集合・対決⑧
王宮内に用意された一室で、アリシアとアイダを寝かしつけつつドラコの前に食事を用意する。
尤も国内は多混竜と魔獣によりボロボロな状態のためか、そこまで豪勢な食事ものではなかったがドラコは気にした様子もなくゆっくりと手を伸ばして食べ始めた。
(やっぱりお腹減ってたんだな……とにかく食事を自分で取ってくれるのはありがたい……ル・リダさんが居る時はいつも彼女が過保護に……ル・リダさん……止めよう彼女のことを考えるのは……)
守れなかった仲間のことを思うと落ち込みそうになるが、いつまでも囚われていては他の仲間達にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。
そう思い気分を入れ替えようと、その仲間達から送られてきたという手紙を改めて確認する。
(……うん、確かにみんなの文字だ……魔獣が化けているにしてもこれだけの人の筆跡を完璧に真似るのは難しいだろうから疑う理由はないよな……転移魔法陣の管理人が持ってきたって言ってたけど……)
あの時は侵入をばれないようにしようと目立った行動をしないように決めていたために、転移魔法陣を壊すような真似をしていなかったことを思い出す。
同時に出会った管理人が魔獣ではなく人間だったことも……そう考えるとやはりこの手紙は本物だと思ったほうが良さそうだ。
(だけど一体、どういう内容なんだろうか……二人が起きてから読もうかとも思ったけど……)
「うぅん……トルテぇ……ミーアもぉ……レイドを虐めちゃ……すぴぃ……」
「……ぅ……すぅ……レ……ド……はぁ……くぅ……」
ずっと眠り続けている二人は寝顔こそ少しずつ落ち着いてきたが、未だに俺の名前を呼びながら目を閉ざし続けている。
この調子では朝まで眠り続けるかもしれない。
(明日は朝一番でみんなの居るドーガ帝国へ向かうつもりだからなぁ……二人が目を覚ますのを待ってこれを読んでそれから準備して……なんてしたら出るのが遅れそうだ……)
他にも説明することはたくさんある……チラリとドラコと、彼女が片手で保持し続けているル・リダの残したメモ帳を見てため息をつく。
ドラコとル・リダを紹介するのは出来れば一度で済ませたい……それこそ皆と合流してからが理想的だ。
(やっぱりこの手紙は先に読んでおこう……ひょっとしたら持ってきて欲しいものとか準備してほしいことがあるかもしれないし……その上で二人に伝えるべきことは俺の口から簡潔に伝えたほうが時間の短縮になるかな?)
「……?」
「ドラコ……もうお腹いっぱいなのかい?」
そこまで考えたところで、ドラコが俺の元に来て軽く服を引っ張ってきた。
ここに来るまでの間、何度も話しかけていたからか少しはこうして反応してくれるようになったのだ。
「……」
「そうか……じゃあ、こっちにベッドがあるから今日はゆっくりお休み……明日も色々と大変だから……」
「……?」
不思議そうに小首をかしげながらも、ドラコはやはり明後日の方向を見続けたまま用意されたベッドへと横になった。
そんな彼女に毛布を掛けてあげながら、ル・リダがしていたように優しく頭を撫でて寝かしつけてあげる。
その上で改めて一人近くの椅子に腰を下ろすと、ドラコが残した食事を軽く摘みながら手紙を開封して中を読み始めた。
『どうかレイド様にこの手紙が届くと信じて書かせていただきます こちらは無事に皆様と合流出来ました しかし申し訳ありませんが前に依頼された白馬新聞から世界中の転移魔法陣のある場所へ勧告を出す件は不可能になってしまいました』
早速目に飛び込んできたのは思っていた通りの朗報と、想像もしていなかった謝罪文であった。
(やっぱりみんなと無事に合流できたのかぁ……それだけでも安心したけど……そう言えばルルク王国を出る際に、そんなお願いをしておいたっけ……こっちに来てから数日だけど色々と激しすぎて完全に忘れてたな……)
魔獣にこれ以上転移魔法陣を利用されて社会を掻き回されないために、全ての国に転移魔法陣の破棄か使用禁止を求める忠告と勧告を出すようお願いしておいたことを思い出す。
しかしあれほど自信満々にやってのけると言っていただけに、この急な報告に少しだけ驚いてしまう。
尤も一記者でしかないエメラでは白馬新聞社ほどの大企業をを動かすのが難しかったのだろうと納得もしかけていたのだが、次に綴られた文を読んでひっくり返りそうなほどの衝撃を受けた。
『既に白馬新聞社とは連絡が付かない状態になっております 尤もこれは後に魔獣の仕業でこそありますが向こうが狙って行った事ではないと分かりました どうやら事態は我々の想定を超えるほど恐ろしい事態に陥りつつあるようです』
(は、白馬新聞社と連絡が付かないっ!? し、しかも魔獣の仕業だけど狙ってやったわけじゃないってどういうことだっ!?)
