魔力制御
暖かな秋の日差しが中庭を照らす。部屋で朝食をとった後、エドガーとオスカーに中庭に来てほしいと私は神官に言付けし、彼ら以外誰も中庭に通さないように神官たちに言い渡す。
私はオスカーに頼まれ、エドガーと一緒に魔力制御を教える事になった。
朝の日差しは中庭を清く照らし、私の白い巫女服と瑠璃色の帯を輝かせる。中庭の木の上の小鳥たちに意識を集中し、魅了をかけると、小鳥は私の肩にとまった後、腕を伝い人差し指の上にのり、さえずる。
「君は、とてもきれいだね」
声に驚いた小鳥が逃げ振り返ると、にこにこと笑ったエドガーと、どこかむっとしたオスカーがいた。
踝までの真っ白な立て襟の祭服は彼らの端麗さを際立たせ、優雅な身のこなしは昔から着慣れていたと思うほど華があり、一瞬ここが神殿だという事を忘れさせる。
「あなたたちの方こそ……」
「まあ、俺たちに振り向かない令嬢は社交界にいなかったな」
オスカーが言うとエドガーが笑う。
「君はほとんど社交の場に出なかったじゃないか。しかし、僕もそういう場は嫌いだね。僕は一人だけ見てくれればそれで満足さ」
エドガーがさらりとした長い黒髪を揺らし私に微笑みかけると、オスカーの眉間の皺が深くなった。
「リリー、始めて」
ぶっきらぼうに言うオスカーに促され、私は頷く。
「鑑定で貴方達を見たら……貴方達は、普通の魔法の他に、私と同じ洗脳と、完全回復が使えるのがわかったわ。他の人に能力を見られるのが嫌なら、隠形魔法で隠してしまうといいわ……」
彼らのことを最初から知っていた事は隠す事にした。
「まず、洗脳の使い方ね……そこに、小鳥がいるでしょう? その子を、こちらに呼ぶわ」
私が小鳥に照準を合わせると、小鳥はゆっくりと近づいてくる。
「オスカーと、カーライルの肩にとまって」
小鳥は、二人の肩を行ったり来たりする。オスカーとエドガーは少しくすぐったそうにしている。
「優しく言う事が大事よ。言う事を聞かせたい時は、強く念を込めて……来て!」
小鳥は私の指に飛んで来る。
「洗脳の使い方は、カーライルはもうわかるわね……オスカーは、気持ちを落ち着けて使う事が大切だわ。雑念を払って、胸の中の魔力を一直線に目から飛ばす感覚を想像して」
前世でオスカーの洗脳はかけた相手の感覚のリミッターを外すほど強いものだった。相手を洗脳し最高の力を使わせる事ができるが、足りない魔力を生命力で増幅させる為、行使した後、その人の命は尽きる。
最初は強すぎる力に小鳥を酔わせてしまい戸惑っていたが、しばらくするとオスカーは小鳥を優しく呼び寄せる事が出来る様になった。
指にとまった青い小鳥を嬉しそうに見つめるオスカーは天使のようで、殺伐とした前世と同じ人物だとは思えない。
「兄さんは流石だね……」
小鳥は始めからエドガーが飼っていたかの様に懐き、彼の肩にとまり話しかけるようにさえずっている。
「あなたも、こんなに短時間で制御を覚えられるなんて素晴らしいわ」
私は前世で散々精神操作系の魔法を使ってきたから優位なだけで、通常、一から新しい魔法行使を覚えるには、3か月はかかって当然なのだ。
私は少し弱ってきた小鳥に完全回復をかけてやる。
小鳥が眩く光だしたのをエドガーとオスカーは不思議そうに見つめる。
「貴方達も、使える筈よ」
「僕達が……?」
エドガーとオスカーは半信半疑という感じだったので、神殿を訪れた癒しを求める一般の信徒を二人連れてくる。
疲れた中年男性は右手がなく顔色も悪い。娘とみられるもう一人の幼女も側弯した背骨を痛そうにしている。
今日訪れた信徒たちの中で、この二人の親子が一番癒しを求めていた。
「この人たちは、洗脳をかけているので、今日の事は忘れてくれるわ。オスカー、やってみて。元の健康なこの人の姿を想像するのよ」
促されるままに、右手のない中年男性に手をかざす。淡い光が徐々に強くなり、男性の顔色が良くなっていく。
「できた……‼」
オスカーが嬉しそうに言うと、男性の手は復元し、その事実に男性は絶句していた。
「そうよ。この人を助けるという気持ちが大切よ。次は、カーライル」
エドガーが徐々に幼女を癒すと、曲がっていた背骨が伸び、痛みが消えたので真っ直ぐ立つ事ができるようになった。
親子は涙を流して礼を言い喜んでいた。礼を受けたエドガーは、はにかんだ笑顔で笑い、オスカーはそっぽを向いて憮然としているように見えるが、頬が少し赤い。二人とも対照的だが照れているのだとわかる。
「貴方達と私の持つ力は、使い方を間違えなければ、とても人の役に立つ、素晴らしい力だわ……」
私は最後に男性と幼女に洗脳をかけ、旅の僧に癒してもらったという偽の記憶を魔法で植え付ける。エドガーとオスカー、それに私の能力は他人に知られないほうがいいのだ。
「……ごめんね」
罪悪感を覚えながら男性と幼女に謝る。善良な人を操るのは、心が痛む。私を洗脳したカーライルも、こんな気持ちだったのだろうか……
「君は……本当に、聖女様なんだね」
二人を見送った私を見て、エドガーが感嘆した様に言い、オスカーも微かに頷く。
(他の人は騙しても、この二人を騙すのはしたくないわ……)
「いいえ……違うわ。私は……聖女ではないわ。私は、上位魔族の末裔なのよ……」
「何だって⁈」
言うか迷うが、いずれ知られる事と思い言ってしまう事にする。
「私の目は、能力を使う時に金に光るわ……貴方達の瞳も黒だけど、時折、金に光る……それは、貴方達も、上位魔族の末裔だからよ……」
前世でカーライルに言われた事をそのまま伝え、二人に軽く魅了を使い能力を明かす。黄金の瞳を見た二人は呆然としている。
「……今のは何? 一体、何をしたの?」
オスカーが腕を掴んで聞いてくる。
「やめろ。彼女に触るな」
エドガーがオスカーの手を強く引き離す。驚いたオスカーが手を離すと、エドガーもはっとして手を離し、恥じ入ったように赤くなった。
「今のは、魅了よ……自分の一番得意な魔法を使う時、最も瞳が光るから、他人に見破られない様に気をつけて。私は、聖女ではなくて、ただの、魅了使いなのよ……貴方達は、洗脳魔法を持っているから、魅了にはかからない。洗脳のある貴方達に敵う人なんて、この世にいるのかわからない。ただ、貴方達には……洗脳や光魔法を、自分や大切な人を守る為だけに使ってほしいの。そして、他の人に能力を気づかれない様にして。貴方達を利用しようとする人は、必ずいるわ」
説明して、もう戻れないところまで過去を変えてしまったと感じる。
(私は変えたかった過去を改めた……エドガーとオスカーも救われた……だけど、それなら、あの人は……)
「リリー……君は、僕達を守ろうとしてくれているんだね……」
エドガーの穏やかな声は私の胸をかき乱し、胸が苦しくて涙が出そうになる。
「僕は、君を守る為に、この力を使いたい」
彼の真っ直ぐな視線を受け止められずに、私は目を逸らした。




