混乱と陰謀と……①
何やら柔らかく触り心地の良い何かが身体に触れていて、またとても良い匂いも感じながら俺は気持ちのいい朝を迎えた。
「んぅ……はぁぁ……」
数日ぶりに落ち着いてベッドで寝れたからか、或いはある程度精神的に安定したおかげか本当に良い睡眠をとることができたような気がする。
おかげで身体も軽く、さっぱりと目覚めた俺は……目の前に広がる肌色に心臓が跳ねるのを感じた。
(えっ!? なぁっ!? あ、アリシアにアイダっ!? な、何で下着姿でっ!?)
俺の胸に顔を埋めるアイダに、こちらを見つめながら手を伸ばしているアリシア……どちらもまだ目を閉じているが、何故か下着しか身に着けておらずあちこちが露わになっている。
女性のこんな姿を寝起きに目の当たりにした俺は、何やら全身が熱くなってきて興奮してきてしまう。
(こ、こんな姿見たの初めて……い、いや前にアリシアが着替えているところを……って思いだすなっ!? そして見るのも悪いだろっ!?)
物凄くイケナイことをしている気分になり、慌てて目を閉じるけれど肌に感じる感触と温もりに女性特有の香りまで漂ってきて興奮が収まらない。
しかし下手に動いて起こすのも可哀そう……若しくはもう少しこの状況を堪能していたい気持ちもあったのかもしれない。
とにかく固まって何もできないでいる俺の耳に、そこで女性陣の口から洩れたと思われる声が聞こえてくる。
「うぅ……ん……っ」
「……ぁ……っ」
「っ!?」
ほんの僅かな吐息だというのに、それだけでまた心臓がドクドクと高鳴ってくる気がした。
「はぁ……ふぁぁぁ……んっ!? あっ!? えぇえええっ!?」
「っ!!?」
「痛っ!?」
だけどそこで急にアイダが悲鳴のような声をあげ、アリシアも息を飲んだような雰囲気が伝わってきた。
そして二人の動きが活発になり、目を閉じていた俺はあおりを食うようにベッドから突き落とされてしまう。
「な、ななななぁっ!? 何でレイドがぁっ!? そ、それに僕たち何でこんな格好してっ!?」
「っ!? っ!!?」
困惑した様子で慌てて身体を毛布で隠した二人は、顔を赤く染めながらも俺の方へとチラチラと視線を投げかけてきた。
その表情は照れているようにも睨みつけられているようにも……或いは何かを期待しているようにも見えたような気がしなくもない。
しかしとにかく先ほどの肌色が脳裏に焼き付いている俺は、そんな二人に見つめられていると何やら物凄く居心地が悪く感じてしまう。
(だ、駄目だ……どうしてもさっきの姿が頭に浮かんで……と、とにかく頭冷やしてこようっ!!)
「ふ、二人ともおはよう……じゃ、じゃあ俺はちょっと外に出てますからっ!!」
「あっ!? れ、レイドっ!?」
「……っ」
何か言いたげな二人を置いて、俺は急いで部屋から飛び出すと軽く深呼吸して胸の高鳴りを抑えることに勤めた。
(はぁ……しかしまさかあの二人のあんな色っぽいところを見……だからそう言う考えは止めような俺ぇ……)
それでも少し油断するとどうしても二人の艶めかしい肌と、下着に包まれていた胸部が思い出されそうになる。
そんな情けない自分を自戒しながらとりあえず自分の部屋に戻り、ベッドに座ろうとしたところで壁に立てかけてあった掃除用具が目に留まった。
(そうだ、朝の掃除をしないと……それで少し頭を冷やそう……)
早速掃除用具を手に取ると、宿を飛び出して街の掃除を始める。
さわやかな朝の陽ざしと風が心地よく、自然と身体がリラックスしてくる。
(ふぅ……大分落ち着いたな……しかし町の中は意外と綺麗に掃除されてるな……俺が居ない間はトルテさんとミーアさんがしてくれてたはずだけど……これなら魔物よけの祝福は問題なく機能しそうだ……)
尤も魔獣事件に関わる魔物にはあまり効果はないし、魔獣本体にしても本拠地であろう元ビター王国の領内にはまだまだたくさんいるはずだ。
ドラゴンの襲撃で数が減ったはずだけれど、流石に全滅するとは思えない。
(その残党がここへ攻めてこないとも限らないし……これだけじゃ不安だなぁ……やっぱり何か対策を考えて……或いはもう一度あそこへ攻め入らないといけないかもなぁ……だけど直接あそこへはいけないし、またマースの街から……あれ?)
