終わりの始まり①
「では作戦を説明するが、その前にまず我々の目的をはっきりさせておこう……今更悠長な、と思うかもしれないがこの辺りのことはしっかりと決めて共有しておかないと引き時を見誤る可能性があるからな」
皆で馬車に戻ったところでマキナが切り出した言葉に俺たちは無言で頷き返した。
(確かになぁ……最初は魔獣事件解決のために動いていたけど、もう今では魔獣の勢力はボロボロ……ドラゴンの力を管理下に置くどころか暴走状態……この時点で俺たちが防ぐべきことを改めて確認しておいたほうがいいよな……)
一応魔獣の本境地に乗り込んで新しい魔獣が産み出されないよう設備の破壊と、その場にいた戦力の殲滅は考えているが優先順位などと合わせて色々と突き詰めておいた方がいい。
「ただ時間がないのも事実であるから、話し合いの最中も馬車を魔獣の本拠地に向けて移動はさせておこうと思う……済まないが誰か操縦を頼むよ?」
「あっ!! わ、わかりましたっ!! じゃあこの馬車は私に……」
「……いえ、私がやりましょう」
マキナに言われて即座にバルが立ち上がろうとしたが、その前にヲ・リダが背中に生えたての一つを伸ばしてその掌についている口を動かし始めた。
すると馬車を引いている馬たちがまるで人に操られているかのように動き始めたではないか。
(魔物を操る技術を応用してるのかな……敵だった頃は厄介だったけど、こうしてみると便利なものだ……)
おかげでこの馬車だけでなく予備として用意してあったと思わしきもう一台の馬車も並んで動きだしてくれる。
これならば皆が話し合いに参加したままで済みそうだ。
「どの程度の速度で進みましょうか?」
「……今の速度を保ってくれればそれでいい……余り早すぎても問題だからな……」
「じ、時間がないのに早すぎても問題って……どーいうことぉ?」
ヲ・リダからの問いかけにマキナはとても複雑そうな顔をしながらも、まるで教え子に語りかけるかのような口調で返事をする。
しかし俺たちはその態度よりも、返答の方に疑問を抱いてしまいアイダが代表するかのように首を傾げながら口を開いた。
(元弟子の記憶がある相手だもんなぁ……そりゃあ複雑な心境だろうけど、今は気に掛けている場合じゃないし本人もそれは望まないだろう……それよりも早すぎても問題ってのはどういうことだ?)
「ああ、その辺りも後々説明させてもらうがその為にも今回の目的を定めなければ……尤も簡単な話だ、我々が防がなければならないのは自らの安全と居場所を守り抜くこと……そしてそれは同時に世界全体の危機そのものを防ぐことに繋がるが、つまりは悪意とドラゴンの力を兼ね備えし者の討伐である」
「……簡単じゃない……良く分からない……もっとわかりやすく言う」
マキナの言い方にマナが呆れたように呟くが、俺には何となくその真意がわかる気がした。
「それは要するに……ドラゴンの力を持ちながらも話し合いで解決できない相手はどうにかしなければということでしょうか?」
「うむ、その通りだレイド殿……」
「……?」
言いながら俺もマキナも……そしてこの場に居る皆がドラコへと視線を集中させる。
(これから向かう先に居るのはドラコの父親と三つ首の化け物、そして何か……他にも魔獣が残っているかもしれないがそれはもはや俺たちの脅威にはなり得ない……だから最悪は放置してもいいってことか?)
