終わりの始まり⑭
「レイド、準備は出来たっ!! 向こうの様子も確認したっ!! 何も問題ないっ!!」
パパドラがそいつに攻撃を始めたタイミングで、マナが顔を上げて俺に準備が整ったことを告げてくる。
「わ、わかりましたっ!! じゃあ早速やりましょうっ!! アリシアっ!! どうにかしてパパドラさんを連れてあそこの魔法陣の上に移動してくれっ!!」
「ふぇぇっ!? あぁっ!? い、いつの間にぃっ!?」
「話は後だっ!! あの二人の戦いに割って入れるのはアリシアだけだっ!! 何とか隙を見て頼むっ!!」
「っ!!」
俺の言葉を聞いてようやくマナが魔法陣を敷いていたことに気付いたアイダ達だが、もはや細かく説明している時間はない。
「おのれぇええ……ぐはっ!?」
「まだ力の差が理解できないのですか……全く、愚かですねぇ……」
パパドラの攻撃を一切躱すことなく真正面から受け止めながら、そいつはお返しにとばかりに軽く手を振るう。
そんな適当な一撃ですらこの場の空気を切り裂くほどの真空波が産み出されて、パパドラの身体にぶち当たりその皮膚を切り裂きながら吹き飛ばしていく。
「ぐぐぅ……だ、黙れっ!! 我を騙し同族を侮辱するような真似をしおってっ!! 何が我が娘を蘇らせるだっ!? あの子らを生み出したのはただの貴様の欲ではないかっ!!」
「ああ、それも違いますよ……あれを生み出したのもア・リダです……もしも私と言う存在を産み落とすことに失敗した場合の、予備プランの一環として……尤もこうして成功した以上は、あの子らはもう用無しなのでル・リダと言う魔獣と共に……」
「っ!? る、ル・リダさんがどうしたっていうん……っ!?」
「がぁあああっ!! もう黙れと言っておろうがっ!!」
ル・リダの名前が出て慌てて彼女の居場所を尋ねようとするが、またしてもパパドラの怒号にかき消されてしまう。
「おやおや、貴方から尋ねて来たというのに……理不尽なお方だ……」
「消し炭に成れっ!!」
「ぱ、パパドラさ……うわっ!?」
怒りのままにパパドラは口を大きく開いたかと思うと、そこから巨大な火球を打ち放つ。
また先ほどと同じ爆発を想定した俺は、咄嗟にマナの元へと飛び下がろうとして……驚愕の光景を目の当たりにした。
「やれやれ、わざわざ防ぐ必要もないのですが……爆風に紛れてコソコソと蠢かれても鬱陶しいですからねぇ……」
「っ!!?」
「なっ!? ば、馬鹿なっ!?」
ア・リダの産み落とした化け物へと向かって行った火球は、しかしそいつが軽く手を振るった途端に一瞬で大元の魔力が分解されて霧散していった。
(あ、あれは無効呪文っ!? い、いやだけどあれは自分が使える魔法で……しかも分解する魔法以上の魔力を込めないとできないはずなのにっ!?)
尤もあいつは幾多の魔獣を取り入れて、そこに混ざっていた魔物の特徴を受け継いでいるという。
その中にドラゴンも混ざっているはずで、ならばあのブレスと同じ攻撃もできても不思議ではない。
だから無効呪文を掛けることが出来ること自体はまだ理解できる。
それよりもはるかに問題なのは、あのパパドラが渾身の魔力を込めて放ったであろう火球を一瞬で消滅させてしまったことの方だった。
(あれですら一瞬で分解できるほどの魔力があるとしたら幾らマナさんが全力で転移魔法を放っても分解される可能性があるっ!!)
