60 そして人生は続く
これでとりあえず完結です。
オレが執務室で報告書をまとめていると、最近部下として配置された若者が、書類をもってきた。
王都の学園を卒業したばかりで、18歳。ジョショア・ネセス。
まぁ若者とか言ったが、オレと4歳しか違いがないんだけど。
「ダゼール地方の鉱山資源の報告書かな?」
「はい」
オレはその場で目を通していく。
うまくまとまっている。統計やグラフも使われている。きれいだ。
流石は王都の教育機関(オレとマリーが卒業したところより上)で学んだだけのことはある。
だけど。
「……君には、調査に必要なら出張も許可するって言ったけど、どうして行かなかったの?」
「資料は十分ありましたから」
うん。確かに詳しい資料はあった……オレとマリーが去年作ったヤツな。
だから、新しい情報がない。
元になったのは去年のものだ。今年は何があったか判らない。
オレだったら行くけどね。行って、見て、聞いて、それからまとめる。
オレとマリーが、あの新婚旅行のあとも働きづめなんで(オレには自覚がなかったが……)、ゲールさんが何人か配属してくれたんだけど。
ひとりを除いてみんな優秀なんだけど。
そのひとりは、侯爵家のお嬢さん(四女だけど)で金で人を雇って調べさせてたな。
皮肉なのは、彼女の報告書が一番生の声がいっぱい入ってて面白くて新しいってこと。
「……鉱山の状況は?」
「近年の産出量はゼロです」
そういうことじゃなくて。
それは、この書類を見れば判るんだ。
大事なのは、どうしてゼロになったかなんだけど……。
「どうしてゼロになったんだい?」
「地下水位があがって坑道が水没したそうです。それも報告書に書いてあります」
この人、オレが読んでないと思ってるね。
だけど、ごめん、知ってる。
オレとマリーが巡察した時もそうだったから。
そもそも君が参考にした報告書は去年、オレとマリーが書いたものなんだけどね。
どうも彼はそれにも気づいていないらしい。
「では、鉱脈を掘り尽くしたのではないということだね。どれくらい水をくみ出せば再開できるかは?」
「不可能です」
どれくらい汲みだせばいいかを計算したうえで、これこれこういうわけで不可能だ。と言ってくれれば見込みがあるんだけど。
こういう頭のいいひとって、びしっと断定すると『オレって頭いいでしょう』感があるんだよね(個人の偏見です)
うーん。またオレとマリーで視察に行くか……でも、彼らを配置してくれたゲールさんの好意を裏切ることになるかも……。
後でマリーに相談しよう。
とりあえず、現地で調べてくるように、くらいは言っておくか。
それで何を見て来て、それをどう受け止めるかを見させてもらってからでも、判断は遅くない――
「ヒース主席調査官は、あのヒース・マグネシアなのですか?」
ああ、たまに訊いてくる人いるんだよね。特に王都へ行ってたような連中。
オレはヒースで、奥方はマリー。
平凡な容姿、凡庸な成績、そのうえベローナ侯爵であるゲールさんと親しく見える。
ここまでは『高い城の男は、仕事をする』の英雄ヒースと一致している。
しかも、この一年で、『高い城』で戦ってくれた人たちは、ほとんどベローナに移住してきたし。
オレとマリーがここにいる、って説もあるらしい。
「へぇ、君は、そう見えるのかい?」
からかうように訊き返すと、彼らは大抵黙ってしまう。
彼らは何か確信があって訊いてくるわけじゃない。
しかもさ、オレって平凡で凡庸な見た目だし。
マリーだって、ある程度つきあわないと、そのステキさはわからないし。
ふたりとも、英雄って感じじゃないからね。
「……」
ほら。黙った。
一応、上司であるオレに面と向かって「平凡と凡庸が服を着ているような貴様が英雄ヒースのわけがない」って言えないよね。
「マリーに言わせると、オレは英雄なんだそうだよ」
「え!」
やっぱり、でも、まさか、みたいな顔をする彼に
「寒い日に、うたたねをしてしまった彼女の肩に、オレが上着をかけてあげたんで、風邪をひかずにすんだって」
「……それで英雄ですか?」
「ああ。学生時代、そういうことが何度もあったからね。彼女は風邪をひかずに試験をうけられたんだそうだ。まぁそれでここへも就職できたってこと」
つまらない冗談でも聞かされたような顔をしている。
冗談じゃぁないんだけどね。
「オレだって、彼女に、何度もそうして貰ったんだけどね。オレの方は、試験と関係なかったからね」
「よかったですね……」
うん。これ以上、訊く気が失せてくれたようだ。
凡庸な男の奥方とののろけ話なんて、聞くだけバカバカしいものな。
「ああ、報告書ありがとう。それからダゼール地方へ出張して欲しい。そこで現地の様子を実地でみてくるように」
「この報告書を見ればその必要は――」
「うん。そうだね。だけど、念のためだよ」
そう言うと、ジョショアの顔に、一瞬、面倒そうな表情が浮かんだ。
自分の完璧でよく出来た報告書につけくわえることなんてないって顔。
学園時代の試験で満点答案出したのに、追試って言われるようなものだ。
「判りました……」
隠してるけど判るよ。不満そうだね。
気の毒だね。オレが上司で。
凡庸な上司に理解してもらえない秀才ってところか?
