集合・対決⑬
「俺の考えは……一言でいうのが難しいから少し長くなると思うけれど、最後まで聞いてほしい……」
皆を見返しながら静かに呟いた俺の言葉に、誰も異を唱えることはなかった。
だからそのまま、俺は今まで様々な魔獣と関わってきた中で培ってきた考えをゆっくりと話し始めた。
「まず俺は……今まで魔獣がしてきたことは許されることでは無いと思う……」
「「「っ!?」」」
「や、やっぱりレイドさんもそう思いますよねっ!! だからこいつは……っ!?」
息を詰まらせ苦しそうに俺を見つめたトルテ達に対してどこか嬉しそうに何度も頷くドーガ帝国の冒険者たち。
しかし俺はそのどちらにも首を横に振って見せて、更に言葉を続けた。
「待ってくれ……最後まで聞いてくれと言っただろ? あくまでも俺が許せないのは魔獣事件に関連して魔獣が起こした悪事についてだ……そして同時に彼らがこうなった原因を作ったドーガ帝国の仕打ちも忘れてはいけないし……やっぱり許されてはいけないと思う……」
「そ、それは……けどそれに俺たちは関わってないっ!! 上の奴らが勝手に……っ」
それを聞いたドーガ帝国の冒険者達は気まずそうな顔をしながらも、すぐに言い返してくる。
(この様子だと彼らも魔獣がどうやって生み出されたのか知ってるみたいだな……なら話が早い……)
恐らくは俺たちと別れた後にバルさんに聞いたか、或いは皆と行動を共にしているうちに自然と耳に挟んだのかもしれない。
どちらにしても説明の手間が省けたのは幸いだ……このまま話を続けることにする。
「そうだろうね……だけれど同じ国で暮らしていた貴方達もその愚行によって生まれた恩恵は受けていたはずだ……この国のギルドで働く人たちに支払われる報酬は高かった……そうだろう?」
「っ!?」
前に冒険者ギルドのマスター達から、この国の話を聞いていた際に教えてもらったことだ。
金払いが良いからこそ人が集まり……だから腕のいい冒険者もこの国に集まっていると。
「だけどその金払いの良さは……つまるところ魔獣達とその前身である貧民街の人達を不当に弾圧して得た富によるものだ……もちろん、そんなことを知らずに仕事を請け負っていただけの貴方達に責任があるとは言わないが……」
「じゃ、じゃあ……結局レイドさんは何が言いたいんだよ……?」
そこで一旦言葉を切った俺に、冒険者達は困惑した様子で先を促してくる。
「要するにだ……どちらの所業も許されてはいけないことだけれど、そうするに至る理由はあった……その事情や背景を考えに入れずにそこに属する全ての存在を一括で処罰するのはどうかと思う……」
そう言いながら俺は軽く目を閉じて、今まで出会ってきた魔獣達を思い返す
「……俺は『魔獣殺し』なんて言われるほどにはこれまで何体もの魔獣を倒してきた……その中には命乞いをする奴や共闘を申し出る奴も居たけれど、自らの所業を反省した様子は全くなかった……だから容赦なく切り捨てたられた……だけど逆に、仲間として共に行動していた魔獣も居る……魔獣達の所業を認められず反旗を翻して……俺を含む何人もの人を文字通り命がけで守ってくれた立派な方だった……」
「れ、レイド……」
ル・リダを思い返している俺はどんな顔をしていたのか、心配そうに名前を洩らすアイダの声が聞こえてくる。
目を開けてみればアリシアもまた、心配そうにこちらを見つめている。
そんな二人を安心させようと軽く頷きかけながら語り続ける。
「もう一度言うけど魔獣達の行ってきた所業は許されないことだ……そして実際に被害を受けた貴方達がそれを先導する立場にあったこのヲ・リダへ向ける感情もわかる……だからはっきり言ってこの国の住人ではない俺では貴方達の決定に口出しする権利はないと思う……」
「あ……で、でもレイドさんはこの国を守ってくれた人だから……何より魔獣事件の解決でずっと関わってきた貴方の言葉なら……」
俺の言葉を聞いたバルさんはそれでも俺の意思を尊重するとばかりのことを言ってくれて、周りの冒険者の人達も渋い顔はしつつも頷いて見せた。
「ありがとうバルさん、他の皆さんも……だけど本当にこの国の被害を受けた人たちの想いは俺が勝手に代弁するわけにはいかないし、その受けた所業への罰を俺が決めるような真似は出来ないよ……」
「れ、レイド……じゃあお前はやっぱりリダ……いやヲ・リダの処刑に賛成なのか?」
苦しそうに俺を見つめて訪ねてくるトルテ……そして同じような視線を向けつつも何も言わないミーアとマキナ。