半ば混乱しつつ、俺は食い入るように手紙を読み進めていく。
『実はあの後、私は皆の後を追いかけてドーガ帝国の首都へと向かいました その道中でも色々とございましたがとにかくトルテ様やミーア様、それにマナ様と合流できたのです そして皆で首都を目指し王宮跡地の地下にある研究室で何事か調べているマキナ殿とも合流を果たしました その際にも色々とございましたが、正気に戻られたマキナ殿は魔獣の制作方法には倫理観を差し置いてなお重大な欠点があるというのです』
(マキナ殿は正気を取り戻しているのか……それは物凄く頼りになりそうだけど、魔獣に関する欠陥てのはなんだ?)
あの場所で俺たちは日記だけしか調べなかったが、恐らく知識のあるマキナは本棚や設備なども調べて回ったのだろう。
そして俺たちは元より、あの日記を記した研究者すら気づいていなかったその欠点とやらに気が付いたようだ。
『蟲毒の儀式というものをご存じでしょうか? 簡単に言うと毒のある魔物を一カ所に集めて競い合わせることで究極の毒物を精製する方法でございます そしてこの合成方法は疑似的にそれをなぞる形となってしまい、同じ特徴を持つものがくっつくと強化されていくというのです』
そこに記されていた情報自体は他のル・リダから聞いた話と同じ様な内容であった。
(そうだよ……だからこそ魔獣は余計に厄介なんだけど……だけど欠陥と言うか、向こうからすれば利点なんじゃ……)
そう思うからこそその表現に首をかしげてしまうが、続きを読んで驚愕する。
『マキナ殿の考察では恐らく強化されるのはその生き物にとって生きるために一番重要な能力だろうというのです 魔物ならば特別な能力だろうし知性ある生き物ならば心や記憶、或いは精神力や魔力などだろうと しかしそれらより危惧すべきなのは命そのものの掛け合わせだと言うのです』
(能力の強化より危惧すべきことがあるってどういうことだっ!? 命そのものの掛け合わせって一体っ!?)
『魔獣は生きている者と死んでいる者を掛け合わせることで生み出されることは日記を読んだレイド様もご存じのはずです そして生きている者同士を合成すると例外なく死ぬことも』
確かに日記の内容を思い返せばそんなことが書かれていた……と思ったところでとある疑問が得体のしれない恐怖と共に湧き上がってくる。
(そ、そうだよっ!! 確かにそう書いてあった……だ、だけどちょっと待てよっ!? じゃああの三つ首の化け物はどういうことなんだっ!?)
多混竜が三体分合成された個体だと当然のように思い込んでいたが、考えてみればそれは多混竜を処理できない苦肉の策だったはずだ。
しかしあの日記に書かれていることが事実ならば、生きている多混竜に別の生きている魔物辺りを混ぜてやれば殺せるはずではないか。
もっと言えば生きている多混竜同士を混ぜ合わせてもだ……なのにあの化け物は平然と動き回っていたではないか。
(い、いや考えてみれば多混竜自体も変だっ!? ただでさえ強いのにどうしてあんなに色んな魔物が合成された跡があるんだっ!?)
最初に魔物との合成が成功した時点ではドラゴンとそいつが混じっただけの存在だったはずだ……そしてその時点から暴れ出しているであろう失敗作に新しい魔物を合成して強化しても余計に厄介な事態になるだけだ。
つまりあそこまで色んな魔物を合成してあることは別の何かを目論んで……そこまで思ったところで改めてリダ達の言葉を思い出す。
(どいつもこいつも……どんなことをしても処分できなかったって言ってたよな……それはつまり生きている個体を合成しても殺せなかったってことなんじゃないかっ!?)
