終わりの始まり④
果たして転移魔法陣で移動した先は、確認した通り誰も居ない広々とした空間であった。
「アリシア、アイダ、トルテさん、ミーアさん、マナさん、ヲ・リダさん……みんな揃ってますね」
「う、うん……あっちはだいじょーぶかなぁ……」
「来たばかりで心配してもしかたねーだろうがアイダよぉ……」
「あっちにいるのはあたしらよりは実力が上の奴らばっかりなんだぞ……むしろ自分の身を心配しようぜ」
全員が揃っているか確認するがアイダは未だに向こうの状況が心配なようで不安そうに呟いている。
それに対してトルテとミーアはむしろ自分たちの立ち回りを心配しているようであった。
(そう言えばトルテさん達はこういう危険な場所に出てくることは殆どなかったもんなぁ……逆にアイダはずっとついて来てたし、その差かな……?)
「わ、わかってるよぉっ!! あ、アリシア……また背中借りていーい?」
『むしろ離れないでくれ アイダが背中に居てくれるだけで落ち着くからな また非常時の会話は任せるぞ』
いつも通りアリシアの背中に背負われるアイダだが、どちらもこの関係が気に入っているのかその顔には微笑みが浮かんでいる。
(や、やっぱり仲良すぎないこの二人……いや嬉しいことは嬉しいけどぉ……ってそんなこと考えてる場合かってのっ!?)
こんな危険な場所に居るというのに、どうしてもアリシアとアイダのことが気になってしまう。
しかしこれから先には俺より遥かに格上であろう敵が三体も居るのだから、油断しないように気を引き締めなければと自分に言い聞かせる。
「やれやれ……ところでリダ……じゃなくてヲ・リダよぉ、ここはどこなんだ?」
アイダとアリシアのやり取りを呆れたように見ていたトルテもまたすぐに真剣な顔になると、早速ヲ・リダに場所の説明を求めた。
「ここはドーガ帝国の者達が作り上げた魔獣製造工場の隣にある職員らの出入りの場所です……たまに貴族の関係者が来る関係もあってか無駄に大きく作られていて、そこを乗っ取った際に皆ここに住むようになり……すぐ移動できるよう転移魔法陣を敷いたわけです……」
「はん……あいつらは自分たちのことに関しては遠慮なく金をばら撒くからなぁ……貧民街の奴らを搾取しておいてよぉ……」
「ミーア……気持ちは分からなくもないけど今言っても仕方がない……それよりマキナの言う通りまず逃走経路を確保しないと……」
「そうですね……この転移魔法陣が利用できるのならば問題はないのですが……」
「それならば恐らく大丈夫だと思いますが……」
俺の言葉を聞いて実際にヲ・リダが転移魔法陣に軽く魔力を流してみると、幾つもの移動先の候補が浮かび上がってくる。
俺たちがさっきまでいた馬車もだが、他にも幾つもの見慣れない荒れ地の光景が映っていた。
「これは……どこかの国の未開拓地帯でしょうか?」
「ええ……どうやら集落に作っておいた物は逃げ出した仲間達のせいか全て破棄されてしまったようですが……未開拓地帯に設置されている奴は見つけるのも一苦労でしょうし、恐らく我々がやるべきことを終えて戻るまでに全てが破棄されることはないと思います」
「なるほど……確かにいざ逃げようって時に転移先の方が壊されてたらどうしようもないですからね……」
『しかしそれを言うのならばこの場所の転移魔法陣が壊される可能性も考えておくべきだ 何せ相手はあの化け物だ この建物がどれほどのものであれ攻撃の余波を受けようものなら耐えられるとは思えない』
「た、確かに……ゼメツの街にあるけんぞーぶつなんかそれこそお菓子みたいに簡単にふっとんじゃったもんねぇ……」
アリシアの言葉をアイダが補足するが、実際にあの化け物の破壊力を知っている俺もまた彼女たちの言うことにはっきりと頷いて見せる。
「そうだな……あの三つ首の化け物と同等の奴らが暴れたらこんな建物一瞬で崩壊しかねないもんなぁ……念のために別の場所にも逃げ込める場所を確保しておきたいところだけど……」
「そ、そんなにすさまじいのかよ……」
「むしろよくお前ら生き延びれたなぁおい……」
俺たちの反応から大げさではないと理解したのか、トルテとミーアが呆れたような声を洩らす。
「失敗作の時点で幹部である我々でも手も足も出ないほどでしたから……まあそれはともかく、レイド殿の言う別の逃げ込める場所にも心当たりがあります……尤も壊れていなければですが……」
「と、いいますと?」
「ええ……私があなた方の居る馬車へ飛んだ転移魔法陣です……あれは元々魔術師協会などが敷いていた転移魔法陣と連動させてあるのですが、貴方達の話ですとファリス王国の首都とはまだ繋がっているとのことでしたよね?」
「そーいえばそうだったな……お前が急に現れた時はびっくりしたぞ、全くよぉ……」
その時のことを思い返しているのかトルテが苦笑いしながら呟いたが、考えてみたら確かに魔獣達は既存の転移魔法陣も利用している節があった。