尤も俺は三つ首の化け物と共に転移したル・リダの安否だけは確認しなければと思う。
生きていてくれれば文句はないが、もしもの際は遺体だけでも回収して埋葬してあげたい。
「そ、そうだよね……別にドラコのお父さんとは戦う必要ないもんね……それにドラコの様子からして向こうも言葉を理解しててもおかしくないし……」
『私としても恩人の父親を害するような真似はしたくないから、上手く話し合いになればいうことはないのだが』
「それと残りの二体もだ……尤も三つ首の化け物のほうはレイド殿達の話からして話し合いが通じるとは思えないから退治しなければならないだろうが……」
「そーですよぉっ!! ドラコちゃんの言うもう一体の何かが理性的で話の通じる存在ならやはり争う必要はありませんものねぇっ!! むしろわかり合えれば私たちに協力してくれる可能性も零じゃないですよぉきっとっ!!」
何処か希望に満ちた言い方をするエメラの発言にヲ・リダとファリス王国に居た俺たちを除く人達が頷いて見せる。
彼らはあの三つ首の化け物の暴れっぷりを直接は知らないから……逆に知っている俺たちはそんな前向きな発言に気安く首を縦に振ることはできなかった。
(仮にあの化け物一体だけが相手だとしても非常に辛い戦いになるだろうし……多混竜やあの化け物のドラゴンに関連する存在以外のあらゆる生命体に問答無用で攻撃を仕掛けてきた容赦のなさからしても、残りの二体もまた説得の利く相手には思えないんだよなぁ……)
或いは片言とは言え話せるようになったドラコが間に入ってくれれば対話に持ち込めるのではと思っているのかもしれない。
しかしあの三つ首の化け物や多混竜はドラコ自体を直接害そうとはしなかったが、俺たちを見つけた途端に傍にいるドラコをも巻き込む勢いで攻撃を仕掛けてていた。
そう考えるとやはり他の二体も、俺たちを前にしたらドラコの存在も無視して攻撃しかねないとすら思ってしまう。
(大体、ドラコが向こうにいる存在を探知できているということは向こうもまたこっちを探知できていないとおかしい……なのにあの場所から動かず迎えにこようともしないのは、もう同族を探すことに拘らなくなっているからじゃないのか?)
果たしてドラコの父親にどれほど元の意志が残っているのかはわからないが、迎えに来ないところを見ると余り親子の情にそこまで期待しないほうがいいような気さえしてしまう。
「そう、話し合いで済むのならばそれに越したことはない……彼の者達も魔獣事件の犠牲者と行って良い存在なのだから……無論、だからと言って悪意を持って暴れまわることが許容されるわけでも無い……何よりも彼らの持つ力は人の世を単独で覆し得るほどの強力なのだ……故に話し合いに失敗し我らに敵意を向けるようであれば之は討伐しなければならない」
「確かになぁ……アリシアですら苦戦するレベルのヤベェ能力の持ち主が人類に悪意を抱いているとなったら放っておけないわなぁ……」
「あたしら自身の身の安全どころか、下手したら済む場所も何も全て壊されちまうもんなぁ……おまけに多分空も飛べるんだろ? 居場所が特定できてる今のうちに逃がさず叩くしかねぇもんなぁ……」
トルテとミーアが少し呆れたように呟いたが、実際にあれほどの強さを持った生き物が縦横無尽にあちこちを飛び回りながら暴れだしたらもはや手が付けられない。
ましてマキナが危惧したように自らの強化を求めてドラゴンを吸収し始めたら、もうどんな存在でも止めることは不可能になってしまう。
だからこそ、やはり今すぐにでも彼らの元へ行きその思惑を確認した上で対処しなければならないのだ。
「そしてもう一つ、忘れてはならないのが魔獣の本部にあるという素材の培養器を含めた魔獣合成のための設備の完全破棄……之を為しておけば仮に逃げ落ちた魔獣が再起しようにも一気に数を増やすことは不可能になる……誰のためにも、もう二度とこのような愚行を繰り返させてはならない……」
