フェリス王国編――商業ギルド③
それから二〇分も経たず、バタバタとした足音が聞こえたかと思えば、三人の男性が部屋へ入ってくる。
その内二人は、アリスにも見覚えのある人物だ。
顔の造形が、怖――いつもとは全く違う。
今一言でも余計なことを言えば飛び火すると思ったアリスは、視線を逸らし華麗にスルーした。
怖い顔のまま軽く自己紹介をすませたゼス以外の二人は、五人を立たせソファーに座る。
「フィン、どいつが僕のお姫様を小娘とか言ったのかな?」
「父上、一体何事ですか?」
「ゼス。ご苦労だったな。ハルク、この愚か者どもを処理しろ」
ゼスの言葉遣いは優しい。まるで魔王のような雰囲気を醸し出していたとしても……。
この部屋に入ってきた時から比べると、ハルクの顔色が青い。
あぁ、おじさんも大変だな……。おじいちゃんとお父さんに睨まれてたらそりゃあぁなるよねーと、ゼスに頭を撫でられながら、アリスは他人事のように傍観する。
何故ゼスの上に座らされているのかは考えない。
下手にこの状況に触れれば碌な事にならないと幼い頃からアリスは十分理解している。
「父上、処理しろと言われましても……まずは、状況などを確認させてください」
「……状況でしたら、わたくしがっ」
そう言って話始めようとしたゴルドーを、ジェイクが視線だけで黙らせる。
困惑するハルクは室内を見回し、アリスに眼を止めた。
あ、これ私が説明を求められてる感じかな? でも、身内の証言って証言にならない気がする。
でも、この状況でまともに話せるのって私だけかも。
自分の状況を冷静に分析したアリスは、一つ息を吐くとハルクに事情を話しだした。
「—―と、言う訳でミリアナさんが登録しようとしたナンロールには、ワイバーンの肉とオーク肉の合挽き肉が使われています」
アリスは、一度言葉を切った。こんなに長く話すのは、正直疲れる。
だが、こちらの正当性をきちんと理解して欲しいという気持ちでアリスは、再び話す。
「それから、レッサーコッコの肉についた黄色い粉はカレー粉と言って一グラムでも分量が違えば、味や香りが変わるはずなんです」
まさか、信じられない。
そう言いたげな表情を見せるラーシュやハルクのため、アリスはお試し用のカレー粉が入った三つの瓶を取り出した。
瓶の中身は、全て配合が少しずつ違うカレー粉だ。
今回使ったのは真ん中の瓶で、レッドチリを少なくしてある。
残り二つは、レットチリを多めに入れたもの、カルダモンを追加したもの。
他にも、ローリエやオールスパイスを入れたものなど、試作を沢山つくってあるのでそのうち家族に試食してもらおうとアリスは考えていた。
「辛いので、指で少しだけ取って舐めてみて下さい」
アリスに促されたハルクとラーシュは、それぞれの蓋に指先をつけ舐めていく。
二つ目の瓶を舐めた時点で、その違いが分かったようだ。
二人で顔を見合わせ、頷き合う。
「ここまではっきり違うとは……。アリス、中身に何を使っているか聞いても?」
「ここでは、教えたくないです」
商業ギルドの職員たちを信用できないと言わんばかりに、アリスは本紫の瞳を立たされた彼らに向ける。
肩を竦めたハルクは、彼らの前にカレー粉の蓋を差し出す。
「君たちも舐めてみるといい」
ハルクに促されたゴルドーを始めとした職員たちは、瓶の蓋へ指をつけ舐めていく。
一つ舐めるごとにゴルドーたちの顔色が、悪くなる。
「わかったかな?」
「……」
「詳しい事情はこの後、聞く。覚悟しておけ。シーザー殿、シスターミリアナへ販売許可を。それと一年以内の登録資料を全て持ってきてくれ」
「わかりました。インシェス本部長」
ハルクに一礼して、シーザー――自己紹介の時に、この商業ギルドのギルド長だと言っていた――は素早く部屋を出て行った。
シーザーを見送り、ハルクは家族の方を振り返る。
「父上、それからフィンも、ゼスもだが、その殺気をどうにかしてくれ」
肩を竦めたフィン、ゼス、ジェイクが殺気を散らす。
その途端、息苦しく感じていた重圧がふっ、と軽くなるのをアリスは感じた。
「はぁ、まったく……商業ギルドは信用が第一だと言うのに、なぜこんなことをする馬鹿がいるのか……」
