最低で最悪な戦い……そして先輩との決別④
泣きながらアイダが抱き着いたのは、廃墟の影から伸びてきた植物の根か蔓とも思わしき一部だった。
「あ、アイダ先輩っ!?」
「うぅ……ひっく……れ、レイドぉっ!! み、見てよっ!! みんな生きてっ!! あ……しょ、紹介しないと分からないよね……えへへ……」
自らの身体に絡み始めるそれを愛おしそうに受け止めながら、涙をぬぐい笑顔を向けてくるアイダ。
その瞳は本当に嬉しそうに緩んでいるが、どこか虚ろげに見えた。
「な、なにを……何を言って……っ!?」
「そ、そちらの方々がアイダさんの……生きていらしたのですね……」
「っ!?」
思わず咎めようとした俺の言葉を遮るように、バルもまた嬉しそうな笑顔を浮かべると前へと進み出ていく。
その瞳もまた虚ろであり、足元からこちらへと伸びてくる蔓を気にも留めようとしていない。
『レイド あたま めまい げんかく まほうでちゆしてもすぐにまた きけん』
「っ!?」
驚き固まる俺の服を引っ張ったアリシアが、頭を押さえながら何とか震える手でメモに単語を書き連ねる。
どうやら全員幻覚のような症状に囚われているようで、アリシアは無詠唱で小まめに状態異常回復の魔法を重ね掛けして何とか堪えているようだ。
(げ、幻覚っ!? あの樹木の一部に見える何かが原因かっ!? この村に来る途中で皆がふらついたのはその影響を受けたからっ!? だとして何で俺だけ……そう言えば少しずつ魔力が抜け出てるような感覚が……こ、この鎧のおかげかっ!? いや今はそれよりもアイダ先輩を……っ)
ようやく目の前に広がる異常な光景を理解した俺は、危機感に襲われながら即座にバルを引き留めアイダに向かって叫ぶ。
「アイダ先輩っ!! こっちへ戻ってっ!!」
「ど、どうしたのレイド……初めて見る人ばっかりで緊張してるの? だ、大丈夫だよ……皆優しい人達だから……」
「違いますアイダ先輩っ!! 今見てるのは……っ!?」
そこへいつぞや聞いた覚えのある風切り音が聞こえてきた。
咄嗟にバルと動きの鈍いアリシアを突き飛ばしつつ自らの身体を捻ると、俺が立っていた場所を通り抜けるように土塊が飛んでいった。
「あららぁ~? これも避けちゃうんだぁ……うぅん、厄介な相手だなぁ~?」
「っ!?」
次いで間延びした声が聞こえてきて、慌てて振り返ればいつの間にか俺たちの後ろに三体もの魔獣達が回り込んでいた。
しかもうち二体は鳥型の魔物と合成されたのか、巨大な翼も生えていて上空からこちらをぼんやりと見下していた。
残る一体も地面に立ってこそいるがその背中には無数の手の他に立派な翼が生えていて、まるで竜頭蛇が人型になったような魔獣であり、戦闘態勢をとっている俺を見て不思議そうに首をかしげている。
「おっかしいなぁ~? そっちの女の人も正気は保ってるみたいだしぃ~……沢山特徴を重ねた奴だからどんな屈強な人間だって耐えらんないってあいつ言ってたのになぁ~?」
「お、お前たちは何だっ!? 俺たちに何をしたっ!?」
「な、なにを言ってるんですかっ!? レイドさんこそいきなり何をするんですかっ!?」
「れ、レイドぉ……それは案山子だよぉ……しっかりしてよぉ……」
「……っ」
よほど症状が重いのか、魔獣達を睨みつけながらも立ち上がることが出来ないでいるアリシアと現状がまるで理解できていない二人の盾になるように俺は魔獣との間に立ちはだかる。
そして剣を引き抜き、蔓と共に足元から忍び寄る鋭く尖った太い枝とこちらを見つめる竜頭蛇型の魔獣の両方を警戒する。
(沢山特徴を重ねたって、一体それはどういう……いやそれよりもこの状況だ……不味すぎるっ!!)
