レイドと最後の決断⑦
「じゃあ、僕達はこっちでまほーのれんしゅーしてるから魔王の監視は任せたよ?」
「はぁい、あっちに居る奴がすっごく移動し始めたら教えるねぇ~」
「「「ドゥルルルルっ!!」」」
「頼んだよ二人とも……」
ドラコとドドドラゴンに魔王の動きを監視してもらうよう頼んでから、俺たちは少しだけ離れたところへと移動した。
一応は魔法の練習に巻き込まないためにだけれど、実際には……あの二人は傍に居ても問題はないはずなのだ。
(むしろアイダが不味いよなぁ……尤も仮に巻き込まれてもアイダぐらいなら多分生き残れるだろうけど……)
「それで、レイドの考えたまほーってどんな凄い効果なのぉ? どれぐらい離れたほうがいいの?」
「いや、そんなすごい魔法ってわけじゃないんだが……作戦も含めて前に考えた奴の改良版というか……むしろ改悪版って言うべきかな? だから距離は半径にして100メートルほど離れてくれれば問題ないはず……」
「えぇ……あ、あの隣の領土にいてもわかるほどの大爆発に巻き込まれて死ななかった魔王を倒せる魔法なんでしょぉ? それなのにそれだけって……し、しかも改悪版とか……ど、どういうことなのぉ?」
訝しむような目で俺を見るアイダ。
しかし説明するわけにもいかない……下手に話したりしたら、それこそ心配されて止められかねない。
(俺自身は絶対に巻き込まれるからなこの魔法……だからこそあいつにも確実に当てられるんだけど……むしろ問題はどうやってアリシア達を守るかだよなぁ……やっぱりパパドラと、後はドドドラゴンの二人に協力してもらうのが一番かな?)
「むぅ……黙り込んじゃって……なんか怪しいなぁ……ひょっとしてレイド、自分をぎせーにするような無茶なこと考えてるんじゃないのぉ?」
「……いやだなぁ、俺がそんな真似するトオモウカイ?」
「言い方が変だよレイドぉ……やっぱり無茶なこと考えてるんだぁ……駄目だよ、無理したらっ!!」
もう何度となくアイダから聞いている無理するなと言う言葉に、俺はどうしても頷くことはできなかった。
「やっぱりお見通しか……アイダには敵わないなぁ……」
「当たり前だよ、僕は出会ってからずぅっとレイドの傍に居るんだから……アリシアほどじゃないと思うけどそれでもレイドの事なら大体わかっちゃうんだから……それよりももう一度言うけど、自分を犠牲にするような無茶な真似は止めてよ?」
「……だけどアイダ、相手はあの魔王だ……アリシアやエクス、更には世界で最強と言われていた成体のドラゴンであるパパドラさんやそれに近い力を持っているドドドラゴン達が総出で戦っても傷一つ付けられない化け物なんだ……まして俺みたいな凡人がどうにかするには無理して背伸びしないと話にもならないんだよ……」
言いながら思い出すのは多混竜との戦い……伝説の剣をぶち当てながらも逆に自らの腕が折れるという結果に終わった時のことだ。
(多分あの時点から俺の力はもう通じなくなっていたんだ……それこそ新しい攻撃魔法で倒せはしたけれど、あれだってマジックポーションの助けがあったから……俺の素の魔力だけじゃ届かなくて、道具を必要以上に消耗しての無茶な方法でようやくだった……)
しかしこれから倒さなければいけない魔王はその多混竜を遥かに上回るドドドラゴンすら超越した化け物……いや、パパドラから聞いた話が正しければ何もかもを吸収して更に強くなっている怪物なのだ。
そんな存在を遥かな格下である俺が相手にするためには、自分の身を犠牲にするぐらいの覚悟がなければ話にもならない。
