レイドと最後の決断⑧
俺の言葉に納得してくれたのかはわからないが、とにかくアイダは顔を拭うと一転して真面目な顔で俺に語りかけてきた。
「……ふぅ……そ、それでレイド……まほーの練習はどうするのぉ?」
「んー練習かぁ……」
それに対して俺は何とも言い難い返事をすることしかできなかった。
(確かにぶつけ本番で試すより事前に練習しておいた方が良いに決まってるんだけど……)
「もぉ、さっきからそんな曖昧な返事ばっかりで……なんか問題でもあるのぉ?」
「ああ……何というか魔力がちょっとね……」
「そーいえば、さっき燃費悪いっていう攻撃魔法使ってたもんねぇ……じゃあフローラさん達からマジックポーション貰ってこようか?」
俺の言葉を純粋に魔力不足だと受け取ったのか、そう訊ねてくるアイダ。
尤も確かにマジックポーションがあれば一応は解決する話ではある……ただその消費がシャレにならないという点を除けばだが。
「うぅん……今マジックポーションって何本ぐらい残ってたっけ?」
「ええとぉ、僕達が持ってた奴はアリシアも飲んじゃってたから残りは一本だけで……そこにいろんな国の人達が持ってきてくれた奴が十語本ぐらいで……合計で十六本だけどその半分はアリシア達に渡して、二本はさっきレイド達が使っちゃったから……残りは六本だと思うよ?」
「そうか……多分今もマナさんが転移魔法陣を敷いたりするのに使うかもしれないから五本以下だと思っておいた方が良さそうだな……」
ここに乗り込む準備に関しては他の皆に任せてあるためはっきりとはしないが、それでも凡その数を割り出した俺は少しだけ悩んでしまう。
(それだけかぁ……一本で試せる回数は一回だから今俺の中にある魔力と合わせて六回……だけど貴重な魔力回復手段をほぼ無駄に消費するのはなぁ……)
「ありゃりゃぁ……だけどまあ大して魔力使わないまほーなんでしょ? だったら一本飲めば十分れんしゅーできるんじゃ……」
「そう言うわけにはいかないんだよ……基本的に一度で持ってる魔力を全部使い切ることになるから……」
「ふぇぇっ!? そ、そぉなのっ!?」
「そうなんだよ……だから使い手の魔力によって消費量は大きく変わるけど、最低限発動に必要な魔力はそんなに多くないんだ……」
俺の言葉を聞いて驚いたような声を上げたアイダだが、説明を聞くとどこか納得が言ったように頷いて見せた。
「な、なるほどねぇ……だからレイドはあんまり練習したがらないのかぁ……そうだよねぇ、ある意味で魔力を無駄に捨てるようなものだし……それにレイドは確実に魔王に当てれるって言ったけど、万が一失敗したときの事を考えたらマジックポーションを残しておかないと大変だもんねぇ……」
「うぅん……まあ、十中八九上手く行くとは思うけどアイダの言う通りだ……だからどうしたもんか少し困ってるんだよ……」
(尤もそれだけが理由じゃないけど……こんな危険な魔法使うところ見られたら絶対にアイダは止めるもんなぁ……)
これ以上アイダを心配させたくなくて、俺は色々と理由を付けてまで彼女の前では新しい魔法を練習すまいとしてしまう。
(本当は不味いんだけど……あの魔王の前で……またぶつけ本番で自爆前提の新しい魔法を試すなんて危険極まりないって分かりきっているんだが……どうしたもんかなぁ……)
「だけどさレイド……どう考えてもまずはその魔法を開発しなきゃ話にならないんだからさ……先のこと考えてどーぐを節約しても仕方ないと思うよ?」
「それは……まあ……」
しかしそこでアイダが口にした言葉は余りにも正しくて、流石に言い訳も何も思い浮かばず頷くしかなかった。
「後さぁ、使うのにしよーする魔力自体はそこまでじゃないんでしょ? だったらマナさんがそーびしてる指輪を貰ってくればいーんじゃない?」
「あっ!! そ、そうかっ!!」
それどころかついでのようにアイダが口にしたこともまた、俺の女々しい言い訳を完全に粉砕する完璧な答えだった。