その結果として多混竜がああいう姿になっていたのだとすれば納得がいく。
しかしそれが何を意味しているのか……恐らくこの先に書かれているであろうマキナが言う欠陥が関わっていることは間違いない。
何やら妙に血の気が引いて心臓が高鳴ってくる中で、俺は恐る恐る続きへと目を向けた。
『しかしマキナ殿は合成された結果として強化された生命力を身体が受け止め切れずに死に至っているというのです 新たな生命体への進化と言うべきかもしれないとも とにかくその急激なまでの変化に従来の合成された程度の身体では例外なく耐えられないのだと ですがその例外なくという言葉も、日記を残した方が実験出来た範囲でと言う話です』
「っ!!?」
思わず息を飲んで日記から目をそらしてしまう。
その文字の意味が痛いほど理解できてしまっているから……実例を見てしまっていたから。
(日記を残した人はドラゴンを素材に実験したことはなかったはずだ……そしてそうだ、あの三つ首の化け物の強さ……単純に多混竜が三体混ざったぐらいの強さとは桁が違う……文字通りの化け物だったじゃないか……)
実際に隙をついてとは言え今の俺もアリシアも一対一ならば多混竜を倒すことは不可能じゃなかった。
しかしあの三つ首の化け物を相手にしたら、もはや傷一つ付けられるどころか守りに徹してなお一方的に嬲られて追い詰められていたではないか。
(そうだよ……ただの三体分程度の強さならアリシアと数日戦い続けた挙句に無詠唱版とは言え俺の攻撃魔法も喰らって……掠り傷は愚か動きすら鈍らないのはおかしすぎる……)
考えれば考えるほどマキナの推測が正しい気がしてきて、だからこそこの先に書かれている文字を読むのに少しだけ心を落ち着かせる必要があった。
何せあの三つ首の化け物はまだ生きている……しかもこれから退治しに行かなければならないのだから、これ以上嫌なことが書かれていたらと思うとどうしても躊躇してしまうのだ。
それでもル・リダの犠牲や、大切な仲間達のことを思えば目をそらすわけにはいかなかった。
『レイド様が教えてくださった魔獣側の計画ではドラゴンを利用するとのことでしたが、あれだけ強力な魔物ならば生命力の強化をも受け止め切れる可能性があるというのです その場合にはただ単に強い力を持つだけではなく、新たな生命体としての変化を遂げる可能性があるというのです 尤もその変化がどう現れるかはわからないそうです それにもしかしたら合成されてすぐではなく時間をかけて徐々に現れてくるかもしれないとのことです』
(なっ!? つ、強さだけじゃないってっ!? だ、だけどあいつの目立った特徴なんか他には……ま、まさか時間を置いたらもっと厄介になる可能性があるのかっ!?)
ただでさえ手に負えなかった化け物が、あれ以上になる可能性を示唆されて俺は今度こそ息が詰まりそうな恐怖を覚えた。
『ですからレイド様に忠告の意味を込めて慌ててこの手紙を送らせていただきました もしもまだ失敗作とやらに挑む前であるのでしたらどうか無理はなさらないでください そしてもしも交戦も済ませて無事に戻って来ておられるのでしたら合流次第詳しい話を聞かせてほしいのです』
(合流次第か……急ぎなら手紙を送ってもいいのだけれど……流石にこの三人を置いてはいけないからな……)
チラリと気持ちよさそうに眠っている女性たちを見つめて、ほんの僅かに気持ちを落ち着ける俺。
しかし同時に彼女たちをあんな危険な化け物の居る場所へ連れていくべきかどうか迷いも生まれてくる。
(尤も実力的に考えてアリシアには付いて来てもらわないと不味いけど……アイダとドラコはこの場所で保護してもらったほうがいいかもしれない……ただでさえあんな化け物なのにあれ以上になるとしたら……そんな場所へ連れて行くのは危険すぎる)
俺ですら自分の身すら守り切れるか分からないのだから、非戦闘員と言うべきアイダやドラコを連れ歩くのは無謀過ぎる。
尤もその辺りのことは彼女たちが目を覚ましてから相談すべきだとも思い、いったん置いておくことにした。