もしもそうだとすれば俺の作戦は破綻したも同然だ。
思わず縋るようにマナへ視線を投げかけるが、彼女も難しい顔をしつつもこくりと頷いて見せてくれた。
「……大丈夫……もしあれが無効呪文だったとしても転移魔法は効果を発揮したときには既にその場にいないから……呪文の詠唱中に直接触れられて体内で練り上げている魔力を散らされない限りは平気……きっと行けるはず……っ」
「そ、そうですか……な、なら計画通りに……アリシア達がパパドラを確保したら俺は詠唱を始めますからっ!!」
「わかった……だけど無理しないで……レイドは初めて使うんだから……本当に危険……失敗したら……」
「……大丈夫ですよ絶対に」
不安そうに呟くマナに、俺は安心させるよう優しく微笑みかける。
尤も内心では僅かな恐怖もある……何せぶっつけ本番で失敗したら確実に死ぬであろう大魔法を使おうというのだから。
「けど……」
「ここに来るまでの間に正しい詠唱を含めて、マナさんに使い方を教えてもらったですから失敗するわけありませんよ……俺を信じてください」
「……わかった」
俺の言葉にようやく頷いたマナはササっと魔法陣の上に移動して魔力を流す際のように床へ手を付いた。
それを確認した所で、俺は目の前の戦場へと視線を戻した。
「ぐぐぅ……お、おのれ……き、貴様などにぃ……っ」
「も、もぉ一人じゃ無理だよパパドラさんっ!! 一緒にこっちへ……」
俺達が目を離している間も戦い続けていた様子のパパドラは、既に身体のあちこちが血に染まり苦しそうなうめき声をあげていた。
そんなパパドラを背中に庇うようにしてアリシアが立ちはだかり、その背中に居るアイダが必死で説得しようとしている。
「黙れっ!! このような奴を生かして置けるものかっ!!」
「全く、貴方に関わっている暇などないというのに……もう終わりにしましょう……スロウっ!!」
「「「っ!!?」」」
しかしどうしても言うことを聞かないパパドラに対して、向こうは困ったように呟きながら行動阻害魔法を唱えて彼らの動きを拘束し始めた。
果たしてあいつの魔法はアリシアやパパドラの動きすらも強烈に押さえつけ、その場に縫い留めるほどの威力を発揮した。
(む、無詠唱でこの威力だとっ!? い、異常過ぎるっ!?)
「では、これでさよな……おや?」
「っ!!?」
こちらに止めを刺そうとア・リダが産み落とした化け物が動き出したが、その前にアリシアは剣で強化された魔力を使い無効呪文でもって拘束を振り解こうとした。
そしてギリギリのところで魔法の解除に成功したアリシアは、何とか剣を向こうの攻撃との間に滑り込ませ受け止めた。
「……ぁ……ぅ……っ!?」
「う、うわあああっ!?」
「よく防ぎましたねぇ……でももうお終いでしょう」
凄まじく耳障りな金属音が響いたかと思うと、アリシアの身体が攻撃に押し負けて吹き飛ばされた。
魔法の解除に手間取ったがために体勢を整える余裕がなく、結果として向こうの力を真っ向から受け止めたがために堪えきれなかったのだ。
そうしてパパドラからアリシア達が離れたところで、そいつはあえて追撃せず未だに動けないでいるパパドラを見下ろした。
(ま、不味いっ!! 助けなきゃっ!? だけど俺の攻撃なんかじゃ……だけどやらないわけにはっ!!)
このままではドラコのお父さんの命が危ういが、俺ごときでは行動を押し止められるとは思えなかった。
それでも放っておくわけにもいかず、せめてもの抵抗に攻撃魔法を放とうとする。
(こんなことで魔力を使ったら下手したら転移魔法を使う魔力も……何よりアリシアのあれでも駄目だったのに意味すらない可能性も……だけどやらないわけにはいかないっ!!)
「お、おのれぇええっ!!」
「まずは貴方から……まあ死体は一応保管しておいて何かに使えないか試して差し上げますよ……ではさような……っ!?」
「えっ!?」
しかしそんな俺の後ろから凄まじい速度で何かが通り抜けていったかと思うと、そのままア・リダが産み落とした化け物へとぶつかりその身体を吹き飛ばした。
驚く俺の前で次いでパパドラの身体を拘束していた魔法が解除されてたかと思うと、風が渦巻き彼とアリシアをこちらへと引き寄せてきた。
「な、何が……っ!?」
「それはこちらの台詞ですよ……とにかく非常事態だったので助けておきましたが……これは一体どうなっているのですかマナ?」
「ははっ!! 今の一撃で吹き飛ぶだけとはなぁっ!! ドラゴン以外にこんな奴がまだこの世に残ってやがったとはなぁっ!!」
そして俺の耳に聞き慣れない声が届いてきて……見れば前と後ろに相当の年齢と思わしき新たな二人が姿を現していた。
あいつと俺たちの間に盾のように立ちふさがっているのは人間の男であり、その手には人の身体より一回りは大きそうな巨大な剣が握りしめられていた。
逆に後ろにいるエルフと思わしき男は何かの樹木から作られたであろう杖を持っていて、そんな彼を見たマナは目を見開き安堵したような声を洩らした。
「まさかとは思ってたけど本当に来てくれるなんて……物凄く助かりました……デウス様……」
「えっ!? で、デウス様ぁっ!?」
マナの言葉に思わず呟く俺に、デウスと呼ばれたエルフの男性は荘厳な雰囲気を醸し出しながら頷いて見せた。
「初めましてですねレイド殿……其方のことは記事やマナを通して多少は耳に挟んでおりましたよ……おっしゃいます通り私はデウスと申します……そしてあちらに居るのが護衛代わりに連れて来たエクスと……」
「んな悠長に自己紹介してっばあいかよぉっ!? それよりこいつが敵ってことで良いんだよなぁおいっ!?」
「え、エクスって……あっ!? は、はいそうですがそいつは不死身に近い化け物で……」
「ははっ!! そりゃあ愉快だなぁっ!! じゃあちょっと試してみっかっ!!」
もう一人の名前も聞いてさらに驚く俺の前で、エクスと呼ばれた男は好戦的な笑みを浮かべて再び凄まじい速度でア・リダが産み落とした化け物へと切りかかって行った。
(は、早いっ!? あんな大きな剣を持っててアリシア並の身のこなし……あ、あれが冒険者ギルドのトップのエクス氏っ!? そ、そしてこっちにいるデウス氏は確か魔術師協会のトップ……な、何でそんな大物がこんなところにっ!?)