ソファー後ろに棒立ちする五人を見ながらハルクは、愚痴を零す。
忌々し気に副ギルド長の表情が歪む。
それを見たアリスは、懲りてないんだなと呆れた。
シーザーが大量の資料を持ち、戻ってくるとハルクと二人調べ始めた。
「何をしているの?」と問うアリスに、ハルクは資料に目を向けたまま答えてくれる。
「ゴルドーたちが、つい最近同じものが登録された言ったのだろう?」
「うん」
「その証拠を探している。本当であれば、登録商品の中に同じものがあるはずだろう?」
「あぁー。そういう事」
納得したアリスは、白々しく頷いた。
それに顔色を悪くしたのは、副ギルド長だ。
ついさっきまで、ハルクを忌々しそうに睨んでいた副ギルド長は自分の悪事がバレると思ったのか、ガタガタと体を揺らしている。
「ございませんね。バーカス詳しい話を衛士と共に聞かせていただきましょう。あぁ、勿論君たち四人もだよ?」
パラパラと資料をめくっていたシーザーが、顔をあげた。
シーザーは怒りが籠った瞳で、バーカスを睨みつける。
睨まれたバーカスは短く「ひっ」と、悲鳴にも似た声を漏らす。
ゴルドーを含めた四人は、既に諦めているのか頷いていた。
「はぁ、仕方ないな。国の方にはこちらから不正を行ったと連絡を入れておく」
「お手数をおかけします」
頭を下げたシーザーは、扉を開く。
そこには、数人の男性たちが立っていた。
「彼らを別室へ」
頷いた男性たちは、抵抗する様子を見せない五人を縄で拘束すると部屋から連れ出した。
沈黙が落ちる。
疲れた顔のハルクは、シーザーと何事か話しをしていた。
「シスターミリアナ。この度の事まことに申し訳ありませんでした。インシェス家の皆様にも、そして、アダマンテル様にも同じく謝罪いたします」
深々と頭を下げたシーザーは、懐から二枚の紙を取り出す。
紙にサラサラっとサインするとリアナの前に置いた。
「こちらは、屋台営業の許可証です。そして、二枚目はレシピ登録用の用紙です」
「え、あ。はい」
「二枚目の方は、販売される予定のレシピを記入していただき、提出をお願いします。今、書かれますか?」
「はい。書かせていただきます」
ミリアナは、紙を受け取るとレシピを書き始めた。
その様子を眺めたアリスは、事前に話し合って決めていたことを思い出す。
「ハルクおじさん、お疲れ様」
「あぁ、アリス。ありがとう」
可愛い姪の言葉にハルクは、アンジェシカによく似た垂れ眼を優し気に細めた。
「あのね。ハルクおじさんに、お願いがあるの!」
「なんだい?」
「あのね。この登録されるレシピなんだけど、孤児院の人が買う場合は無料にして欲しいの」
「無料に?」
「うん。ミリアナさんとも話し合ったんだけど、どこの孤児院も経営は厳しいでしょう? だから、孤児院の人限定で無料にしようって。ね?」
アリスに話を振られたミリアナは、同意するように頷いた。
「はい。私たちは、幸運にもアリスちゃんに出会う事ができました。ですが、他の孤児院にも同じようなことが起こるとは思えません。ですから……お願いできないかと……」
「ふむ。登録する本人がそれでいいのならできなくはないが……少し時間がかかるぞ?」
「問題ありません」
「うん。大丈夫」
顎に手を当て考えるように告げたハルクに、ミリアナもアリスも頷いた。
「あとね……まだ、話したいことがあるの」
「今度は、なんだい?」
苦笑いを浮かべるハルクの問いにアリスは、子供らしい笑みを浮かべる。
「これはハルクおじさんにと言うよりは、シーザーギルド長さんになんですけど」
「わたくしに、ですか?」
「はい。今回のレシピには多くの香辛料……えぇ、とポーションの材料を使っているんです。ですから、孤児院がその材料の仕入れを円滑に、継続的に出来るようおねがいしたいです」
「あぁ、なるほど。どこかで嗅いだことがあると思えば、そうか! ポーションの材料か!!」
アリスはスパンと材料の秘密を教える。
それを聞いたハルクは、漸く思い当たったと言わんばかりに声をあげた。
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