そこまで考えたところで、ふと疑問が浮かんでくる。
(あの魔獣達は……魔物もだけど……どうやって大陸のあちこちへ攻め込んでいるんだ? まさか歩いて移動しているわけじゃないだろうし……)
それならば道中にある国がもっと激しく被害を受けているはずだし、そもそも他の国に繋がるマースの街はまだギリギリで魔獣達の進行を阻んでいる。
一応空を飛べる個体が居たからそいつらが運搬している可能性も無いわけではないだろうが、それにしては余りにも世界中に数多く広がり過ぎている気がする。
尤もそれらに対する回答に、俺は一つだけ心当たりもあった。
(転移魔法……かなぁやっぱり……少なくとも魔獣の合成には使ってるはずだし……それであちこちの未開拓地帯に飛んできてると考えれば納得がいくけど……だけどどうやってるんだろうか?)
転移魔法はかなり高度な魔法であり、魔法陣の運用にしても知識が必要不可欠なはずだ。
そして魔獣事件の……魔獣の元となっているのは貧民街に居た人間のはずで、彼らにそれらを使いこなす知識があるとは思えない。
仮に増産設備での反乱に成功したとしても、効率よく転移魔法や魔法陣を使いこなせるとは思えないのだ。
(いやそもそも合成する方法やら背中に付いている手に固い皮膚などの武装、それに自動回復機能の付加も全て高度な知識が必要なはず……それを当たり前のように利用できているのは……やっぱり背後に誰か黒幕が居るのか?)
思えば俺たちがドーガ帝国などを調べに言った理由は、まさに背後に潜んでいるであろう黒幕の探索だった。
特にどうやって人間側の情報を仕入れているのかなども調べたかったところだけれど、結局その辺りのことは全く判明していない。
(魔獣の成り立ちと、拠点であろう場所こそ見つけたけど……まさか黒幕候補だったドーガ帝国が崩壊寸前だったとは思わなかったもんなぁ……その辺りのことも含めてマキナ殿の意見を聞いて再度方針を固めないとなぁ……)
果たして次にどう動くべきなのか、正直なところ俺などの頭では全く思い浮かばない。
それこそエメラ辺りが新しい情報を持ってきてくれれば話が別かもしれないが、とにかく今はあの日記を読んだマキナの考察を聞くのが最優先だろう。
そう思い、早めにギルドへ向かいマキナと合流しようと改めて掃除の手を早めようとしたところでまた別のことに気が付いた。
(あ、あれ? そう言えばさっきからすれ違う人が誰も話しかけてこない……会釈はしてくれるけどどこかぎこちないような……)
考え事をしていた時は気づかなかったが、どうにも皆の反応が変に感じられる。
尤もかつての街のように無視されているとか嫌われているわけではないようで、むしろ同情的というかこちらを気遣うような視線を向けられているのもわかった。
「……レイドちゃん、今日もご苦労様ねぇ」
「あ……お、おはようございます」
そこで毎朝話しかけてくれているご年配の女性が、やはり何やら申し訳なさそうな顔でこちらに声をかけてきた。
すぐに挨拶を返しつつ、軽く聞いてみようと思った俺に彼女は何度も頭を下げてくる。
「ごめんなさいねぇレイドちゃん……変な噂が立って気になってるかもしれないけど、私たちは貴方の味方だからねぇ……」
「えっ!? あ、あのそれはどういう……」
「あら? まあ知らないならいいのよ……しょせん噂だし誰も信じてないから……それにもし本当だとしても、この町の人であなたを追い出そうとしている人なんかいないから……」
「っ!?」
追い出すという単語に過去のトラウマが刺激されて、思わず息を飲んでしまう。
そんな俺を見て、ますます困ったような顔をした女性は改めて頭を下げてくる。
「ごめんなさい変なこと言って……とにかく何か聞いても気にしなくていいからねレイドちゃん……」
「あ、あのそれは……どういう……」
「その辺りの詳しいことはきっとサーレイちゃんがあとで説明してくれると思うわ……私たちの口からは言いずらいことですし……ただ皆別に貴方のことを嫌ったわけじゃないって言っておきたかったのよ……それだけは信じてくださいね……」
そう言って立ち去っていく女性だけれど、その言葉を聞いていた周りの人達もまたそれが正しいとばかりに俺へ頷きかけてくる。
(な、なんだ追い出すって……それに噂って……後でマスターが説明してくれるって言うけど一体?)