「……っ」
マキナの言葉にヲ・リダが苦しそうに唇をかみしめながら俯くが、その顔には後悔の色がありありと浮かんで見えた。
(ああ、そうだった……ドラゴンの脅威が恐ろしすぎて忘れがちだけど俺たちは魔獣事件の解決のために動いていたんだ……)
今の俺たちなら何とでもなるから見落としがちだが、魔獣は決して弱い存在ではない。
そして規模が膨れ上がれば今回のような世界規模で危機感を抱かせるほどの悪事をこなせてしまう。
だからこそもう二度とこんな真似をさせないためにも、その根幹となり得る物は全て潰しておく必要がある。
(転移魔法がある限り幾らでも魔獣は増える……だけど遺体やら素材やらを増やせる装置を含めて魔獣製造専用の施設そのものを壊してしまえば秘密裏に数を増やして行動することはできなくなる……表立って暴れる分には幾らでも対処できるからこそ、それはやっておかないとな……ただ三つ首の化け物たちと戦いながら成すのはまた難しそうだけれど……)
もしくは戦闘に巻き込む形を取り、攻撃の余波でもってまとめて吹き飛ばすのが一番かもしれない。
尤もその辺りのことは現場を見なければ何とも言えないが、それでも頭の片隅には残しておこうと思う。
「むむぅ……つまり簡単に言うと……私たちはドラゴンの力を持つ三体の存在と会談して意思を確認……そしてわからずやは倒す……その上で魔獣製造の設備の破棄……これをやりきるのが目的ってこと?」
「その通りだマナ殿……ただし、優先順位としては我々が生き残ることを第一とする……仮に一つでもやり残した状態でこちらが全滅しては何の意味もない……むしろ情報が途絶えて余計に厄介なことになりかねない……とにかく各々方が危険だと判断した時点で逃げ出して構わない」
「い、いいんですかそれで?」
危なくなったら逃げろというマキナに思わず尋ね返してしまうが、彼女は当然だとばかりに深く首を縦に振ってみせた。
「ああ……元よりこれは世界全体の危機であって、世界中が団結して解決に当たらねばならぬ問題なのだ……それを我々だけで無理に解決しなければならない道理もないし、責任を負う必要もない……速さが勝負だから少数人数で動いているが、無理だと判断すればその時点で逃げ帰り改めて他の者達の助力を受けて立ち向かえばいいのだ」
「そ、それは……」
既にこの場で全てのケリをつける気で居たために俺はどこか拍子抜けしてしまう。
しかし考えてみれば、今まで俺があってきた人達はみんな同じようなことを言っていたことを思い出す。
マスターやフローラ、それにアンリやランド……ガルフはともかくとしてアリシアの父親もそうだ。
(皆世界の危機だからって協力して送り出してくれて……だけど別に死んでこいとか絶対に俺たちだけでやりきれなんて言ってないもんな……むしろランド様なんか実際に支援もしてくれてたじゃないか……俺たちだけで無理して踏ん張る必要はないのか……)
ずっと当事者で最前線にいたから俺がこの場で解決しなければと、どうやら気負い過ぎていた節があったようだ。
「尤も他の者達も言っていたように、この場を逃せば大変なことになるのは事実だが……それでも我々が死ぬまで戦い全滅しては、それこそ情報が滞り世界中が余計に混乱に陥り大変な事となるであろう……むしろ我々は斥候ぐらいの気持ちで現場の把握に全力を注ぎつつ出来ることをこなせばそれで良いと思う」
「考えてみれば世界中の国々はドラゴン関係の話をほとんど知らねぇはずだしなぁ……下手したら未だに魔獣が一番の脅威だと考えてるかもしれねぇし……」
「十中八九そうだろうなぁ……転移魔法陣から飛び出してきても居るし……こんな状態であたしらが全滅してドラゴン関係の情報を誰にも伝えられなくなったら……そのほうがヤベェな……」
