レイドと最後の決断⑩
パパドラ達の理解と協力も得られたところで、更に話を続けて行った俺たちは、ついに結論へとたどり着いた。
「では改めて最終確認だが……魔王の元へと向かうのはレイド殿を始めパパドラ殿とドドドラゴン殿、更に後方支援役としてマナ殿の四名だな……」
「よろしくお願いします皆さん……」
「わかっておる……」
「「「ドゥルルルっ!!」」」
「いざという時は任せて……そんなことになってほしくないけど……」
マキナに名指しされた俺たちはお互いに見つめ合い頷き合う。
このメンバーは要するに俺の魔法に巻き込まれない者で、魔王との戦いで役に立つであろう能力の持ち主が選ばれている。
だからアイダを始めとした人間は当然として、異種族であるマキナとエメラの場合もまた身体能力が劣り過ぎているがために除外されたのだ。
また魔獣であり恐らくは魔法にも巻き込まれず能力も最低限は有しているル・リダとヲ・リダもまた除外された。
こちらは万が一にも魔王に捕まり、また予備プランに組み込まれる可能性を考えたらリスクが高すぎると判断されたのだ。
「うぅ……ほ、本当に大丈夫ぅ……?」
「済まねぇなレイド……また肝心なところでこんな体たらくで……」
「ああ、あたしら仲間のはずなのに毎回最後はレイドに頼りきりで……情けねぇなぁほんと……」
「はぅぅ……戦いでは足手まといなのはわかってますけど……着いていけなくて申し訳ありませぇん……」
悔しそうな声を洩らし申し訳なさそうに俺たちを見つめるアイダ達は、この決定の正しさを理解しつつも納得しきれていないように見えた。
「こればかりは仕方あるまい……私とて最後ぐらいは付いて行き、その結末を見届けたいところではあるが……」
「足手まといになっては何の意味もありませんからねぇ……せめて邪魔をしないようにドラコちゃん達のお世話に専念するぐらいしかぁ……」
「ごめんなさい皆様……本来ならば元凶たる私たち魔獣こそが身体を張らなければならない場面なのですが……」
「ちゃんと帰って来てよぉ……お父さんもレイドお兄ちゃんも……もう離れ離れは嫌だからね……皆で戻って来てよぉ……」
アイダ達だけではなく、実際にこれを説明したマキナを始めとした他の皆もまた未練がましく転移魔法陣の上に乗っている俺たちを見つめている。
(何せ間違いなくこれが全てを決める一戦になるもんなぁ……無理も無いか……)
俺が彼女たちと出会い親しくなるきっかけとなった魔獣事件のある意味で行きつく先であり、またこの世界に住まう全ての生き物の行く末の掛かっている戦いでもある。
だから最後ぐらいは皆も携わりたいと……傍で結果がどうなるのかを見届けたいと思うのもまた当然だと思われた。
(だけどあの魔王を前にしたら非戦闘員を守る余裕なんかない……むしろ装備や道具が曲がりなりにも揃っている俺やマナさんですら守られる側なんだから……)
そう思いながら改めて俺は自らと一緒に出発する全員の持っている装備を確認した。
黄金色に輝く鎧を装備しているマナは変わりないが、その手に持っている杖にはところどころ同じく黄金色に輝く加工された鉱石が埋め込まれていた。
また俺とパパドラは武骨で荒削りな黄金の盾を所持していて、俺達と足並みをそろえるために同等のサイズに戻ったドドドラゴンに関しては首や腕の一部分に薄く伸ばした鉱石が張り付けられていた。
(マキナ殿とフローラが短期間で強引に作ってくれた防具一式……家宝の剣みたいな頑丈さを誇ってる上に魔力まで強化される上、この部分に当たった攻撃はルルク王国の鎧みたいに魔力を消費して無効化してくれる……滅茶苦茶ありがたい装備だけど魔王の攻撃の前じゃ焼け石に水みたいなものだからなぁ……)
他にも怪我を自動回復する粉にマジックポーションと鉱石の粉末を混ぜて作った新しいアイテム……振りかけておくだけで自動的に傷も魔力も回復するというものも貰ってはあるが、やはり魔王の火力の前では気休めにしかならないだろう。
もちろんそれは用意したマキナ達も分かっている……それでも僅かでも俺たちの生存率を上げようと用意してくれたのだ。
その上で自らが足を引っ張らないように気持ちを堪えてこの場に待機しようとしてくれているのだから、むしろこちらが申し訳なく感じてしまう程だった。
「……大丈夫、絶対に上手く行きます……やり遂げて見せますから……どうか安心して待っていてください」
「うぅ……れ、レイドぉ……や、約束忘れないでよぉ……破っちゃイヤだよぉ……」
「わかってるよアイダ……ちゃんとアリシアと一緒に生きて帰るから……」
俺の服をぎゅっと握って引っ張りながら涙目で呟くアイダに、俺ははっきりと見つめ返し頷きかける。
「そうだぜレイド……ちゃんと皆で戻ってこいよ……」
「マナ先生もだぜ……無理すんなよ……」
「わかってる……私は無理しない……あくまでも転移魔法陣をいつでも発動できるように準備しておくだけだから……」
トルテとミーアもまた心配そうに呟き、それを聞いたマナはあえて自らの役割をそれだけしか口にしなかった。
本当はマナがあちらでやるべきことはもう一つある……俺が失敗した際に代役を務めるという重大で重すぎる役割だ。
(マナさんはハーフエルフ……だから例の魔法を放って確認しきれない地平線までを覆っても巻き添えが出る可能性は少ないし、何より確実に魔王を巻き込むことができる……)