疑問で頭がいっぱいになった俺は、それこそ早くギルドへ向かおうと急いで掃除を終わらせて宿へと戻るのだった。
*****
「ご、ごめんねレイド……それにアリシアさんも……」
『大丈夫 気にしてない よく眠れたようで何より』
「え、えへへ……うん、変な夢見ないでよく眠れた……ううん、いい夢を見れたような気もする……ありがとうね二人とも」
「それならいいのですが……とにかくギルドへ急ぎましょう」
着替え終えたアイダとアリシアと合流した俺は、一応食事をとってからギルドへと移動することにした。
しかし朝食を食べているときも宿の人達に何やら含むところのある声をかけられてしまい、どうにも気持ちが焦ってしまう。
尤もおかげでこの二人が傍に居ても意識せずに済んでいるところもあるのだが……逆にアリシアとアイダは少しだけ顔を火照らせながら、チラチラと俺を眺めてきている。
「そ、そんなに焦らなくても……だけどなんか変だったねぇ宿の人達……」
「何でも俺に関する変な噂が流れているとか何とか……その辺りのことをマスターが説明してくれると言っていましたので……」
『私はこの町の状態に詳しくないから何とも言えないけれど 周りの人がレイドを意識しているのはわかる 人気者、というだけではなさそうだ』
「ええ、本当に何が何やら……」
そんな二人も町の人達の態度に感じるところはあるようだ。
おかげでというべきか、気が付いたら足が速くなっていきあっという間にギルドへと到着した。
「おは……あれ? また誰も居ないのぉ?」
「鍵も閉まってますね……しかしマキナ殿はここの研究室で寝泊まりしているはず……これは一体?」
『内部から人の気配も感じないな 魔法で鍵を開けることはできるがどうする?』
「そ、そんなまほーもあるのぉっ!?」
アリシアの発言に驚くアイダだが、俺もそんな犯罪に利用できそうな魔法があるとは知らなかったので同じように驚いてしまう。
『転移魔法と同じく魔術師協会のトップの人間にしか教えられない魔法だ 悪用できてしまうからな』
「そ、それはまあそうだろうけど……本当にびっくりするぐらいいろんなまほーがあるんだねぇ……だけど僕たちに教えていいの?」
『大丈夫 二人のことは信用している それよりどうするレイド?』
「あ……ああそうだな……開けてくれ」
アリシアに話を振られて少し考えるが、あえて開けてもらうことにした。
(確かに内部で人の動く気配がまるでしない……奥の部屋でマキナ殿が寝ているだけなら話は別だけど、あの人はほぼ徹夜で動いたりしてたからこんなに遅くまで起きてこないのはちょっと変だし……いやまあ酔っぱらってる可能性はあるけど、それこそ昨夜は平然としてたもんなぁ……)
この時間までマキナが活動していないのが不思議で、それこそ何か起きているのではないかと不安になる。
現状において俺たちの中で一番頭が良く事態を理解しているであろうあの人こそが要なのだ……何かがあっては困るのだ。
『わかった 任せて』
「……おおっ!? 流石アリシアさんだぁっ!!」
「見事な手際というか……お、おじゃまします」
だから少し強引だけどアリシアに鍵を開けてもらい、俺たちはそっとドアを開き内部に入っていく。
そして明かりもついていない室内を軽く見回して、すぐにカウンターの上に置かれている日記に気が付いた。
「あれれ? これって僕たちが持ち帰った奴だよねぇ? マキナさんに渡したはずだよねぇ?」
「ええ、確かに……どうしてこんな無造作に置いて……っ!?」
『手紙か?』
近づいてみると、表紙に挟まれる形で紙がはみ出しているのが分かった。
三人で顔を見合わせながら、俺が代表となりその紙を引っ張り出してみると中には物凄く歪み切った文字が書かれていた。
『すまないすべてわたしのせいだすこしじかんをくれすまないもうしわけないごめんなさい』