だけど彼らの視線に俺の決定を責めるような意図は感じられなかった。
何だかんだでヲ・リダを庇っていた彼らも心の隅では同じようなことを考えていたのだろう。
そんな彼らにも俺は再度首を横に振って見せながら改めて、俺の考えを口にした。
「それも含めて俺には決める権利はないよ……あくまでもこの場で俺が言えることは……ずっと魔獣に関わり続けてきた一人の人間としての意見だけだ……それを聞いた上で、決定はこの国に住む被害を受けた人たちが決めるべきだと思う……」
「……そのレイドの意見とは何?」
そこでこれまで自らの立ち位置を明らかにしていなかったマナが皆を代表するように問いかけてきた。
「ああ……今まで様々な魔獣と出会ってきて俺が感じたのは……魔獣も同じ人……いや、異種族と言うべき存在なんじゃないかってことだ……だからこそ、それを裁くのならば人と同じく罪の大きさだけじゃなくて本人が自らの行いをどう思っているのか……更生する余地があるかないかも判断基準に置くべきじゃないかと思う……」
「……っ」
俺の言葉を聞いてこの国の人達は軽く息を飲んで、ヲ・リダへと視線を向けた。
今まではずっと視界の片隅に収めながらも決してまっすぐ見ようとはしていなかったのだ……裁くべき対象を。
そこでヲ・リダもまた何か思うところがあるのか、俯いていた顔を上げて俺を見つめたかと思うと自らへ視線を向けてきたこの国の人達を一人一人見つめ返した。
その両者の間に立ちながら、俺は静かに言葉を続けた。
「俺たち人間も間違えることはある……結果的に取り返しのつかない悪事を行ってしまうことだって……だけどもしも本人がやり直したいと……罪を償いたいと心の底から思っているのならば、その機会は与えてあげたい……例えそれがどんな罪であったとしてもだ……」
「っ!!?」
「……っ」
果たして何を思い返したのか、途端にこの国の人達もヲ・リダも衝撃を受けたように顔を歪める。
(結局この魔獣事件は最初から……復讐の連鎖でしかなかった……やられたからやり返して……そして今、またやり返そうとしている……どこかで断ち切らないと無限に続いていくのかもしれない……止めたいけれど、だけどやっぱり俺にはその資格はない……あくまでそれを決める権利があるのは……)
「尤も……ここまで言っておいてなんだけれどこれは当事者の感情を無視した綺麗事でしかない……何より自分の大切な国や人を傷つけた魔獣を始末し続けてきた俺が言えたことでもないんだ……だからこそこの国で暮らしてきて実際に被害を受けた皆さんの意志を否定することはできませんよ……ですからヲ・リダの処罰は貴方達に委ねます……どうか悔いのない判断を……」
そこまで言って頭を下げた俺はヲ・リダとこの国の人達との間から一歩下がり道を開けた。
「れ、レイドさん……」
「れ、レイド……」
「済みませんが皆さん……俺に言えるのはこれだけです……これ以上何を言う権利も無いんです……諍いを止めるどころか余計な混乱を招いただけかもしれませんが……」
そこへ話しかけてきたバルとトルテに、俺はもう一度頭を下げる。
しかし彼らは……更に後から近づいてきたミーアとマキナも俺を責めることはしなかった。
「いや、レイドがあやまることはねぇよ……あたしらはあんたに任せたんだ……そのレイドがああ言ったなら従うさ……」
「その通りだな……レイド殿、済まなかった……全ては私の責任だとい……あうっ!?」
「いい加減にするマキナ……貴方は何も悪くない……全く、頭がいいのに馬鹿なんだから……」
未だに何もかもを自分のせいだと言おうとするマキナをマナが呆れたように叩いて止める。
そんな俺たちの前でこの国の冒険者達は拘束されているヲ・リダの元へと近づいて行った。
彼らはチラリと俺たちへと視線を投げかけたかと思うと、互いに顔を見合わせて頷き合った。
そしてその中の一人の男が腰に下げた剣に手をかけて更に前へと進みるとヲ・リダへ向かって口を開く。
「おいお前……最後に一つだけ聞いておくがこの国の惨状を……いや自分がやったことをどう思ってるんだっ!?」
「……やっている最中は当然の報いだと思っていましたよ……自分たちが受けた所業への復讐だと……ただ受けた苦しみをやり返しているだけだと……仲間達も同じことを思っていたでしょうね……ですがそれは……それこそ自分がやられたことをやり返しただけ……あれほど止めて欲しいと……止めさせてやると思っていたことを……どうして同じことをしてしまったんでしょうね……他の人まで自分が嫌だと思っていたあんな目に合わせて……本当に私は……私たちは愚かでした……だからやはり、ここでやり返されなければならないのでしょうね……どうぞやってください……」
