レイドと最後の決断㉓
「……ってことで、さっきに戻るからアリシアを連れてきてくれって頼まれてたんだよ」
「そ、そういうことか……確かにアイダとは抜け駆けしないよう約束をしていたが……そうか、先ほどまで二人で話して……あっ!?」
アイダを心配しているアリシアに先ほどのことを説明すると、安堵したように息を吐き……すぐに何かに気が付いたように目を見開いた。
そして俺を見つめたまま固まったかと思うと、見る見るうちに顔中を赤く染めていくではないか。
「……どうかしたのかアリシア?」
「あっ!? い、いやっ!? そ、その…………な、何でもないぞっ!!」
急な変化に何が起きたのかと尋ねるが、俺の声を聞いた途端にアリシアは弾かれたように身体を震わせ……今度はモジモジし始めてしまう。
(珍しいな、アリシアが俺以外のことでこんな顔を見せるなんて……いや、それともこれも俺関連で何か考えたからなのか……?)
基本的に凛々しいアリシアがここまで取り乱すのは仲間達に俺の話題で揶揄われた時ぐらいのものだった。
だからこそ今回も俺のせいでこうなっているのではと思うと……少しだけ頬が緩みそうになる。
(こういう一面を俺の前でだけ見せてくれるってのは凄く嬉しいなぁ……まあアイダの前でも見せてそうだけど……しかし何で急に?)
「何でもないって風には見えないんだけどなぁ……俺には言えないことなのかな?」
「あぅ……そ、その言い方はズルい……わ、私が今更レイドに何を隠せるというのだ……」
やはり理由が気になって重ねて尋ねてみると、アリシアは困ったような顔をしながらも視線をこちらに合わせて来た。
声を取り戻してからのアリシアは立ち振る舞いも言動もかつてと同じ様に見えるが、ただ一つだけ違いがあった。
それは俺に対しての想いを隠すことが無くなり、素直に愛情を向けてくれているということだった。
(もう二度と前みたいな擦れ違いを起こしたくないって言ってたっけなぁ……だから俺の前では素直になる様に心掛けてるって……だけどちょっと正直すぎるというか……)
俺をじっと見つめて来るアリシアは、まるで恋する乙女のように瞳を潤ませながらも口元は幸せそうに緩んでいる。
その姿は本当に可愛らしくて、見ていると愛おしさが溢れてきて、いつまでも見つめて居たくなってしまう。
果たしてアリシアも同じ気持ちなのか、熱に浮かされたような眼差しで俺を見つめ続けていた。
「じゃあ……教えて欲しいな……俺はアリシアのことは何でも知りたいから……」
「っ!!」
そんなアリシアに俺もまた心の底からの想いを素直に告げる。
(俺ももう二度とアリシアのことを誤解したり……そのせいで傷つけたりしたくない……何でも知っておきたい……アリシアの全てを……)
俺の言葉を聞いたアリシアは息をのんだかと思うと、更に顔どころか肌まで赤く染めながらも、目を逸らすことなくゆっくりと口を開き始めた。
「……れ、レイドと……その、久しぶりに二人きりだと思うと……な、何だか妙に気恥ずかしくて……う、嬉しくて幸せなのに胸が締め付けられるというか……心地よい苦しみを感じているというか……と、とにかくその……意識してしまって……どうにも正気で居られんのだ……な、情けない話だが……」
「……情けないだなんて思わないよ、むしろアリシアがそこまで俺を想ってくれてるなんて……凄く嬉しいよ」
「……っ」
恋に浮かれている自分自身の状態を恥じるかのように告げてくるアリシアだが、俺の言葉を聞くと息を飲んだ。
そして少しして……ふっと微笑んでくれた。
「そうか……こんな私でも喜んでくれるのだな……レイドがそう言ってくれるのならば、私も自分を恥じるのは止めよう……と思う……難しいとは思うけれど……」
「ふふ……まあ恥じらってるアリシアも可愛いいから無理に治さなくてもいいけどね……」
「な……な、な、何をっ!?」
健気にそう告げてくるアリシアが余りにも愛おしくて、ついまた本心を零してしまった。
果たしてそれを聞いたすぐにアリシアは目を見開いて驚きを露わにして、上手く言葉も発せないほど取り乱してしまう。
(本当に可愛いよなアリシアは……前は美人だとか綺麗だとばかり思ってたけど……)
あの頃の俺は、そんな気高いアリシアの姿に魅力を感じて心底惚れていたのを覚えている。
しかし俺の目には今のアリシアは当時の彼女よりずっと魅力的に映っていた。
(こんな他愛もない一言でここまで取り乱して、喜んでくれるんだ……本当にアリシアは俺を心の底から愛してくれてるってはっきりとわかる……きっと当時も裏側にはこんな可愛らしい一面が潜んでたんだろうな……)
それを引き出すどころか気づいても居なかった自分の節穴さが、逆に情けないとすら思った。
「はぁ……ふぅぅ……ま、全くレイドはいつの間にそれほどお世辞が上手くなったのだ?」
「お世辞じゃなくてただの本心だよ……本当にアリシアは可愛くて魅力的だから……」
「だ、だからまたそんな……っ!? そ、そもそも可愛いとか魅力的だとかはアイダの方がずっと……」
「確かにアリシアの言う通りアイダは可愛くて魅力的だけど……アリシアだって負けないぐらい可愛くて魅力的なんだよ……気づいてないのかな?」
「っ!!? も、もう止めてくれ……嬉しさと恥ずかしさで心臓が破裂しそうだ……レイドの意地悪……」
(や、やりすぎたかっ!?)