「こ、これ……マキナさんの文字……かな?」
「わ、わかりませんが……多分他にこの本にこんな手紙を挟める人は居ないかと……」
『レイドの範囲魔法を使ってみた 今このギルド内に私たち以外の人はいない マキナ殿も』
「えっ!? そ、そんなっ!?」
アリシアの言葉にアイダが反射的にカウンターを乗り越えて、奥にある部屋を探索しに行く。
そんな彼女を追い変えてアリシアも奥へ消える中で、俺は一人この場に残り手紙を再度読み直すことにした。
(これが本当にマキナ殿が書いたとして……一体何でこんなにも謝罪しているんだ? そしてどうして日記を残してここへ手紙を挟んで……まさかこの日記を読んで何か感じて……そう言えば昨日マキナ殿は数十年前に弟子と別れたって……そしてこの日記の主には四十年以上前に道を違えたドワーフの師匠が居ると……ま、まさかそんなっ!?)
そんな偶然があり得るのかと思うが、考えてみればマキナが昨夜語った内容とこの日記の主が残した情報は妙に一致している気がした。
尤も本当のところは本人に聞かなければ分からないが、これが事実ならばマキナの受けた衝撃は計り知れない。
「ま、マキナさんやっぱりいなかった……それどころか研究所もちょっと荒れてて……」
『尤も誰かと争ったようには見えなかった まるで自暴自棄になって暴れたかのようなそんな跡だ』
「……そうですか」
意気消沈して戻ってきた二人に、俺はこの推測を伝えるべきかもわからず相槌を打つことしかできなかった。
「おお、相変わらず早いなレイド……それにアイダもアリシアも……」
「いやぁ、昨日は楽しかったぜぇ……また飲みたいねぇ、だろぉマナさん?」
「ふん……あんなの何が楽しいのかわからない……大体マキナは飲みすぎ……あれ?」
そこへトルテとミーアがご機嫌な様子で入ってきて、彼らの後ろから逆に顔をしかめているマナもまたギルドに足を踏み入れてくる。
しかしすぐにマキナが居ないことに気付いたようで、不思議そうにしている三人に改めて手紙と共に状況を伝える。
「……はぁ……そりゃあ不思議だなぁ?」
「あのマキナ殿がねぇ……まあ居ないんじゃあ悩んでも仕方ねぇ……とりあえずあたしらはこの日記を読ませてもらうよ」
「マキナがこんな文字書くわけ……変……その日記私も気になる……一緒に読む……」
彼らもまた思うところがあるのか、日記を意味深に見つめたかと思うと近くのテーブル席を占拠して三人で顔を突き付けて内容を読み始めた。
「ふぅ……ほんとーになにがどーなっちゃってるんだろうねぇ?」
「ええ……マキナ殿に色々と相談するつもりでしたから今後の方針が……明日には戻って来てくれると良いのですが……」
『とにかく待つしかあるまい それまで何か有意義なことをして時間を過ごすべきだと思う』
「あ……じゃ、じゃあさアリシアさん……それにレイドも……僕にしゅぎょーさせてくれると嬉しいなぁ……きっと二人に教わればもっと強くなれると思うから」
そこでアイダが恐る恐る、自らに鍛錬を付けてほしいと提案してくる。
「それは構わないけど……いやむしろ俺も頼もうかな……アリシア、俺にも訓練を付けてくれ……強くなりたいんだ……君の足を引っ張らないぐらい……二人の背中を守れるぐらい……」
『レイドはもう十分強い』
「そ、そうだよっ!! レイドは物凄く頼りになるよぉっ!!」
「ありがとう二人とも、だけど足りないんだ……今だってこの剣に頼りっぱなしな面があるからね……イザって時に魔獣と一人でやり合える強さが欲しいんだ」
はっきりと言い切る……もう自分を弱いとは思っていないが、魔獣と比較すればまだまだ戦力不足なのも事実だ。
(強くならなきゃ……いや強くなりたいんだっ!! 本当の意味でっ!! 魔獣に勝てるぐらいっ!! 何よりこの二人を守り切れるぐらいっ!! そのためにも今以上に強くなりたいんだっ!!)