ただでさえ俺の腕では一対一で魔獣と戦うのが限界だというのに、仲間の助力が望めないこの状況で三体もの魔獣と謎の樹木を同時に相手するのは不可能に近い。
だからと言って諦めるわけにもいかず、臨戦態勢を維持する俺の問いかけに竜頭蛇と融合しているリーダー格と思われる魔獣が返事をしてくる。
「ん~? 何をって言ってもなぁ~? この辺は侵入禁止エリアだからねぇ~……ドーガ帝国のわるぅい人たちが入ってこないようにぃ~……ううん、入ってきてもいいようにかなぁ~? ああいう幻覚を見せて取り込んじゃう惑木樹とか言う奴との重複合成個体……ああ、あなた達はぜぇんぶ魔獣って呼んでるんだっけぇ~? それを立ち寄るであろうあちこちの集落だったところに配置してあるだけだしぃ~」
「と、取り込むっ!? それに立ち入り禁止エリアって……お前らは何をしてるんだっ!?」
「簡単だよぉ~仲間をたぁくさん作ってるのぉ~……だけど急にドーガ帝国から素材の回収に言った奴らが戻ってこなくなったからぁ~……万が一に備えてこぉして機動力のある回収隊の私たちが領内のパトロールをぉ……あぁ~、ひょっとしてあなた達が原因なのぉ~?」
「っ!?」
少しだけきつく俺を睨みつけてくる魔獣に改めて剣を向けながら、頭の中で情報を整理しようとする。
(惑木樹ってのは確か生き物を惑わす花粉だか胞子を巻いて獲物を引き寄せる習性のある魔物扱いされている樹木だったはずだ……だけどここまで強力じゃなかったはず……魔獣化したことで強化されたのか、それとも……それに仲間を作るためにドーガ帝国から素材の回収って……立ち入り禁止エリアって言うぐらいだし、やっぱりここで何かやってるのかっ!? 大体、仲間ってのが魔獣のことだとしたら素材は……ま、まさか道中に人の死体が殆どなかった理由って……っ!?)
「どちらにしてもぉ~、幻覚が効かないような子は危険すぎて連れて帰れないもんねぇ~……だけどもう一押しすれば行けるかなぁ~? お願いね皆ぁ~っ!!」
『♪~♪~♪~』
『♪~♪~♪~』
「っ!?」
地上にいるリーダー格と思われる魔獣が叫ぶと、上空に待機していた二体は背中に付いている無数の手を広げると自らの口と合唱するように何やら怪しげな歌のような音を流し始める。
いつぞや魔物を呼び出した時の方向とはまるで違う耳障りの良い音色だが、途端に俺の鎧が反応を示し始め魔力の消費がさらに激しくなるのを感じた。
「……っ!?」
そして鎧の庇護がないアリシアは一瞬苦し気な顔になったかと思うと、彼女まで虚ろげな瞳になり俺を見つめ始めた。
『今の言葉 信じてもいいのですか?』
「そ、そうでしたか……なら構いませんけれど、レイドさんは意外とお茶目というか……」
「ふふ、もうレイドったらぁ……恥ずかしいから止めてよぉ……」
「っ!?」
更に皆が皆、俺に向かってちぐはぐな言葉をかけ始めてくる。
まるで俺に話しかけられて返事をしているかのように……しかもどこか嬉しそうだったり恥ずかしそうにしながらだ。
「あららぁ~? そっちの女の人はともかく、貴方はどうなっちゃってるのかなぁ~? 誘幻鳥の鳴き声まで重ねても何の変化も起こらないなんてびっくりぃ~? 変だなぁ~? ちゃんと人間用の声出してるぅ? いつもの魔物用じゃないよぉ~?」
『♪~♪~♪~』
『♪~♪~♪~』
リーダー格の魔獣の言葉に、上空に浮かぶ二体の魔獣は音を止ませることなくこくりと頷いて見せる。
(誘幻鳥も歌で人や魔物を惑わして誘い出す魔物……それを背中の手から同時に奏でることで効果を増してるのかっ!? いつもの魔物用って発言からするとこれで他の魔物を操ってたのかっ!? だけどまさか人間にまで効果があるなんてっ!?)
尤も今まで出会って来た魔獣達が誰も使わなかったところを見ると、本来は人間には大した影響を与えられないのだろう。
あくまでも惑木樹の効果の駄目押しぐらいのつもりなようで、リーダー格の魔獣も背中の手を少し動かしその掌に付いた口を開いて見せたが結局同じような音を流すことはしなかった。
「うぅ~ん……これだけピンピンしてるんじゃぁ、もう私一人重ねたところで無駄だよねぇ~? かといって他の素材用の雑魚と違って適当に身体を削って無力化も難しそうだしぃ~……残念だけど君は殺処分しないとねぇ~……やっちゃってぇっ!!」
『オォオオオオオっ!!』
「くぅっ!?」
リーダー格の魔獣が一つの掌から咆哮を上げると、後ろから迫っていた鋭く先の尖った枝が凄まじい速さでまっすぐこちらへと突っ込んでくる。
咄嗟に身を捻り躱しつつ剣で切り捨てるが、すぐに癒しの光が発生して元通りになってしまう。
(や、やっぱりこいつも自動回復機能がっ!? 侵入者対策なんだから当たり前かっ!! だとしたらその外皮の強度も俺の魔法じゃ傷付かないぐらい固いんじゃっ!?)
