レイドと最後の決断㉑
管理センター内での会話を終えたところで、パパドラはミーアを伴って娘達の元へと戻って行った。
何でも俺に決断を迫らせる代わりに、ミーアの口からエメラの脅威を説いてもらうよう約束していたらしい。
(あのパパドラさんが人間に頭を下げるなんて……流石のドラゴンでもそれだけ子供には頭が上がらないってことかな……)
また他の皆も仕事で忙しいらしく、結局俺は一人で領内の見回りを行うことになった。
尤も俺個人としてはこの方が気楽でいい。
(フローラさんやアンリ様に見られたら色々言われそうだけど……仮にも王様が一人で出歩くなぁって……まあ言いたいことはわかるけど……)
何だかんだで俺は魔王を倒した実績と、冒険者ギルドのトップでありまた世界有数の実力者であるエクス氏が認めたことで、世間一般的には最強の存在だと噂されている。
しかし同時に新たな魔獣の親玉として何かを企んでいるのではないかとか、そもそも魔獣事件や魔王に関する全てが俺の陰謀ではないかという噂も僅かに広まっているという。
だから野心を秘めた者や名を上げたい者だったり、或いは陰謀論を本気にして過激な行動に出る者が居ないとも限らないのだ。
また王様が一人で出歩くという行為自体が威厳だとか何だとかを損ねると言われたりもしていて……とにかく誰か一人は傍に付けておけと常に言われていた。
(だけど仮にもオリハルコン装備で固めてるし、それに俺だって最強……は言い過ぎにしても、世界で上から数えたほうが早い実力者のはずだからなぁ……威厳云々に関しては……むしろ親しみやすい王様ってのが居ても良いと思うんだけどなぁ……)
「あーっ!? レイド様だぁっ!?」
「違うよぉっ!! おー様だよぉっ!!」
「そっかぁ……こんにちはおーさまっ!!」
そんなことを考えながら領内を歩いていると、すぐに魔物の管理を手伝ってくれている魔獣達が笑顔で話しかけて来る。
誰も彼も幼い口調で無邪気そうな声を発しているが、それはある意味で純粋さ故のものであった。
(『魔獣殺し』なんて異名のついている俺にこんな風に懐いてくれるなんてありがたいよなぁ……まあ知らないのかもしれないけど……)
元々魔獣は幼稚な精神の持ち主が多かったが、その中でもこの子達は魔獣事件を嫌って早期に逃げ出した子達であった。
つまりあれだけの目にあいながら他人を憎んだりできないような存在であり、こうなると精神的な幼さはむしろ無邪気さとして表れてくるのだ。
「ふふ、どうも皆さんご苦労様です……気を使ってくれるのは嬉しいのですが、俺のことは何と呼んでくださっても構いませんよ」
「そーなのぉ? だけどおー様はとっても偉くて凄い人のことなんでしょぉっ?」
「だったらやっぱりレイド様はおー様だよぉっ!! 僕たちを匿ってくれてありがとーっ!!」
「もう誰からもイジワルされないし、頑張って働いてたら美味しいごはんとかも食べられるし……毎日楽しくて幸せなのーっ!!」
幸せそうに笑いながら俺に感謝の言葉を告げて頭を下げて来る魔獣達。
擬態狐などと合成されていない子が多いから殆どが魔獣そのものの姿だけれど、どこか愛嬌が感じられる。
「そうですか……俺も君たちが頑張って働いてくれるから凄く助かってるよ……いつもありがとう、これからも頑張ってね?」
「「「「はーいっ!!」」」」
だから俺も笑顔で彼らをねぎらってあげると、素直な良い返事が返ってくる。
そして次の場所へと向かおうとする俺に身体についている手を全て振って、お見送りしてくるのだ。
そんな彼らに俺も手を振り返しながら、次から次へと領内を見回り同じように近づいてくる魔獣や職員と会話を交わしていく。
(うん、誰も彼も笑って過ごしてる……魔物達も脱走する気配も何もないしちゃんと管理されてる……良い感じだ……)
国の状況に満足しながらあちこち見まわっていた俺だが、そこで敢えて最後に回していたZ地区へ向けて歩き出す。
(……他の場所も確認したからな、あの場所だけ確認しないわけにはいかないもんな……王様として全部の場所を見て回らないとね)
自分に言い訳するように心中で呟くが、その間にも俺の足は何かを求めるかのように徐々に速度が上がっていき、気が付いたら全力で駆け出していた。
「……ヘイスト」
移動力強化魔法まで使い領内を駆け抜けていくと、あっという間に遠くに見えていた山脈が近づいてくる。
更に走り続けていると地平線に防柵のようなものが見えて来て、内側に放たれている他の場所では見ない比較的危険な魔物達の傍に人影を見つける。
もちろんすぐにその正体に気付いた俺は、自然とほころんでいく表情を作ろうこともできないまま、彼女の名前を叫ぶのだった。
「アイダっ!!」
「ふぇっ!? ああ、レイドぉ~っ!!」
俺の声に一瞬びくりと身体を震わせたアイダだが、すぐにこちらに気付くと向こうもまたとても素敵な笑顔を浮かべて走り寄って来てくれる。
「はぁはぁ……はぁぁ……やあアイダ、仕事は順調かな?」
「ふふぅん、ものすっごくじゅんちょーだよぉっ!! レイドこそ、お仕事は良いのぉ?」
「ちゃ、ちゃんと全部終わらせてきたよ……だから今日はもうずっと一緒に居られるから……はぁぁ……」
「ふふふ、そっかぁ……それで僕達に会いたくてそんなに息が切れるほどの勢いで急いで来ちゃったんだぁ……可愛いなぁレイドは……よしよし……」
息を切らせながら話しかける俺を、アイダは楽しそうに笑いながら優しく頭を撫でてくれる。
まるで子ども扱いされているみたいだが、アイダにされるとそんな事でも嬉しくなってしまうあたり単純というか情けない限りだ。
「だって二人とも中々会いに来てくれないから……」
「ふふ、だってわざわざ会いに行かなくてもレイドから会いに来てくれるし……それに毎日一緒のお部屋で寝泊まりしてご飯も一緒に食べて……朝も昼も夜もいっぱいお話してるじゃん……だからそれでじゅーぶんなのぉ……」
「そ、そっか……アリシアと二人で過ごしたいからって俺をのけ者にしてるわけじゃないんだよね?」
「……さあねぇ~」
「あ、アイダさぁ~ん……勘弁してくださいよぉ~……」
俺の問いかけを、悪戯っ子のような笑みを浮かべながらはぐらかすアイダ。
(じょ、冗談だよね……いやでもこの二人本当に仲がいいからなぁ……たまに俺が疎外感を感じるほど……何せ今だに遠出するときとかは二人してくっつき合ってて、領内の行動だって殆ど一緒で……アレ?)