しつこく言いすぎたせいか、アリシアは嫌々するように首を振ると……涙目で少しだけうらめしそうに俺を睨みつけてくる。
尤もその顔は未だに真っ赤だし、口元は相変わらず喜びに歪んでいるから全く怖くはないが……それでもアリシアに嫌われることが怖くて、俺は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん……ちょっと調子に乗り過ぎた……あんまりアリシアが可愛いか……あっ!?」
「っっっ!!」
しかし反射的に思いを口に出してしまい、今度こそアリシアは耐えきれないとばかりに両手で顔を押さえてしまう。
「ほ、ほんとごめん……口が滑ってその……だけど俺本気でそう思ってるから、どうしても漏れてしまうんだよ……き、気を付けるから機嫌直して……」
「……ふぅ……はぁぁ……べ、別に機嫌を損ねたわけではない……た、ただ締りの無い顔になりそうだから隠しただけ……レイドにそんな顔見せたくなかったから……」
「そ、そっか……それならいいんだけど……はぁ……よかったぁ……」
何度か深呼吸して息を整えた後で顔を見せてくれたアリシアは、彼女言う通り不機嫌そうではなく既に笑顔に戻っていた。
それを見て俺は安堵の余りに胸を撫でおろした。
(はぁぁ……び、びっくりしたぁ……こんなことで嫌われるはずないとは思うけど、どうしてもアリシアのそう言う態度を見るとドキッとしてしまう……)
アリシアが何かするたびに、俺は妙に胸が高鳴って落ち着かなくなる。
そしてアリシアが微笑んだり喜んでいるところを見て初めて安堵できて……逆にさっきの様な態度を取られると息苦しさを感じて訳も分からず取り乱してしまうのだ。
(傍にいると安らぎを覚えて気持ちが落ち着くアイダとはある意味で真逆だ……だけど二人とも同じぐらい愛おしい……それだけは断言できる……ただ、どっちが恋愛感情なのか……俺はアリシアとアイダ、そのどちらを伴侶としたいのかだけがどうしてもわからない……)
魔王を退治してからずっと考え続けているというのに、どうして自分の気持ち一つはっきり理解できないのか。
そんな自分がやっぱり情けなくて、何よりこんな優柔不断な俺に付き合わせているアリシア達に申し訳なさを抱いてしまう。
「ふふ、私がレイドに褒められて嫌な思いを抱くはずがない……私はレイドのことを世界で一番……愛しているのだから……」
「ありがとうアリシア……俺もアリシアの事を……」
「駄目だレイド……その先は、アイダも居るところで言って欲しい……あの子を裏切りたくないから……」
アリシアの告白を受けて、俺もアリシアのことを大切な女性だと思っていると言おうとして……アイダと同じ言葉で止められてしまう。
「……はは、本当に君たちは……どうしてそう同じことを言うのかなぁ……俺ちょっと二人が仲良すぎて心配になってくるよ……」
「ふふ、それは当然だ……私達は同じ男を愛した同士だからな……自然と思考が似通るのも仕方がないことだ……もちろん男女の好みも……ああ、そうだな少しだけ訂正しよう……私はレイドだけでなくアイダのことも愛していると……」
「えぇっ!? ちょ、ちょっとそれってどういう……っ!?」
「言葉通りだ……ふふ、さてそろそろアイダの元へ戻ろうではないか……話をしていたらアイダが恋しくなってきたからな……ヘイストっ!!」
アリシアの言葉にまたしても危機感を抱いた俺が尋ね返すが、アリシアはまるでアイダが浮かべるような悪戯っ子の笑みを浮かべながら俺の手を取り全力で走り出した。
「うおっ!? ちょ、ちょっとは、早いってぇええっ!?」
「少し長話しすぎたからな……もともと私が帰るのが遅かったのもあるが、急がなければ祝宴の予定時刻に間に合わぬからな……それとも、またミーアに絡まれたいのか?」
「そ、それは……っ!?」
「嫌だろう……私としてもミーアや他の者達も仲間として大切に思ってはいるが、彼女らにレイドが鼻の下を伸ばしているところはあまり見たくはないからな……レイドは女性に対してだけは無防備だからな……全く、私はともかくアイダの様な子が傍にいるのだからその手の誘惑ぐらいははっきりと断ってもらいたいものだ……」
「あぅ……す、すみませぇん……」
やはりアイダと同じ様に、他の女性との過剰な触れ合いを釘刺された俺はただ情けなく頭を下げることしかできないのであった。
(はぁぁ……でも二人の言う通りだよなぁ……やっぱりいい加減、気持ちを決めないと……)