前のように強くならなければという義務感ではなく、自分自身の意志として強くなりたいと願う……そしてそのために努力しようと思える。
そんな俺の言葉を聞いて、アリシアは少し沈黙した後でこくりと頷いた。
『わかった 私なりに二人を鍛えさせてもらう』
「あ、ありがとうアリシアさんっ!! じゃ、じゃあ僕とレイドは弟子仲間だねぇっ!! ふふ、どっちが先にじょーたつするかしょーぶだよっ!!」
「そうですね……ふふ、じゃあ頑張ってやって……」
「れ、レイドいるかっ!?」
「っ!?」
三人で見つめ合って、何やら穏やかな空気を感じて微笑み合っているところで急にドアが激しく開かれてマスターが俺の名前を叫びながら飛び込んでくる。
その後ろからフローラも入ってきて、俺たちの傍へ詰め寄る勢いで迫ってくる。
「ほ、ほらアリシアさんもいらっしゃいますよっ!! やっぱりあれは何かの間違いですよっ!!」
「だ、だが実際に隣国から警告が届いているのも事実なんだっ!! 何より公爵家直々の書面が……っ!!」
「「っ!?」」
二人の態度に驚いていた俺たちだが、そこで聞こえてきた言葉に更なる衝撃を受ける俺とアリシア。
(隣国……公爵家……ま、まさかっ!?)
思わず隣に居るアリシアを見つめると、彼女もまた困惑した様子で俺を見返したかと思うと入ってきた二人へと視線を戻した。
『何が起きているのですか? 詳しい話を教えてください』
「あ、ああ……実は少し前から噂になってたんだがこの度正式……」
「ふ、ふざけんなぁっ!!」
「な、なんだよこれ……冗談じゃねぇぞっ!!」
「「「「「っ!!?」」」」」
事情を聞こうとしたところで、今度はギルド内から絶叫が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、憤慨した様子で日記を叩きつけようとしているミーアに絶望的な表情をして俯くトルテ……そんな二人を必死に抑えているマナの姿が映る。
「と、トルテ……ミーア……お、落ち着いて……」
「お、落ち着けってっ!? これが落ち着けるかよクソっ!! なんだよこれはっ!! あたしらはゴミかっ!? 何なんだよこれはっ!?」
「畜生……貧民街に住んでる奴らを何だと思って……くぅ……こんなの全滅より酷いじゃねぇか……」
「と、トルテぇ……それにミーアも……やっぱり二人とも……」
嘆き悲しむ二人を見て悲痛な声を洩らすアイダは、ひょっとしたら少し前の自分を思い出しているのかもしれない。
しかしそれは俺も同じだ……何だかんだでずっと俺を支えてくれていた二人がこんなにも苦しんでいるところを見るのは心苦しくてたまらない。
(この取り乱し方……やっぱり二人はドーガ帝国の……しかも貧民街の出身だったのか……おまけに魔獣実験が始まったのは一年ほど前だったはず……関係者も巻き込まれてる可能性が……っ)
もはや自分のことなど忘れてしまいこの二人をどうやって落ち着かせようか考え始める俺。
しかしそこへ、またしてもギルドのドアが乱暴に開く音がして振り向いた俺は更なる驚愕に襲われてしまう。
「あ、貴方はアンリ様っ!? ど、どうなされたのですかそのお姿はっ!?」
「ふぅ……何やら修羅場のようじゃが……済まぬが、少しここで匿わせてくれぬか……?」
入ってきた王女アンリ様は髪の毛と息が僅かに乱れていて、足取りも少し覚束ない様子だった。
しかも従者も連れていないのか、たった一人で近くの椅子へ座ると軽く息を吐いて呟くのだった。
「レイド殿のことで王宮は今、厄介な事態になっておる……もう妾一人の力ではどうにもならん……頼む、解決に力を貸してくれぬか?」
「っ!?」