「そんなのわかってるよぉ……その上でレイドが無理しないために皆が……仲間が居るんでしょぉ……レイドは真面目で優しすぎるからすぐ責任を背負い込んじゃって、皆を巻き込まないように一人で解決しようとして……人に化けた魔獣の陰謀を食い止める時だってさぁ、周りから誤解を受けるかもしれないのに突っ走って……だけど止めてよレイド……一人で抱え込む必要なんかないんだからね……僕達は仲間なんだから、頼ってくれていいの……レイドが自分自身を犠牲にしてまで頑張る必要はないの……」
「……アイダ」
真剣に俺の顔を見つめながらはっきりとそう告げてくれるアイダ。
その言葉には重みがある……何より俺は、先ほども仲間がいたからル・リダを助けられたのだから。
(あの時、トルテさん達が怪我を顧みず飛び降りて来てマジックポーションを飲ませてくれたから……いや、それ以前にパパドラさんと一緒に俺が飛び出したりせず皆で行動していれば……俺はもう少し、仲間を頼ることを考えるべきなのかもしれない……だけど……)
それでも俺はむしろそうやって俺を気遣ってくれる大切な仲間だからこそ、魔王という圧倒的な敵との戦いに巻き込みたくなかった。
彼らを危険にさらすぐらいなら俺が一人犠牲になったほうがずっとマシだと……自分の身体を張って命懸けで挑む方が良いと思ってしまうのだ。
「大体ねぇ、幾ら魔王を倒せて世界が平和になってもレイドがもし死……居なくなっちゃったら何にもならないよ……僕もアリシアも多分凄く苦しくて、生涯悔やみ続けて……不幸になっちゃうよ……それでもいいの?」
「いや、それは……そんなのは駄目だ……」
俺が守りたいのは世界ではなくて大切な仲間体の笑顔と幸せだ……その為にずっと戦い続けてきたのだ。
だから魔王を倒せても彼女たちが……皆が笑えないようでは何の意味もなくなってしまう。
「そうでしょぉ? それにレイドには僕たちの想いに答えを出すって大切な約束もあるんだよ? その為にも生き残らなくちゃ……」
「それは……ああ、分かってるよアイダ……だから俺はちゃんと生きて帰るつもりだから……」
この言葉は嘘ではない……俺の考えている方法は確実に自分自身を巻き込むものだが、それでも命を失わない程度の被害に抑えるつもりでいた。
「だけどレイド……あの魔王に通じるほどのまほーなんでしょ? それを自分を犠牲に放ったりしたら……ううん、その威力の余波に巻き込まれるだけでも命なんか……」
「いや、多分問題はないよ……あくまでも魔王に確実に当てるための方法として結果的にとして自分も巻き込まれるだけだし……それに威力は調整できるはず……だから……」
「い、威力が調整できるってどういう……ううん、僕が一人で聞いても分からないだろうから後でマキナさん達に説明するときに聞くけど……それならなおさら皆で協力してやろうよ……マナさんとか魔法を使える人を集めてそれで皆でリスクを分散して……とにかくレイド一人が自分を犠牲にしてまでやっちゃ駄目だよ……絶対に駄目……」
「皆でか……いや、でもそれだと余計に……」
頭の中で考えてみるが……下手に使用者の数が増えても逆効果にしかならなそうだ。
(誰か一人が成功すればそれで終わりだけど……それこそマナさんやアリシアの魔力だと巻き込む範囲が広がり過ぎて逆に危険だ……魔術師協会の人達だって……そもそも、やることがやることだから障害が残るかもしれないし……)
「駄目なの? そんなに難しい魔法なの?」
「いや、多分魔法の習得自体はそんなに難しくないし……魔力量が少なくても出来るはずだけど……」
そこで敢えて言葉を切った俺……実際に俺が思いついた魔法は範囲魔法を維持できる程度の魔力さえあれば誰でも、それこそアイダですら使えるだろう。
しかしそれを言えば間違いなくアイダは自らも協力すると言って聞かなくなるだろう。
(それだけは絶対に駄目だっ!! アイダだけじゃないアリシアにだって使わせるものかっ!! エゴと言われようともこの二人だけには……いや、他の人にだってやらせられないっ!! やっぱり俺がやらないとっ!!)
