽物だからってわけじゃないんだよね?」
「そ、そうです……済みません変な誤解させるようなことをして……」
「は……はぁぁぁ……び、びっくりさせないでくださぁあああい……」
頭を下げた俺を見てエメラさんは思いっきり安堵の息を吐きながらその場に崩れ落ちそうになる。
「ほ、本当にすみません……」
「……いいえぇ……むしろ皆さん疑惑の目を向けるどころか気遣ってくださって……誰からも疑われないって分かって嬉しかったですよぉ……ですがもう勘弁してくださいねぇええ……」
「え、ええ……わかりました……」
「……けどレイドさん……エルフのエメラさんを見分けられないってことは同じエルフのマリアさんも見分けられないんじゃないですか?」
「うぅ……そ、そういうことになりますね……」
フローラの言葉に力なく頷く俺を見て、皆が困ったように俯いてしまう。
何せせっかく解決したような気になっていたところに冷や水を浴びせられる形になったのだ。
(がっかりさせちゃったかなぁ……まあマリア様以外は見分けられそうだし……だけどこれじゃあ戻ってきたマナさんやマキナ殿も……はぁ……困ったなぁ……)
『レイドしっかり スキャンドームの方を使って魔物を炙り出せばいいだけ』
「あっ!? そ、そうか……魔獣の身体の一部があればそれで行けるかも……」
「そーいえば前にマナさんがやって見せてたっけ……もぉしっかりしてよぉレイドぉ……」
「ご、ごめん……いや本当に申し訳ない……ええと、フローラさん……奥に魔獣のサンプルとか残ってない?」
「あっ!! ありますよっ!! ちょっと待っててくださいっ!!」
アリシアの言葉で改めてやり方を思いついた俺は、マキナの助手として働いているフローラに魔獣の身体の一部を持ってきてもらう。
ギルドの奥へと向かった彼女は、すぐに片手に謎のエキスで満ちている容器を持って戻ってきた。
「こ、これは?」
「マキナさんが幾つかの魔獣を調べて、人と交わっている部分に共通して存在している部分を抽出したエキスですっ!! 私も何に使うのか疑問に思ってましたけど、恐らくはレイドさんの魔法の為に用意してあったんだと思いますっ!!」
「……本当にあの人には頭が上がりませんね……では改めて、スキャンドームっ!!」
果たして今度の魔法でも俺を中心に淡い光が広がるが、この場の誰一人にも反応することはなかった。
「これは誰も魔獣が混じってないから……ってことですよね?」
「ええ……そのはずです……多分……」
「……何だか僕、ちょっとだけ不安になってきたよぉ……本当に上手く行くかなぁ?」
何も起こらなかったせいでアイダが少しだけ不安そうな声を洩らすが、俺自身もここまで段取りが下手糞だったせいで似たような心境に陥るのだった。
(アリシアに提案してもらって、フローラさんが試そうって言ってくれてようやくこれだもんなぁ……アイダじゃないけど本当に上手く行くのかこれ?)
『駄目なら駄目でまた新しい方法を見出せばいい それこそエメラがエリアヒールを覚えればエルフかどうかは見分けられる』
「あぅ……た、多分無理ですぅ……私は本当に魔力が欠片もありませんのでぇ……済みませぇん……」
「まあ何とかなるじゃろ……とにかくいつまでもくすぶっておっても仕方あるまいっ!! まずはマリア殿に試し、次いで我が父上を……」
「ふふ、私がどうかいたましたかぁ~?」
「「「「「っ!!?」」」」」」
そこへ聞き覚えのある声と共に、ゆっくりとギルドの扉が開き……俺たちが見つめる中で不敵な笑みを浮かべたマリアが姿を現した。