そう言って抵抗一つしないヲ・リダ。
魔獣の力ならば……ましてそのリーダー格であり魔法が使えるであろう彼ならば幾らでも悪あがきできるはずだというのにだ。
そんなヲ・リダの態度にドーガ帝国の住人でもある冒険者達は怒りを露わに睨みつけたかと思うと……前に立った男が剣を引き抜き振り下ろした。
果たして俺に近しい技量の持ち主であるその男の一撃は、寸分たがわず狙い通り彼の身体……を拘束する縄を切り裂いた。
「畜生っ!! そうだよその通りだよっ!! お前がやったことは許せないし今すぐ殺してやりたいぐらい憎いっ!! けどそれはこの国に酷い目に合わされたお前らも同じだったんだろっ!? くそっ!!」
「レイドさんの言う通りだよっ!! 俺たちだって自分の国があんな仕打ちをしていたって知って、せめて元ビター王国に住んでい人達や貧民街の生き残りが居れば謝罪して償いたいって……自分たちの罪を許してほしいって思ってたよっ!!」
「ああそうさっ!! そんな俺たちが感情に任せて殺せるかよっ!! そしたらそれこそ……自分たちの罪も許されないことになるじゃねぇか……っ!!」
悔しそうに叫び、やるせない様子で何度も地面や木々を叩くこの国の人達を解かれて自由になったヲ・リダは呆然と見つめ……すぐに土下座する勢いで頭を下げるのだった。
「申し訳ありません……今後この身をかけて贖罪させていただきます……贖罪のチャンスを頂いたこと、心より感謝を……」
「うるせぇっ!! そんな口先で言われても腹が立つだけだっ!! 本気でこき使ってやるから覚悟し……」
「あぁあああああああっ!! 待って待って待ってぇええええっ!! どこへ行くの私のプリティベイビィちゃぁああああんっ!!?」
「「「っ!!?」」」
「うおっ!?」
ようやく話がまとまりかけたところへ、物凄く聞き慣れた叫び声が聞こえたかと思うと何故か俺の背中に体重がのしかかってきた。
慌てて首を曲げて背中を確認した俺は異様に衣服が乱れて、あちこち涎か何かでベトベトになっているドラコがくっついているのだった。
「ど、ドラコっ!? ど、どうしたのっ!? え、エメラさんあんた何したんですかぁっ!?」
「な、何もしてないでぇえええすっ!! ただ抱っこしてチュッチュして匂いを嗅いでハグハグして、もっと密着したくて服を脱がせてついでにトイレも行かないでいいようにオムツ代わりになりそうな布を巻きつけようとしただけなのでぇええすっ!!」
「め、滅茶苦茶やってるじゃないですかぁああっ!? 何してんすかあんたはぁっ!? ご、ごめんよドラコ……怖かったのかい?」
さらっととんでもないことをほざくエメラに怒鳴りつけながら、慌ててドラコの衣服を整えて身体をふき取っていく。
(お、俺の馬鹿っ!! ル・リダさんから託されたドラコをあんな危険人物の傍に置いておくなんてっ!? ああごめんよドラコ、今綺麗にしてあげ……っ!?)
「れ、レイド殿っ!? その者は一体……先ほど話に出た協力者の魔獣であるのかっ!?」
「……いや、その子は私たちが魔界から攫ってきたドラゴンの幼体だ……成体のドラゴンの素材を回収する最中に姿を消していたが……」
「ど、ドラゴンの幼体っ!? だけどこの見た目は……どういうことなんだレイドっ!?」
ドラコを初めて見た皆が驚きの声を上げ、ヲ・リダの言葉から正体を知り更に困惑して俺に尋ねてくる。
しかし俺はドラコが俺の手を取って引っ張ろうとする仕草をしていることに気が付いてそちらに気を取られてしまう。
「ま、待ってください皆さんっ!! どうしたのドラコ?」
「……あっち」
「っ!!?」
そうして訊ねた俺にドラコはほんの僅かだけその瞳に意志の光をともしたかと思うと、すっと腕を持ち上げて……初めて声を出した。
(ど、ドラコがこんな反応を示すなんて……あっちはたしか元ビター王国の……魔獣の本拠地のある場所っ!? 何だっ!? 何が起きているっ!?)
「……あっち……待ってる……呼んでる……」
「ど、ドラコっ!? 言葉がわかるのかっ!? 誰が……誰が呼んでいるんだいっ!?」
「……三つ首の変な奴……お父さん……それと、何か……」
「っ!!?」