「一応ルルク王国のランド様には伝えてありますし、失敗作が暴れていたファリス王国も多少はわかっていると思いますが……それでも俺たちが全滅したら後手に回ることは確実ですね……そしてその場合恐らく……」
幾らランドが賢いとはいえ単独で動き回るには限度があるだろう。
ファリス王国ははっきり言ってトップがあの様では役に立たないだろうし、そんな状態ではドラゴン関係への対策が遅くなるのは明白だった。
その間、俺たちを全滅させるほどの悪意を秘めた存在が自由に暴れまわったとしたらそれこそ取り返しのつかない事態に陥りそうだ。
(そっか……無理してこの場で勝利を収めるより、全滅して情報が途絶えるほうがずっと危険なのか……それより現場を確認して無理なら無理で逃げ帰った上で相談して対策したほうがまだマシってことか……)
もちろん今回俺たちが全てを解決するのが最善ではあるが、それでも無理して全滅するまで戦う必要はないのだと悟り……少しだけ安堵してしまう。
正直未だにあの三つ首の化け物を倒す方法が思い浮かんでいないから、逃げても良いというだけで何やら救われたような気持ちになるのだ。
(剣を持ったアリシアに戦ってもらって俺たちがフォローする……としか考えつかなかったもんなぁ……しかもそれすらも上手く行くかどうか……上手く言っても通じるかどうかすらわからない博打みたいなもんだからなぁ……はぁぁ……)
「そう言うことだ……だから皆、あまり必要以上に気負う必要はないぞ……自己判断で構わないから無理だと思った時点で後方へ逃げて頂きたい……逃走先は魔獣の寄り付かないであろうファリス王国が良かろう……レイド殿達の話からして多少事情も分かっているであろうからな……」
「ええ……その際は出来ればルルク王国へも伝令を出してくれると助かります……現在国を治めているランド様はとても聡明ですのできっと良い知恵と力を貸してくださるでしょうから……」
「その指輪とマジックポーションを用意してくれたのもランド様なんでしょ? ほんとーに凄いよねぇ」
「うん、凄いと思う……錬金術師連盟も……言いたくないけど魔術師協会も結構ケチで秘密主義だから……それらの道具を金銭と引き換えとは言え出させたのは大したもの……」
「全くだ……そしてその賢さならばもう一つ期待できそうではあるが……」
そこでマキナが呟いた言葉を聞いて、マナも何か心当たりがあるのか軽く頷いて見せた。
「確かに……だけど多分まだ混乱してる……だから来るとしてももう少し後……」
「な、何の話でしょうか?」
「いや、ただの推測であるしどうなるかわからないのに期待させても悪い……だから気にしないでいいとも……」
「そ、そんなこと言われても気になっちゃうんだけどぉ……アリシアわかる?」
妙にぼかす二人にアイダが不満そうにしながらアリシアに問いかけると、少し悩んだ後で軽く頷いたかと思うとメモ帳に何かを書いてアイダにだけ見えるように差し出した。
「え、えっと何々ぃ……多分だけど……あっ!? そ、そっかぁっ!! そうだよねぇ……そっちの人達なら……」
「あ、アイダ……な、なんて書いてあったの?」
『ただの推測だから レイドに見せるほどの考えではない』
「だって……だからゴメンねレイド……このことは僕とアリシアだけの秘密ってことで……えへへ、二人だけの秘密また増えちゃったねぇ~」
『確かに このままもっと増やしていきたいものだな この事件が終わってからも』
「ちょ、ちょっと二人ともっ!?」
何故か俺を置き去りに互いを見つめ合って微笑み合うアイダとアリシアを見て疎外感と……ちょっとだけ焦燥感を覚えてしまう。
(な、何かこの二人どんどん仲良くなってるような……俺を置いて二人で行動することも増えてきたし……うぅ……は、早いところ気持ちをはっきりさせないと俺が置いて行かれかねないぞこれ……)
「ほらそこ、惚気ている場合ではないだろう……話を進めさせてくれ……」
「の、惚気とかでは……というかマキナ殿とマナさんが話してくれないから……」