そこで周りを見渡してもアリシアの姿が見当たらないことに気が付いた。
常に一緒にいるから傍にいるものだと思い込んでいたのだが、逆にどうしたのか不安になる。
「ふふふ、冗談冗談……まあアリシアと二人でいるのが楽しいのも事実だけど、やっぱり三人揃ってる時が一番だから安心してよ」
「そ、それならいいんだけど……ところでアリシアは?」
「もーちょいで戻ってくると思うよ……ついさっきね、新しく番で捕まえようとした魔物が居たんだけどアリシアは恥ずかしがってちゃんと現地でせーべつを調べなかったみたいで……そしたらどっちも雌だったんだよぉ……それで責任を取るからって出かけちゃって……別に明日でも良かったんだけど、アリシアは生真面目だから……そーいうところも魅力的なんだけど……」
困ったように呟くアイダだけれど、その顔がどこか誇らしげに見えるのは気のせいではないだろう。
「そうだなぁ……確かにアリシアは高潔というかなんというか……そんなところも素敵なんだよなぁ……」
「だけど恋愛関係は苦手だったり、それこそせーべつとかの確認も恥じらっちゃうぐらい乙女な面もあるし……そのギャップも可愛いいんだよねぇ……」
うんうんとアリシアの魅力について語り合い頷き合う俺達。
「しかしアイダが付いて行かなかったのは珍しいね」
「うぅ……ほんとぉはついて行きたかったんだけどね……アリシアが出る少し前に、ここの見張りをする子を少し早めに休ませちゃってねぇ……流石に誰も監視していないじょーきょーは不味いから僕がこうして残るはめになっちゃったんだよぉ……」
「なるほど、道理で……」
「はぁ……レイドがもっと早く来てくれれば僕たち一緒にデー……おでーかけ出来たはずなのになぁ……」
「ねぇ、ちょっと……今なんて言おうとしたの?」
ため息をつきながらアイダがうらめし気に俺を見つめて何かを口にしようとして……慌てて明後日の方を見つめながら言い直した。
(今デートって言おうとしたよな……冗談だと思うけど、冗談に思えない不思議……やっぱりアイダとアリシアは仲が良すぎるよぉ……だけどそれもこれも俺がはっきりしないせいだもんなぁ……)
既に魔王を退治してからかなりの月日が経過しているにもかかわらず、俺は未だに二人との関係に答えを出せずにいた。
最初は魔獣事件の後始末があるからそれが終わって落ち着いてからと思い、次は国の経営が安定するまではと考えるのを後回しにしてしまったのだ。
(まさか自分がここまでヘタレだったとは……はっきり言って愛想を付かされてないだけで御の字だ……だけどなぁ……)
尤も時間が過ぎゆく中で、俺は自分なりに二人と日々交流を重ねながら常に目を逸らすことなく二人への想いを見つめ直していた。
絶対に後悔しないように……中途半端な気持ちで応えて二人共を傷つけないためにも慎重に考え続けたのだ。
(二人が大切だからこそ真剣に考え抜いた上で答えを出したいんだけど……やっぱりいつまでも答えを出さないのも失礼だよなぁ……だけどなぁ……はぁ……情けない……)
「べぇつにぃ……ただ誰かさんが態度をはっきりさせてくれないから、僕達は普通のデートが出来なくて困るなぁとは思ってるけどねぇ~」
「うぅ……そ、そればっかりは本当に申し訳ありませぇん……」
「……ふふ、だからじょーだんだってばぁ……僕達が好きで待ってるんだから気にしなくていいのに……むしろそれだけ真剣に考えてくれて嬉しいからさ……」
そんな俺をアイダは優しく笑って受け止めてくれる……その姿に俺は心の底から癒されて、胸が満たされるような気持ちになるのだった。
(アイダも本当に素敵なんだ……一緒に居て凄く幸せを感じられる……こんな子をいつまでも待たせてどうするんだよ俺……早く決めないとなぁ本当に……)
「だけどレイド……まじゅー事件のときとか魔王対策とかを考えた時はあんなにあっさりと答えを出して見せたのに、どぉして恋愛になるとこぉなっちゃうんだろうねぇ?」
(そ、そんなこと言われてもなぁ……けど確かに今思うと魔王との戦いの方がずっと楽だった気がするなぁ……だけど当然か、しょせん魔王は生き残るために必要だから行っただけの前哨戦にすぎないもんな……俺にとって絶対に負けられない、逃せない本当の戦いはこっちなんだから……)