再生した枝が攻撃を再開するのと同時に、足元に伸びていた蔓や根っこが俺の脚を絡めとろうとしてくる。
その全てを避けて切り払ってやるが、やはりすべて回復して元通りになってしまう。
「ふふ……レイドったらはしゃいじゃってぇ……ねぇ、皆いい人達でしょぉ?」
「レイドさん、凄いですねぇ……モテモテじゃないですか」
『よかった 貴方が笑っていられて』
「み、皆さんしっかりしてくださいっ!!」
必死に奮戦する俺を、虚ろな瞳に笑みすら浮かべて眺めるだけの三人。
その身体に蔓や根っこが絡んでいくのを見ると、危機感を覚えて焦燥に駆られるが手数の差で押されている以上助けるのも難しい。
「すっごいすっごぉいねぇ~……こんなにあっさりと切り裂けるんだぁ~……近づかなくて正解正解だねぇ~……やっぱり貴方がドーガ帝国で仲間の合成……じゃなくて魔獣狩りを……ん? ああ思い出したぁっ!! あの難しい文字ばっかり書いてあるアレに乗ってた人だね貴方っ!! 通りでぇ~……ふふふ、じゃあここで私たちが倒せばご褒美にあれと優先的に合体させてもらえるんだぁ~っ!! ほらほらもっと頑張ってぇっ!! 他の奴らに気付かれないうちに倒しちゃってぇ~っ!!」
『オォオオオオオっ!!』
「くぅっ!!」
不意にリーダー格の魔獣が何かに気付いたように手を打つと、ニタリと笑いながら咆哮を強めていく。
合わせるように樹木の攻撃が激しくなり、俺は応戦するのも厳しくなり攻撃が当たり始めた。
尤も掠る程度で済ませている上に、鎧が完全に無効化してくれているので未だに無傷を保てているが魔力のすり減りはより激しくなる。
(い、幾ら魔法を使っていないとはいえこのままじゃ魔力が尽きた時点でお終いだっ!! 何かっ!! 何かないかっ!?)
あえて鎧の性能に頼り、伸びる蔓や根っこに向かって突っ込んで樹木の本体を倒しに行くという手もある。
しかしこの場を離れては、その間に残りの三体が無防備な仲間達に手を出さないとは限らないのだ。
もちろん俺の実力を見限られて襲い掛かられてもお終いだ……アリシアと違って俺では複数の魔獣とやり合える力はないのだから。
(お、俺の強さじゃ役に立たないっ!? くそっ!! ギルドの皆が認めてくれた唯一の力なのに何の役にも立てないんじゃ俺はっ!? 何で俺はこうも駄目な男なんだっ!! こんなだからアリシアに居場……っ!?)
自己嫌悪に塗れながらも、救いを求めるようにこの場を収められる強さを持つアリシアへと視線を投げかけたところで、その腰に下げられた剣に気付く。
俺の持つ凄まじい切れ味を誇る剣と同じ形の……恐らく同等の性能を持つであろう武装。
(あ、あれだっ!! この剣の切れ味なら片手でも十分通じるっ!! 二刀流して手数を増やせばまだやれるっ!!)
「はぁあああっ!!」
自らに気合を入れるように叫ぶと、迫りくる攻撃を可能な限り切り払いつつアリシアの元へと飛び込む。
そして俺が近づいても何の反応もしないアリシアの腰に下げられた剣に手を伸ばすが、その間は無防備になり敵の攻撃がもろにぶつかる。
一気に魔力が消費したことで疲労から眩暈がしたが、それでも剣を引き抜くことには成功した。
(これで後は敵の攻撃を切り払いながら前みたいに隙を見てあのリーダー格の奴に一本をぶつけて咆哮を止めてやれば……それでこの樹木の攻撃の手が緩まればあるいは……っ!!)
ようやく僅かな光明が見えて希望を抱いた俺は、間髪入れず迫る樹木の枝を持っていた剣で切り裂いた。
そして態勢を立て直しながら、次いで襲ってきた根っこの鞭のような一撃をアリシアが持っていた剣で迎撃しにかかるのだった。
「はぁぁ……っ!?」