「ただの推測だし都合のいい想像に過ぎない……下手に期待するとそのほうが判断ミスに繋がる……だから言わないだけ……」
「うぅん……記者としては物凄く気になりますし突っ込みたいのですがぁ……マキナたんとマナたんがそんなにキュートでプリティな顔で真剣に呟いている様子が可愛くて魅力的だからどーでもいいでぇえええすっ!! 早くこの縄を解いてチュッチュさせて下さぁあああいっ!!」
「……ほどく?」
馬車に積まれながら未だにロープで拘束されているエメラがその場で跳ね始めるが、そんな不思議な動きをする彼女を見てドラコは小首を傾げながら手を伸ばした。
「はぁああ……ハグっ!? くぅうう……うぐっ!? そ、その拙い手付きで一生懸命ほどこうとする姿は芸術……はぐぅっ!?」
「……?」
しかしほどき方がわからないのか余計にきつくなる一方のようで、その幼稚な手付きをまじかで眺めながらも締め上げられるエメラは恍惚とした表情で苦しそうな声を洩らし続けた。
「はぁ……だから時間がねぇんだっての……頼むから脱線させるなよ……」
「これだからエルフは……はぁ……もう良いからマキナ、続き聞かせて……」
「そうだな……尤も目的については皆理解してくれたと思う……だからここからは作戦、と言うよりも実際にどう動くかについて話させてもらうよ」
呆れたように悶え続けるエメラを見つめたかと思うと、マキナは軽く咳払いしてから改めて今後の方針について語り始めた。
「まず我々はこのまま馬車で魔獣の本拠地を目指し続けながら、数名だけもう一つの馬車へと乗り移りそこに魔獣の本拠地と繋がる例の転移魔法陣を展開しようと思う」
「そ、それはつまり……その転移魔法陣で一気に乗り込もうというのですか?」
「それなら別にこのまま進む必要ねぇんじゃねぇか? 何でわざわざ馬車で移動しておきながら転移魔法陣まで敷くんだ?」
マキナの言葉に俺たちは疑問を口にするが、彼女はわかっているとばかりに頷きつつ続きを話し始める。
「確かに敵地へと乗り込むだけならばこの場に留まって転移魔法陣を敷いて飛んでも良いし、このまま進むにしても馬車よりもアリシア殿の移動力強化魔法で走り抜けたほうがずっと速い……しかしだ、何度も言うが向こうがどのような反応を示すかまだ分からないのだ……そしてレイド殿の話では向こうもまたドラコ殿の位置を把握しているという」
「……?」
自分の名前を出されたことを理解し始めているのか、ドラコが手を止めてこちらへ顔を向けてきた。
そんなドラコにマキナは微笑みながら頷き返しつつ、口を動かし続ける。
「つまり向こうからすれば現在ドラコ殿が自らの元へ向かって来ていることになる……今は何も反応がないというか動いていないようであるが、もしこのまま距離が縮まった場合何かしらの反応が返ってくる可能性がある」
「それは……まあ確かに無いとは言い切れませんが……」
同じような会話をル・リダともしたことを思い出しつつ頷いて見せる。
「何よりドラコ殿は先ほど呼んでいると言っていた……ひょっとして向こうにいる者達はドラコとすれ違いにならないように待ち構えているのかもしれないが、どちらにしても今現在向こうは近づいてくるドラコを嫌でも意識してしまっていることだろう」
「あ……それは確かに意識はしているでしょうね……多混竜もそうでしたから……」
実際にファリス王国に居た多混竜や三つ首の化け物も戦闘中でなければドラコの居場所を求めて、近くをうろつき回っていた。
それが何をするためかはわからないが、意識していたことだけは間違いがない。
(ん? 戦闘中は動かなかった……そうだ、あの三つ首の化け物はアリシアと戦っている最中だからその場にとどまって戦い続けていて終わったらドラコの場所めがけて移動してきていた……ひょっとして今も三つ首の化け物が動かないのは戦闘中だから……と言うのは考え過ぎだろうか?)