ジョショアが出ていくのと、ほとんど入れ違いでマリーが来た。
オレのポッドから、自分のカップにお茶を注いでる。
とっくに冷めたろうと思うんだけど、マリーが淹れるよりオレが淹れる方が美味しいらしい。
「どうあの新人?」
「……もう少し様子見はするよ」
優秀ではあるんだ。
だけど、彼が望んでいるような立場になるべき人間じゃなさそうなんだよな……。
マリーはオレの分も入れてくれて、カップを渡してくれながら
「あの子さ、伯爵家の出なんだよね。王都では成績優秀。しかも王宮への就職を蹴ってきたんだって」
「ああ、そうだけど。それが?」
ちょうど、喉が渇いてたんだよね。
きっと、マリーにはそれが判ってるんだろうな。
「あの子、あんたのこと内心ではバカにしてるんだよ。もちろんあたしのことも」
「うん。そういう空気発散してるね。オレが肩書だけの男爵だからかな?」
マリーは、苦笑いを浮かべた。
「ほんと、あんたって、こういうのすぐには思いつかないよね。時間をかけて考えれば大抵のことが判るのに」
「? 男爵だからじゃないのか?」
マリーは自分の分を飲みながら。
「王都では成績優秀、しかも王都で就職を断ってここに。部署は領主直属。そのうえ上司はパッとしない凡庸な男爵……もうひとりの上司はこれまた凡庸な女、上司の妻というだけで雇われてる。ふたりとも蹴落としてしまうのは簡単、そういうこと」
マリーは、こういう事がすぐ判る。
しかも、まとめ方が上手だ。
こういう風に並べてもらえれば、オレにも判る。
「ああ……なるほどね。ちょっとした野心家か」
中央より早く出世が出来て実績も残せる、その履歴を武器に中央へ。
領主直属だから、うまくいけば推薦も貰えるかもしれない……。
そうすれば伯爵の子息でも、侯爵の子息より上へ行けるかも……そういうこと、か。
優秀なのは確かなんだから、まずはまともに仕事をしてくれるだけでいいんだが……。
「とりあえずは、現地に行ってもらうことにした。そこで何かに気づいてくれれば」
「今までの様子を見ると、期待できないと思うけど」
「まぁそうだろうな……」
本人はうまくやってるつもりなんだろうけど。
『オレって優秀です感』がだだ漏れしてるから……。
しかも、オレのような凡人は、そういうのってすぐ感じるんだよね。
「あそこの領主の奥方に『無礼をするかもしれないけど、新人なので少し大目に見てください。そして、目に余るようだったら、こっちで対処しますから一報ください』って書いておく」
確かにやらかしそう。
「そうしておいてくれると助かる……はぁぁ……」
上司って面倒。
「しかもさ、彼、オレが英雄ヒースかとか訊いてきたよ。マリーに教わった返しで撃退した」
「もともとそれほど信じてなかったんでしょ」
うん。お茶は冷めてもおいしい。
「だろうね……オレって見るからに凡庸だからな」
英雄とは程遠い自覚はある。
といって、そっちに合わせようとは全く思わない。
王都での出世にはもともと興味がない。
地方の侯爵領で、黙々と仕事をするオレでいい。
はずなんだけどね……その仕事がまたね大きい仕事なんだよね……。
「そのうえ、彼から見ればこの部署だって、侯爵領を調査してゲールさんに報告書を提出するってだけのつまらない部署だからね。表向きは」
領土調査室。
所在はベローナ侯爵領の役場群から少し離れた場所にある平屋。
人員は、室長のオレ、副室長のマリー、新人が4人。計6人。
あと地方に行くときに護衛についてくれる人が5人。
ゲールさん直属の新領土を統治するための資料を集めるだけの部署。
つまり閑職。試用期間中の腰掛部署。
そういうことになっている。
だけど、オレとマリーはゲールさんに『もしここを君たちが統治するとしたら、どういう風に富ませるかを考えてくれ』と言われたのだ。
オレって、男爵家の4男で、領地の運営とか縁がないはずだったんだけど……。
実際に統治して責任を負うのはゲールさんだとしても、重い仕事だ。
さらに、有望に見える新人を見極める役目も与えられている。
「人の人生まで左右するなんて……荷が重い……」
オレが溜息をつくと、マリーはケラケラと笑った。
「なに今更いってるんだか、さんざん人の人生左右したじゃない。それもすごーく大きく」
「あ……そうか。確かに今更だ」
『高い城』ですでに、そうしちゃってたんだ。
仕事っていうのは、多かれ少なかれそういうものなんだろう。
「で、もうすぐ定時なんだけど」
「え」
もうそんな時間!?