(た、確かにあの指輪の回復量ならちょうどいいぐらいだ……何でこんな簡単なことを見落として……いや、真剣に考えてなかった証拠か……)
今は何もかも魔王退治を優先しようと言い、アイダ達への答えすら保留にしているくせに、目の前にいるアイダの感情を気にして頭が回っていない自分の情けなさを見せつけられた気がして本当に皆に対して申し訳ない気持ちになる。
「もぉ、しっかりしてよレイドぉ……まほーとかまほー力とかに疎い僕が気づくことにレイドが気づけないなんていじょーだよぉ?」
「うぅ……め、面目ない……」
もはや言い返す言葉もなく、俺はアイダへと素直に頭を下げるのだった。
「やれやれ……でもこんな事ならアリシアとエクスさんに渡した指輪、一つぐらい持ってくればよかったかなぁ?」
「いや、あっちは魔力切れが直接命に関わるだろうからね……こればっかりは仕方ないよ……」
魔力が回復する指輪も魔術師協会や錬金術師連盟の人達が複数持ってきてくれたのだが、それらは効果が重複すると分かった時点で全てアリシアとエクスに渡してしまった。
ただ予め俺たちが持っていた一つだけは、こっちで万が一魔力とマジックポーションを使い切るような事態になった際にも転移魔法陣を起動できるだけの魔力を補充できるようにマナが付けたまま出来ていたのだ。
(そうだよ、アリシアを助けるためにもできるだけ早く支度を済ませて行かなきゃいけないのに……アイダに止められるからってそんな理由で躊躇している場合じゃないだろ……)
そう自分に言い聞かせるけれど、やっぱりどうにも上手く気持ちが切り替えられない。
こんな状態で新しい魔法の開発を試みたところで失敗するのが落ちだろう。
尤もある意味ではそれでも立派な経験に成り、次に繋がりそうではあるのだが。
「それもそーだね……よしっ!! 一刻も早くアリシアを助けに行くためにも僕達も頑張らないとねっ!!」
そこでアイダは力強く宣言すると、いつの間にか持っていたマジックポーションを俺に差し出してきた。
「はいこれ、マキナさんがまほーのれんしゅーするならひつよーでしょって持たせてくれた奴……これ使ってとりあえず一回は試しておいてよ……その間に僕ひとっ走りマナさんのところに走って指輪貰ってくるからさっ!!」
「……それは助かる……頼むよアイダ」
更にアイダが口にした内容は、まさに俺にとって理想的な提案だった。
だからすぐに頷きつつマジックポーションを受け取ると、すぐにアイダはバッと駆け出して行った。
「じゃあ行ってくるねっ!! ここで待っててよレイドっ!!」
「わかってるよっ!! アイダもここは危険な魔物が住んでるって言われてる魔界なんだから気を付けてくれよっ!!」
一応そう叫ぶが、すぐ近くにはドドドラゴンとドラコが待機している。
この島にドラゴン以外にどんな危険な生き物が居るかはわからないがドラゴン以上ではないはずだ。
ならば彼女たちが見守る範囲には近づいても来ないだろうし、仮に襲われそうになってもドラコ達が守ってくれるだろう。
アイダもそれがわかっているようで、臆病なはずなのに不安そうには全く見えない笑顔で頷くばかりだった。
(アイダも色んな修羅場を経験してきたから度胸が付いたのかな……それともアリシアを助けるための使命感に燃えてて、怯えている場合じゃないって思ってるのか……どっちにしても一人で魔物が溢れる場所を堂々と移動するなんて成長してるなぁ……)
かつて未開拓地帯で薬草を採取していた頃のアイダは、魔物に合わないようおっかなびっくり歩いていた。
そして俺やアリシアと出会ってからはずっとその背中にくっついて殆ど離れようとしなかった。
(アイダは本当に凄いなぁ……精神的にどんどん強くなって……魔王と戦ってるアリシアもだ……俺も二人に負けないように成長しないと……よしっ!! やるかっ!!)