「こ、この人がデウスさんっ!? じゃ、じゃあやっぱりマナさん達やアリシアの言ってた予想通りほんとぉに助けに来てくれたんだぁっ!!」
「魔術師協会の人達の中なら転移魔法を魔法陣抜きで使える人材も居る……だから切れ者だというランド様なら話を通して援助を依頼してくれるかもって思ってた……だけどまさかデウス様が直々に来るなんて予想外……」
「緊急事態だと聞いておりましたから……さてそろそろ事情を説明していただけるとありがたいのですが……」
「ま、またぞろぞろと……貴様らでは太刀打ちできる相手ではない……下がっておれ……」
彼らをしり目にパパドラは傷付いた身体を無理やり起こして再び、ア・リダが産み落とした化け物へと立ち向かおうとする。
「だ、駄目だよパパドラさん無理しちゃ駄目ぇっ!!」
「黙れ……我はあやつの息の根を止めば気が済まん……」
「お、落ち着いてくださいパパドラさんっ!! 貴方にとって一番大切なのはドラコ……と同族のあの子達でしょうっ!? それなのにこんなところで傷付いて……もしも命を落としたらあの子達の面倒は誰が見るのですかっ!?」
「ぐっ!? ぬぬぅ……」
「うおわぁあぁっ!? ははっ!! 何だこいつやっべぇなぁっ!!」
俺の言葉を聞いてようやく落ち着いたところで、すごい勢いでエクスが吹き飛んで来たかと思うと空中で身を翻し見事に俺たちの前に着地して見せた。
「貴方も大したものですよ……不意を突いたとはいえこの私を吹き飛ばすとは……しかし幾ら実力者が増えようと私を止めることなど不可能ですよ」
改めて俺たちの前に立ったア・リダが産み落とした化け物は、これだけのメンバーを前にしても余裕の笑みを消すことはなかった。
しかしそれも無理もない話だ……エクスの猛攻も含めて今まで戦闘し続けてなおあいつの身体には傷一つ付いていないのだから。
「確かにあの頑丈過ぎる身体はヤベェなぁ……あの細い腕も幾ら捥いでやっても幾らでも再生してきやがるし……さて、こっからどぉすんだデウスよぉっ!?」
「私よりこの場に居た者達に聞くべきでしょう……マナ、何か考えがあるのですか?」
「ある……正確にはレイドの作戦……みんな魔法陣の上に集まって……」
「うん? この魔法陣は……マナ?」
「大丈夫……信じて……」
チラリと魔法陣を見たところでデウスは何かに気付いたような声を洩らすが、それでもそれ以上何も言うことはなかった。
そして自然とアリシアとエクスが剣を構えながら俺たちの盾になるように前方へ立ちつつ、じりじりと後ずさりしてくる。
「おやおや? 何を企んでいるのですか?」
「レイド……やる……だからお願い……」
「ええ、任せてください……ふぅ……アリシア、それにエクス様……あいつが俺の身体に触れないようにだけお願いします」
「っ!?」
「あぁっ!? そりゃあどういう……?」
戸惑ったように俺を見る二人にあえて何も答えないまま、その間に立った俺は静かに呪文を唱え始めた。
(さあ伸るか反るか……一世一代の大勝負と行きますかっ!!)




