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月夜の二人

エドガーと話し合って、明日、元の世界に帰ろうという事になり、私はこの世界に別れを告げる。

夜、皆が寝静まった後で、一人、簡素な生成り色のワンピースと革靴に着替え、そっと部屋を出ていく。月明りに照らされた中庭を横切ろうとすると壁際に人の気配があった。


「こんな真夜中に、何処へ行くの?」


(なんとなく、そんな気はしたけど……)


「あら、起きてたの。ただの散歩よ」


 神殿の中庭の壁にもたれて、ずっと待っていた様だ。


「その散歩、僕も付き合わせてくれないか?」


 祭服ではなく黒いフロックコートを着ている彼は最初からそのつもりだったのだろう。月影に照らされて、腰までの長い黒髪を一つに束ねた美しい相貌が(あらわ)になる。


 (こんなに素敵な人だったのね……)


 前世の彼を思い出さない様に、無意識にエドガーを異性として見る事はなかった。貴族社会でこの容貌と才能を持ち合わせたら、オスカーと揃って引く手あまただっただろう。


「何も面白く無いわよ。嫌な事しかないわ」


(貴方には汚いものを見せたくないわ……)


 私の表情から思考を悟ったのか、気づかわしげな声をかけてくれる。


「嫌な事でもいい。君は、明日、旅立ってしまうんだろう? 僕にも一つ、思い出をくれないか?」

「思い出って?」

「今から、君と王宮に忍び込んで、王を退位させる、とかね……」


(何もかもお見通しなのね……)


 元の世界ではカーライルがやったであろう事を自分はやろうとしていた。人体実験を許容する王を退位させ、反対派のルドルフ王太子を王に据える。王立魔法研究所を王立とは名ばかりの無害なものにしてしまうのだ。


「あら、どうしてわかったのかしら?」

「君の事なら、何故かわかるんだ」


 軽快に交わされる会話が心地いいのはエドガーも同じなようで、楽しそうに微笑む。


「僕が未来のソイツに勝てる事は、今は何一つないけれど、君と初めて共闘(デート)したのは僕だと、ソイツに知らしめたくてさ」

「貴方、意外と幼稚ね……」

「そうなんだ。幼稚で、粘着質で、嫌な奴なんだ……だけど、ソイツは……僕の比ではないと思うけどね……全てがソイツの予定調和の中なんて、面白くないじゃないか?」

「そこから抜け出ようというの?」

「今夜だけなら、いいだろう? ……デートなら、お洒落が必要だね……」

「え?」


 エドガーが指を鳴らすと、私のワンピースは髪と同じ淡紅色のふわりとした金の刺繍が施されたドレスになり、簡素な革靴は踵の低いヒールに変わる。彼の服も紺地に金の刺繍の施されたシンプルな上衣(ジュストコール)脚衣(ジレ)長靴(ブーツ)といった装いに一瞬で変わる。そこに貴族だった頃の洗練された動作が加わり、エドガーの見姿をより美しく映えさせていた。

 不思議な程ドレスと靴が体に合う。

急に着飾ったことに戸惑い、顔を赤らめる私に悪戯っぽく微笑んで、エドガーは従者のように(ひざまず)く。


「お手をどうぞ、聖女様(おひめさま)



 月明りが私たちを照らす。面映ゆさを感じながらも、私は微笑んで手を預けた。


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