尤も可能性が少ないとは言っても零ではない……つまりは人を殺すことを覚悟して行わねばならないことに変わりはないのだが、それでも万が一の時はやると決意してくれていた。
それをわかっていながらあえて口にしなかったのはその役目から目を逸らしている……ということでは無く、その場合は俺が死んでいる状態しか想定しえないからだろう。
マナもまた俺が上手くやって、皆が生きて帰ると信じてくれているからこそその役割までは言及しなかったのだ。
「私とマキナ先生は王宮へ戻って、そこに居る人たちにこの場で知った情報を伝えておきますからね……」
「うむ、そして宴会の準備をしておくように手配をしておこう……だから早めに戻ってくるのだぞ……」
フローラとマキナもまた、あえて自らが持つもう一つの役割を口にしようとはしなかった。
すなわち俺たちが全員失敗した際に備えて俺の魔法や作戦を誰かが再現できるようにしておくということだ。
やはり彼女達も俺たちが上手くやると信じてくれているから、そんなことを声に出そうとしなかったのだろう。
(だけど大事な役割だからな……もし魔王の前に赴いた俺たちが全滅しても、アイダを始めとして守りたい者はまだ残ってる……だからその時は頼みますよ……)
もちろん俺も成功させるつもりだから口にしようとは思わなかったが、それでも内心では二人に対して頭を下げていた。
「私はル・リダさんとここに残ってドラコちゃん達の面倒を見ておきまぁああすっ!! だからパパドラさんは不安なら早く戻って来てくださいねぇええっ!!」
「あ……ちゃ、ちゃんと暴走しないようにお互いに見張り合いますから……で、でも暴走しちゃうかもしれませんからね……ちゃんと戻って来てくださいねパパドラさん……」
「おとーさん、早く戻ってこないとル・リダお姉ちゃんと皆でエメラを玩具にしちゃうからね……きっと後始末たいへんだよぉ?」
「「どぅるるるる~っ!!」」
「……やれやれ、これでは死ねぬではないか……必ず生きて戻らねばな……」
「「「ドゥルルルルっ!!!」」」
更にエメラとル・リダがパパドラにわざとらしく挑発するような声をかけて、ドラコとドラコっ子、それに解放されたばかりの子供のドラゴンまで乗っかる様に騒ぎ出した。
おかげでパパドラは疲れ様に苦笑しつつも頬を緩めながらそう呟き、そこでドドドラゴンがちゃんと連れて帰るとばかりに咆哮を上げた。
「……ではアリシア達が気になりますし、そろそろ行きますね?」
「ああ……だが気を付けてくれたまえレイド殿っ!! 相手はもはやどのような行動をとるのかもわからぬし、アリシア殿とエクスは魔力も高いからレイド殿の魔法に巻き込まれたら恐らく命は……」
「わかってますよマキナ殿……まずパパドラさんとドドドラゴンにあの二人と連携して魔王に挑んでもらい、その中で事情を説明しつつ下がってもらいますから……俺が仕掛けるのはその後……そうですよね?」
「その通りであるが……無理ならば皆で逃げることも考えてくれたまえよっ!! 個人的な感情論になって申し訳ないが私としては魔王の討伐よりも皆で生きて戻ることを優先してほしいっ!! いや、きっとその方が後に繋げることもできるはずだっ!!」
俺の言葉に頷きつつもマキナは、珍しく懇願するような口調で叫び出した。
それに同調するように残される面々もまた、再度俺たちを辛そうな面持ちで見つめ出す。
「わかってますよマキナ殿……それにみんなも……安心してくれ……大丈夫、皆を泣かせるような真似はしないから……」
「うん、任せて……絶対皆で生きて戻るから……宴会の準備して待ってて……」
「我は死なぬよ……大切な同胞の子供達を置いて死ねるものか……そしてその者達を助け守ってくれた者達も死なせはせぬとも……」
「「「ドゥルルルルっ!!」」」
そんな皆に俺たちを安心させるように俺たちははっきり返事をして……微笑みかけるのだった。
そして改めてマナが魔法陣に手を付いて魔力を込めて、アリシア達も飛んだのと同じ場所……魔王に一番近いところにあるドーガ帝国の魔法陣の場所を浮かび上がらせた。
(ここに付いたらパパドラに捕まって一気に魔王の傍まで移動……上空から状況を確認した後で少し離れた場所にマナさんを下ろして転移魔法陣を作って貰い、その間に俺たちはアリシア達と合流して……後は戦いの流れ次第だな……))
改めて段取りを頭の中で確認した俺……見ればドドドラゴン以外の二人も同じようなことを考えていたようで、真剣な面持ちで互いを見つめ合っていた。
「じゃあ行く……向こうに付いたら段取り通りよろしく……」
「パパドラさん頼みますよ……それにマナさんも……」
「任せておけ……では行くぞ同胞よ、覚悟は良いな?」
「「「ドゥルルルルっ!!」」」
そして全員がはっきりと頷いたところで、マナが転移魔法陣に魔力を込めてその効果を発動させた。
「れ、レイドっ!! 僕やっぱり後……っ!!」
最後にアイダが何かを言おうとして、だけど聞き取れないうちに俺たちの身体を浮遊感が包み込み視界が反転してしまうのだった。
(なんだ……今アイダは何を言おうとして……いや、生きて戻って来てから聞けばいいだけだっ!! これから最悪の戦場に向かうんだっ!! もう気持ちを引き締めろっ!! ここからは戦いのことだけを考えるんだっ!!)