慌てて窓を見ると、確かに陽はずいぶんと傾いている。
遠くから、時報の鐘が聞こえてくる。
「あんたが仕事が大好きなのは知ってるし、いつもならもうちょっとつきあって仕事するけど。今夜はアントンさんのところで、『高い城』の会でしょ」
「あ」
今夜は、アントンさんが開いたレストランで、『高い城』関係者が集まるんだ。
忘れてたわけじゃない。
ただ、定時を忘れてた。
「やっぱり……忘れてるとは思わなかったけど、定時を忘れてたんでしょう」
「面目ない……」
久しぶりに会う人たちだって何人もいるのに。
特に棟梁のトムさんと会うのは一年ぶり。
王都から帰る時に、『高い城』を通りかかった時、会って以来だ。
手紙のやり取りはあるから、元気なのは知っているけどね。
マリーはオレの机の上のものをさっさと片付けてしまった。
「え、ちょっと」
カップもポットも所定の位置に戻されてる。
「うちの旦那様が片付け始めると、すぐ『この書類は今日のうちに整理しておこう』とか言い出しますからね」
「う……」
ぱっぱっぱと手際よく片付いてしまう。
「さ、立った立った。かばんもって、ドアを出て、帰る!」
「はい」
という以外、オレに返事があるわけがない。
役場から出ると、バルガスとセンセイがいた。
「ちぃっ。まさかちゃんとした時間に若親分が出て来るとは!」
バルガスは悔し気な顔で、センセイに銅貨を渡した。
「ほっほっほ。お嬢さんがついておって、そういう気をきかせんはずないですからな」
オレが、ちゃんと定時に出て来るか賭けをしていたらしい。
「役場の前で、堂々と賭けをしないでくださいよ」
「ほっほっほ。私はただお金を遣り取りしていただけですぞ」
最近、バルガスやセンセイとはしょっちゅうあってる。
バルガスには、地方へ行くときの護衛もしてもらう。
センセイは、依頼をしてくる新聞や雑誌や出版社から離れるためにここへ引っ越してきた。
と本人は言ってるが……また何か企んでるんじゃないだろうか……。
オレ達はつれだって、アントンさんの店へ向かう。
ふとおもう。
今のオレが、4年前のオレに会って。
「お前は白い結婚をして、その2年後。最愛の人と再婚して英雄になって、ベローナってところで一緒に働いてるよ。しかも、周りには歳は離れてるけど、気の置けない人たちがいっぱいだ」
なんて言ったら信じただろうか?
白い結婚の部分で、ありえないって顔をして、英雄ってとこで、呆れるだろうな。
だけど全部ほんとうのことなんだぜ
お前の人生には、そんだけの波乱万丈が待っているんだ。
「ヒース! なにぼぉっと立ってるの! 遅れちゃうよ!」
マリーが駆け寄ってきてオレの手を掴んだ。
「あ。ほっと感慨にふけってた」
「まだそんな歳じゃないでしょ」
「それもそうか」
オレは、オレ達は歩き出す。
これからも当分続く人生の未来へ向かって。
【おしまい】
これにて本編は完結です。もしかしたら何か書くかもしれないので、とりあえず連載中のままにしておきますが、完結です。
読んでくださったみなさま長い長いお話につきあっていただいてありがとうございました。
誤字脱字を指摘してくださった方々にも感謝いたします。
ほんとうにありがとうございました。