改めて覚悟を決めた俺はとりあえずマジックポーションを近くに置いて、まず体内に残っている魔力を利用して一度目の挑戦を行うことにした。
(やることは二つ……一つは魔王を倒す魔法の開発……そしてもう一つは……その効果を確実に魔王へと当てるため、範囲魔法として放てるようにすることだ……)
どんな魔法であれ普通に放っては、魔王の狂っている身体能力と異常な魔力から放たれるアンチマジックの壁を越えて命中させることは出来ないだろう。
だからと言って無差別な効果範囲で放っては、下手したら世界中の人を巻き込みかねないし、何より俺の魔力では使えるかもわからない。
しかし範囲魔法として放つのならば効果があるのは特定の条件を満たした相手だけ……基本的に自分と同種の生き物にだけ効果をもたらす。
そして魔王はあらゆる生き物の特徴を持っていて問答無用で引っかかる……だから確実に当てることが出来るはずなのだ。
(逆にこっちは人以外なら間に入ってもらっても問題はない……それこそドラゴンであるパパドラさんやドドドラゴン……魔獣であるヲ・リダさん……ア・リダさんは怪しいけど……エルフのデウス様やハーフエルフのマナさんも大丈夫だ……彼女たちに援護を頼めば問題なく行けるはずなんだ……)
もちろん術者である自分自身は確実に巻き込まれてしまうだろうけれどこればかりはどうしようもない。
またアリシアやマナでは効果範囲が地平線の彼方まで広がってしまい別の人までも巻き込みかねないが、俺の場合は適度に半径100メートルほどと視認可能でありつつ相手を巻き込むのに程よい距離に収まっているはずだ。
(まあ最悪俺が失敗したときはマナさん達に頼むことになるだろうけど……その場合はもう後先だとか他の被害を考えるまでもないほど追い詰められてるだろうからなぁ……その場合はむしろ地平線まで効果のある二人が使えば確実に魔王を巻き込めるし……やっぱりこれしか魔王へ攻撃を当てる手段はない……と思う……)
或いは時間をかけて考えればもっといい手段が思い浮かぶかもしれないが、タイムリミット付きのこの状況ではこれがベストの方法だと信じるしかない。
それに何より範囲魔法の改良はマナがやって見せた様に、そこまで難易度の高いことでは無い。
まして俺俺自身も範囲魔法のバリエーションはエリアヒールにスキャンドーム、それにエリアリフレッシュと幾つも作っているぐらいだ。
だからこそ新しい魔法……魔王に通じる効果の魔法を編み出すことにさえ成功すればそれを範囲効果に乗せて放つのは問題なく出来るはずなのだ。
(そして魔王に通じる効果の魔法……これも問題なく作れるはず……何せ俺はその効果を体験済みなんだから……イメージだってそう難しくはない……ただ使う規模が……消費魔力量に差があるだけだからな……)
恐らくは思いつきさえすれば俺でなくても……魔法を使ったことのある生き物ならば誰でも作り出せるはずだ。
それこそきっとアイダでさえも開発はともかく俺が詠唱して実際に魔法を使うところを見たら覚えてしまえるだろう……それもまた、アイダの前で使いたくなかった理由であった。
(アイダがこの魔法を覚えたら絶対に俺に使わせまいとして……下手したら自分の魔力量が適切だとか言って戦場まで付いて来かねない……だからこそ今、アイダが居ないこの場で完成させないとな……)
アイダが指輪を取ってくるまでに済ませてしまおうと、俺は目を閉じると意識を集中して使おうとしている魔法の効果を思い浮かべた。
そして実際にこの身で体感した感覚も引き合いに出し、それを再現するための呪文を紡ぎあげるのだった。
「体内に秘められし我が魔力よ……その全てを形無きまま解き放て……アウトバーンっ!! うぐぅっ!!」
果たして呪文を唱えあげた俺だが込めていた魔力は体外に放出されることを拒み、俺の体内で暴発を引き起こし全身にダメージを与えてくるのだった。
(がはぁああっ!! め、滅茶苦茶痛ぇええっ!! だ、だけど何とか命は繋げた……こ、これなら次も試せる……け、けどまずは身体を癒して……ぐぐぅ……)
全身を内側から引き裂かれそうな痛みに堪えながら、俺はマジックポーションを飲み干し回復魔法を唱えて身体を癒しつつ、再度魔王退治のための魔法開発に勤しむのだった。