一瞬ル・リダが必死になって逃げ回っているところを想像しそうになり……未だに心のどこかで彼女の生存を諦めきれていない自分に気が付く。
(あの実力差で生き残れているわけがないんだけど……それでも生きていて欲しい……まだお礼も言えてないし、恩返しだって……ドラコだってきっと喜ぶから……)
「だからこそあえてこの速度で移動し続けているのだ……空も飛べてアリシア殿と同等の速度で動けるという向こうからすれば遅々たる速度で……これで向こうが反応を示し何かしら行動をとるのならば、その際に三体が共に行動するかどうかで選択肢が増えるというものだ」
「……ドラコを囮に利用しようというのですか?」
その言い方はル・リダが命がけで守り抜こうとした少女を利用しているように聞こえて、ついきつい口調で聞き返してしまう。
そんな俺にマキナは申し訳なさそうにしながらも、軽く首を横に振って見せた。
「そう聞こえたのならば申しわけない……それに結果的にはそう言う形になってしまうかもしれないが、もしもドラコの父上殿が別行動をしてくれれば彼女を危険な戦地まで連れて行かずに済むかもしれない……友好的に引き渡せるチャンスが生まれるかもしれないのだ」
「あ……そ、そうですか……そ、そうですよね……三体が居る場所に連れて行くよりはずっと安全だ……す、済みません早とちりして……」
マキナが語ったのはむしろドラコを気遣うような内容で逆にこちらが申し訳なくなってしまう。
「いや、命の恩人に託された子供なのだから過保護になる気持ちはわかるとも……それに先ほども言ったがもしも他の個体と共だって動いたりした場合はやはり利用する形になってしまうかもしれない……だからやはり謝るべきは私の方だ……出来ることが少ないとはいえドラコまで作戦に巻き込んでしまい済まないと思っている……」
「……?」
難しい内容についてこれないのか、ドラコは自分に向かって頭を下げるマキナをただ不思議そうに小首を傾げながら見つめ続けていた。
「そ、それって……どーいうことなの?」
「うむ……もしも向こうが三体だけで動いた場合はあえて彼女を乗せたまま馬車を下がらせてついてくるか確認して……それでもついてくるようならば転移魔法陣を利用して移動を繰り返して時間を稼がせてもらうつもりだ……」
「っ!?」
そのやり方はまるで魔獣が成体のドラゴンを誘き出した時のようで、少しだけ嫌な気持ちが湧き上がってくる。
しかし先ほどのマキナの言い方からして、彼女がドラコを道具のように思っているわけではないと理解しているからこそ何とか気持ちを抑えることができた。
「もちろんその途中で向こうの動きに変化が出て……それこそドラコの父上殿が単独行動するようであればその時点で接触を図るつもりだが……とにかくこの場合は引き回した上で、魔獣の本部に繋がる転移魔法陣を使い少数精鋭でもって向こうに乗り込み魔獣の設備を破壊して回る……逆に向こうが三体共動きを見せなかった場合もこのまま進むことで近づいてくるドラコに意識を取らせている隙にやはり少数精鋭を送り込むつもりだ」
「なっ!? そ、それは余りにも危険すぎるのではっ!?」
マキナの提案に今まで黙って聞いていたドーガ帝国の冒険者達が驚きを露わに叫び声をあげた。
「戦力で考えるのならば少数精鋭とはいえ、三体が揃っている場所に飛んでいくのは危険極まりない……しかし考え方を変えてみてくれ……向こうが居場所を探知できるのはこのドラコ殿だけなのだ……そして近づいてくるドラコ殿に彼らの意識は引きつけられている……その隙を利用すればバレずに乗り込むことは可能なのではないかと思うのだ」
「で、ですが飛んだ先に彼らが居たら……いや、そうか……転移魔法陣を起動した時点でその周囲の情報はわかるから……」
俺も反対しようとして、しかしすぐに比較的安全なのだと理解してしまう。
(そうだ……ファリス王国と同じで見つかりさえしなければ向こうはドラコの方に気を取られているはずだ……だからその隙に乗り込んで状況を確認するのは悪手ではない……)
それこそその隙に魔獣製造の設備だけを破壊しても良いし、向こうの様子次第では個別にコンタクトを取ることも可能かもしれない。
何より無理そうだと分かればその時点で転移魔法陣を使って逃げかえればいい……それだけでも向こうがどんな姿形をしていてどんな関係性を築き上げているのかぐらいは確認できるだろう。
(それに即座に乗り込むという意味でもこれ以上の選択は無いような気がする……いや、きっとこれが最善なんだろう……なら……っ!!)
「そういうことだ……尤もそれでも危険極まりない行為なのは重々承知だ……だからこそ自ら志願する者がいなければ却下するつもりだが……どうだろうか、誰かこの役割を引き受けてくれるものはいるだろうか?」
真剣な口調で俺たちを見回しながら呟いたマキナの言葉に、俺たちは一瞬だけ沈黙する。
そして……すぐに全員が手を挙げるのだった。
「そうか……ありがたい……そして済まないな……こんな危険な方法しか提案できなかった愚かな私を許してくれ」
「そんなこと思っていませんよ……それよりもこうなった以上は、マキナ殿が行くべき人を選んでくれ……貴方の意見ならば信頼できますからね」
「……ああ、わかったとも……では乗り込む者だが……」