「本当に緊急事態でしたので逃げる先を選ぶ余裕も無く……しかしあそこを選ばなければ私は未だに他のリダ達と同じく暗躍していたでしょうね……今ならば運が良かったと言えますが……」
「そう言えば俺はまだ聞いてませんでしたが、他のリダ達は何名ぐらい残っていられるのですか?」
「もう殆ど残っていませんでしたよ……成体のドラゴンによる襲撃で一気に減りましたが、残った者も多混竜と『魔獣殺し』のレイド殿への対策のために送り出したので本部にはア・リダと私、そしてナ・リダとル・リダしか残っていないはずでしたから……そして外へ派遣したリダ達はレイド殿が全滅させたようですし、ナ・リダは魔獣に化けて乗り込んできた成体のドラゴンに取り込まれるのを見ましたから残りは私とア・リダ……」
あえてそこで言葉を区切ったヲ・リダだが、言いたいことはわかっていた。
(俺がまだル・リダの生存を心のどこかで望んでいるからだろうな……だけどそうか、厄介な幹部クラスで敵になりそうなのは残り一体だけなのか……)
「そうですか……後、人に化けれる魔獣はどれぐらい残って……」
「おいおい、そんな話は後にしろっての……とにかく今はその転移魔法陣が残ってるかどうかを確認すべきだろ?」
「そう……逃走経路の確保は大事……相手が相手だから警戒するに越したことはない……その転移魔法陣が使えるかどうか確認して、駄目そうならこことは違う場所に新しく作らないと……そう考えると時間はいくらあっても足りない……迅速に行動すべき……」
「うぅ……そ、その通りですね……失礼しました……」
ずっと魔獣対策をしてきたためか、どうにも気になってついつい訪ねてしまったが確かに今聞いても仕方のない話だった。
「そうだぜレイド……大体ヲ・リダはその成体のドラゴンから逃げだしたんだろ? つまりその転移魔法陣のある傍にそいつらが居る可能性は高いんじゃねぇか? だとすると壊れてても不思議じゃねぇぞ?」
「そ、そっかぁ……うぅ……どーせなら来る前にあっちの転移まほー陣を動かして繋がってるか確認しておけば良かったねぇ……」
「いや、確認しようにも俺たちじゃこの場所の光景が分からないから判別しようがなかったんだけど……でももしも繋がってるとすれば……」
アイダの言葉に首を横に振って見せながらも、俺はファリス王国から馬車へ飛んだ際に浮かび上がった転移先の光景を思い出そうとする。
(確かにあの時、複数の候補先が出てきていた……その中にここの転移魔法陣が映っていたかはわからないけれど馬車以外の転移先は全て誰も居ない場所が映っていた……だからもしその中の一つがここに繋がってるとしたら、転移魔法陣がある場所に化け物は居ないことになる……)
つまりもし残っているのであれば、そこは敵の居ない安全に飛べるかもしれない場所であり避難先として打ってつけと言うことになる。
しかし同時にもう一つの疑問も思い浮かんできてしまう。
(だけどもしもそうだとしたら……三体の化け物はどこに居るんだ?)
魔獣製造用の設備がある一室でもなく、隣にあるこの居住区にも居る気配はない……あれだけの巨体であれば近くに存在すれば鳴き声や振動など、生物的な反応が嫌でも伝わってくるはずだからだ。
「ど、どうしたのレイド? 何か気になることでもあるの?」
「……いや、何でもない……マナさんの言う通り時間が勿体ないし、とにかく動こうっ!! まずはその転移魔法陣を目指して進もうじゃないかっ!!」
「わかりました、では案内させていただきます……こちらへ……」
早速俺たちの前に立って進みだしたヲ・リダの後を俺が周りを警戒しながらついていく。
その後ろにトルテとミーアが並んで進み、更に後をマナが……そして最後尾をアリシアとアイダが配置された。
(仮に敵から奇襲を受けたとして地理に詳しいヲ・リダさんなら一番反応しやすいはずだし、何より道案内役だ……そして最高峰は一番の実力者であるアリシアが警戒……うん、この並びでいいな……)
そう判断した俺は、あえて何も言うことなくそのまま建物の中を進み続けた。
部屋を出てるとすぐに大広間に繋がっていて、遠くに出入り口と思しき場所が見えている。
そこへ向かい慎重に物陰に隠れるようにして進んでいく俺たち。
「……っ!?」
「っ!?」
しかし途中で急にヲ・リダが無言で手を広げると俺たちに物陰に隠れて止まるよう指示を出した。
「……どうしました?」
「入口の傍に変な石像があるのですが……あんなものは元々なかったはずです……」
近づいて静かに訊ねてみると、向こうもまた声を潜めながら入口の近くを指し示した。
果たして其方へ目を凝らして見て、言われた通りに六体もの石像が配置されていることに気付く。
ヲ・リダの言い方が正しければあれは恐らく彼らが逃げ出す前には存在しなかったものなのだろう。
(つまりあれを配置したのはドラゴンに関係する三体の内の誰かってことか……一体何で……大体あれは何……なぁっ!?)