改めてそう覚悟を決める俺……アイダの忠告を真っ向から否定する形になってしまうがこれだけは譲れなかった。
(初めてかもしれないな……アイダの忠告に背くのは……だけどごめんアイダ……俺は君たちが倒れるところだけは見たくないんだ……仮にこの命と引き換えにしてでもそれだけは……っ)
「そ、そんなまほーでほんとぉにあの魔王に通じるの?」
「……通じるはずだ……いや、通じないはずがない」
俺は今までの……魔獣から魔王までの戦いを全て思い返しながらはっきりと頷いて見せた。
(この魔法が上手く行けば確実に通じるはずだ……それに使い方だって工夫すれば避けようもない……はずなんだ……)
尤も断言できないのは実際の魔王がどんな挙動を取るかがわからないからだ。
前にあったころの尊大なままならば、俺が何をしようと気にもかけず受け止めただろう。
しかし前に俺の転移魔法を受けた魔王は俺に対して激高しているように見えた。
(あの怒りのままに攻めてくるならまだマシだけど……もしも警戒に警戒を重ねられて全力で距離を取られたら……やっぱり足止めをする役として絶対に巻き込みようのないパパドラさんとドドドラゴンに協力してもらうのが確実だな……)
「……レイドがそこまで断言するなら間違いないんだろうけどさ……やっぱりなんか凄く不安だよ僕……お願いだからいつもみたいに約束して……無理はしないって……」
「……大丈夫ですよ、絶対に上手く行きますって……俺を信じてくださいよ」
アイダの言葉に俺はあえて微笑みながらそう答えて、その顔にそっと手を伸ばした。
「うぅ……れ、レイドやっぱり無理する気なんだぁ……もぉ……じゃあせめて僕も連れて行ってよぉ……」
「……ごめん、俺はアリシアと違ってアイダを背負ったまま……守りながら戦えるほどの力はない……それどころか自分の身一つ守るのも難しいぐらいなんだから」
「け、けど……約束したよね……傍にいてくれるって……離れたりしないって……ぼ、僕嫌だよ……レイドとアリシアがそんな場所に居るのに一人で安全な場所で待ってなんかいられないよぉ……お、お願いだから連れて行ってよぉ……」
俺の手を取るとアイダは離さないとばかりに力いっぱい握りしめてくる。
今にも泣きそうな顔で……その顔が何故か初めて会った時の姿に重なって見えた。
(懐かしいな……あの時もアイダは半泣きで生きる気力を失ってた俺の手を取って引っ張って……本当に今の俺があるのは全てアイダのおかげだ……)
気が付いたら俺もまたそんなアイダの手を離すまいとギュっと握り返してしまう。
「あ……れ、レイドぉ?」
「俺も傍に居たいよアイダ……今の俺があるのはアイダのおかげなんだから……あの日あの時あの場所で出会ってから、アイダと出会えたことをずっと感謝してきた……アイダが傍にいてくれることが嬉しくて……俺の幸せだった……」
「え……あ……っ」
俺の言葉を聞いてアイダは呆けた様に目を見開いたかと思うと、その顔が徐々に赤く染まっていく。
そんなアイダの手を取ったまま、俺は忠誠を誓う騎士のようにその場へと跪く。
「だけど……だからこそ、行かせてくれ……そんな大切なアイダを危険な場所へ連れて行きたくないんだ……俺の手を引いて幸せに導いてくれた君を、危険な場所へ連れて行くような真似だけはしたくないんだ……だから……」
「っ!?」
「お願いだアイダ……必ず戻ってくるから……アリシアと一緒に君の元へ……俺を信じてほしい……アイダ……」
「れ、レイド……うぅ……そ、そんな言い方ズルいよ……ズル過ぎるよぉ……」
涙声で呟いたアイダは、もうそれ以上何も言うことはなかった。
(また泣かせてしまったな……笑顔でいてほしいのに、本当に俺は情けない男だ……これ以上情けなくならないためにも……約束を破らないためにも生きて帰らないとな……アイダの傍に……アリシアと一緒に……)