『話を戻しますがそこまでのマキナ殿の考察を聞いたところで私たちは今後どうするべきかの方針を迷ってしまいました ドラゴンとの合成体を作らせないために一刻も早く魔獣の本拠地へ乗り込むべきだという意見と、失敗作の脅威を思えば一度レイド様の元へ向かい全員で立ち向かうべきだという意見 どちらにすべきか話し合いながらも、とにかく移動手段を確保しようと馬車に転移魔法陣を敷いていたところでヲ・リダというものがその転移魔法陣を利用して飛んできたのです』
「っ!!?」
そこで彼らが魔獣の幹部と出会いを果たしていたと知り、驚きと不安を抱いてしまう。
あの強さを思えばマナ一人で戦いになるのか心配だったのだが、こうして手紙が来ている以上は何とかなったのだろう。
そう自分に言い聞かせながら、更に続きを読み進める。
『その者はこの場所に転移魔法陣があることに驚きながらも、私たちを見回したかと思うとトルテ様とミーア様、それにマキナ殿を見て驚愕に目を見開いて固まりました どうも合成された元の方とお知り合いだったようで、おかげで何とか拘束することに成功し会話も成立したのです そして彼が言うには少し前から本部に残っていた魔獣は必死になってファリス王国以外の転移魔法陣がある場所に避難しているというのです そのせいで白馬新聞の本社にも魔獣が出没したことでパニックに陥り連絡が取れない状態になってしまったのです 恐らくは他の国も同じ状態でしょう』
またしてもその文章を読んで驚かされるが、そこでふと前にリダ達の誰かから本部が混乱状態であると聞いていたことを思い出した。
だから比較的早く正気を取り戻した俺は、それでも何故ファリス王国には飛んでこないのか不思議に思いつつも残りの文章を一気に読み上げて行くのだった。
『その原因は成体のドラゴンだそうで、どうも戦闘中に弱らせる目論見で何体かの幹部級の魔獣が転移魔法で直接合体して息の根を止めようとして逆に取り込まれてしまったそうです そして撤退したと見せかけて擬態狐の能力を使い魔獣に化けて潜伏したかと思うと、何故か片っ端から魔獣を転移魔法で自らの身体に取り込んで行っているというのです ドラゴンの力に複数の魔物の能力、それに知識まで加わってしまったことでもはや手の施しようがなくなってしまったそうです だからこそ本部を放棄して逃げ出したのですが、ドラゴンの脅威を知った彼らは失敗作の居るファリス王国以外の場所に逃げ出したというのです 皮肉にもおかげで魔獣の計画は潰れましたが、果たしてその元ドラゴンだった生命体が次に何をしでかすのかもはや想像もつかない状態になっております ですからもう魔獣に邪魔される心配も少ないと判断してこうして直接手紙を送った次第です どうかレイド様、そちらが片付き次第早い段階での合流をよろしくお願いいたします』
(な、なんだそれは……確かにル・リダさんは捨て身で内側から攻撃を仕掛けたって言ってたけどそう言う意味で……だけどもう滅茶苦茶じゃないか……しかもそこへあの三つ首の化け物とル・リダさんまで飛んで……どうなってしまうんだっ!?)
これから何が起こるのか、もう想像もつかない俺はそれでも気持ちを落ち着かせようとこの場にいる女性たちへと視線を投げかけた。
「くぅ……すぅ……ア……シア……ふふ、ボクも同……」
「ぅ……っ……ア……ィ……ダ……」
「……くぅ……すぅ……」
何やらお互いの名前を呼んで楽しそうに微笑んでいるアリシアとアイダ、そして気が付いたら寝息を立て始めていたドラコ。
(あれだけル・リダさんが探していた親の居場所がこんな形で判明するなんてな……ドラコ……俺は君をそこへ連れていくべきなのか……それとも……)
ドラコを眺めながら、彼女が胸に抱きしめるように握りしめているル・リダが残したメモ帳に残された言葉を思い出す。
(ル・リダさん……こんな状況で貴方ならどうしますか……ドラコをよろしくと言うのは守ってくれってことですか……それとも親元へ帰せるようにすることですか……だけど親のドラゴンがそんな行動をとっているところに連れて行くなんて……それにそこには三つ首の化け物も……はぁ……どうすればいいんだろう?)
悶々と思い悩みながら俺は、食欲も失い眠気も覚めた身体を椅子の背もたれに預けてぼんやりと天井を見つめ続けるのだった。