全員で慎重に距離を縮めつつ目を凝らして見て……形状の詳細を確認したところで心臓がドクンと跳ね上がる。
(あ、あれはまさか……いや、あの形っ!! 見間違えるはずがないっ!!)
見覚えのある形状に思わず声を飲む俺の傍で、アリシアとアイダもまた驚いたように目を見開いた。
「れ、れ、れ、レイド……あ、あの右端の石造の形……た、確かゼメツの街に居た……」
『私が止めを刺した多混竜とそっくりだ レイドはどう思う?』
「ああ……あの中にある二体は俺にも見覚えがある……俺が倒した奴だ……だから多分残りの三体もきっと……」
入り口に配置された六体の多混竜を模した石造は、まるで侵入者や内部からの脱走者を観察しているかのように交互に前と後ろを向く形で置かれていた。
「あ、あれが例の失敗作の……な、何でそんな石像があんな場所に並んでんだよっ!?」
「わかりません……ただ、意味も無くあそこへ置かれているとは思えません……まして先ほどのゴーレムという存在を思い出すと……とても嫌な予感がします」
「っ!!?」
ヲ・リダの言葉に俺もまた彼が想像しているのと同じ最悪の事態を想定して、舌打ちしてしまいそうになる。
(そうだ、土が動いているみたいなゴーレムは命を与える魔法で生み出された……ならその魔法をアレに掛けたらどうなるっ!?)
果たして多混竜と同等の戦闘力になるのか、それともあのゴーレム程度の強さに留まるのかはわからない。
しかしどちらにしてもあの再生力を思えば厄介な敵になることは確実だった。
尤もまだ動き出すと決まっているわけではないが、それでも警戒しなければならないだろう。
「ヲ・リダさん……他に出入り口は無いのですか?」
「ええ……尤も壁を壊して出ることは出来るでしょうが……」
「その物音を聞きつけてこられたらどうしようもないってことか……ちっ!! どうするよレイドっ!?」
自然と皆の視線が俺に集まってくる。
(どうする俺? 無理やり押し通るか? 仮にあれが多混竜並だとしてもここからアリシア達に攻撃魔法を使ってもらえば確実に仕留められる……ただ魔力が著しく消費するだろうし、魔法の余波で壁がぶち抜かれるだろうからやっぱり気付かれる危険性も……)
四本のマジックポーションは現在アリシアと俺が一本ずつ持ち、魔法専門のマナが二本とも持っているがそれで全てだ。
だからこの場は幾らでもしのげるが、逆に言えばここで使ってしまうと後が恐ろしくなってしまう。
(やっぱり壁を壊して出るか? だけどそれで向こうに気付かれたら多分あの石造も動き出して挟み撃ちに……ならやっぱり後顧の憂いは立っておくべきか? くそっ!! 本当に厄介だな多混竜めっ!! あの時もこうして時間を取られ……あの時……あっ!?)
そこでファリス王国でのことを思い出した俺はヲ・リダを見つめて、とある提案を口にした。
「ヲ・リダさん……前にル・リダさんがやっていたことなのですが、地面を掘って洞窟を作ることは可能でしょうか?」
「洞窟を作る……ええ、ル・リダが出来ていたのならば理屈の上では私に出来ないはずがありませんが……確かに移植された魔物の能力を使えば……なるほど、地下を進むわけですね?」
少し悩んだヲ・リダだがすぐに俺の言いたいことに気付き、納得したように深く頷いてくれるのであった。
「ええ、それなら気づかれにくいですし……何ならばその地下に転移魔法陣を敷いてもいいし、出入り口をあちこちに開けておけば非常時の逃走も楽になるはずです」
「な、なるほどなっ!! そりゃぁいいやっ!!」
「凄い発想……確かにそれは便利……」
「そうなんですよ……あの時も本当に便利で……」
言いながら俺は改めてル・リダに対する感謝の念と、守り切れなかった後悔が深くなってしまうのであった。
(また助けられてしまいましたねル・リダさん……貴方には何と感謝するべきか……絶対に貴方を見つけてドラコの元へ連れて帰ります……例えそれが……どんな形であったとしても……)




