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99話 所詮、愛の奴隷



 そうして、秋の園遊会まで残り一週間。相変わらずクロルとレヴェイユは重~い空気を漂わせているわけだが、それはそれとして。


 

 グランドは商会本部でシャカリキに仕事をしていた。もう夕方だと言うのにランチも食べずに働き通し。


 秋の園遊会の開催当日は、王城の外も活気づく。メモリアルイヤーなのだから、アンテ王女が好きだったとされる料理や小物を扱った出店(でみせ)が並び、街全体が赤色に染まる。

 そうなれば、国で一、二を争うグランド商会だ。そりゃあもう忙しい。


「忙しそうっすねー」


 そんな多忙なグランドの横には、ソファにだらりんと座るブロンがいた。相当ヒマなのか、猫を膝にのせて猫じゃらしで遊んでいる。特別待遇すぎて、他のスタッフに妬まれないのだろうか。


「ぇえい、全くもって忙しい! というかブロンよ。その猫はなんだ!? ここは火気厳禁かつ猫厳禁だ!」

「さっきタバコ買いに行ったときに、なんか背中にくっ付いて来ちゃったんすよねー」

「元の場所に帰してこい!」

「はーい。にゃー君ばいばーい」


 ブロンがばいばいと手を振ると、猫はしぶしぶと言った様子でベランダから去って行った。猫とタッチ交代で、白い鳥がベランダを陣取りはじめる。さすが動物に愛される男。


 一方、部屋の中はといえば、猫が退場したと思ったら、今度は部下たちが大量の書類を持ってきて、グランドのデスクにわさっと乗せてくる。


「すっげー量の書類っすね」

「秋の園遊会前だから仕方あるまい」

「あと一週間かぁ。休みあるんすか?」

「見ていないのか? 勤務表にある通り、私もブロンも朝から晩まで休みなしだ!」

「へーー。()()()()、ね」


 ブロンは、にんまり顔をしていた。


「……なにを笑っている?」

「え? いやー、オレも、なんか手伝おっかなーって思っただけ」

「以前、手伝いを頼んだときに散々な目に遭ったことは、一生忘れぬ。商談ではにこやかに笑い、本部では絵画のように座っていればよい!」

「あはは、ひっでー!」


 ブロンはケタケタ笑いながら、またソファにだらりんと座りはじめる。


「あ、そうそう絵画で思い出した。デュールから聞いたんすけど」

「雑談は、ディナータイムだ!」

「はーい。じゃあ、壁画トークは今度にしよっと」

「壁画……とな?」


 グランド的パワーワード、壁画。今、一番ホットな話題である。話題が渋い。

 グランドは仕事を放り投げて、スススーッとブロンの向かいに座る。


「ん? 急にどうしたんすか?」

「いざ、壁画トークをしようではないか!」

「仕事は?」

「休憩時間だ。して、デュールから何を聞いた?」


 キラキラというかギラギラと輝く赤い瞳。欲が深い。


「えっと、王城にある……なんだっけ? 黒の眠り的な?」

「そんな陳腐な名ではない。『赤の目覚め』だ馬鹿者!」

「あぁ、それそれ! そこに壁画があって、アンテ王女の絵らしいんだけどさー、オレに超そっくりなんだって!」

「ほう?」

「自分に瓜二つの人間なんて、そうそういないじゃん? 直接、壁画を見に行ってみたいなーと思って」

「わかる。わかるぞ、ブロン」

「でも、その赤の目覚まし?は、王族じゃないと入れないとか聞いてさぁ。マジ、ケチくない?」

「全くの同感だ! 歴史的に価値のあるものは、人々に広く共有してこそ価値が高まるというものであろう!」


 グランドはソファに置いてあったクッションを強く叩いた。彼の悔しさとやるせなさが、クッションをふよよんと揺らす。


「あははっ、共感ー! でさ、一瞬でもいいから見られないかなと思って、デュールに頼んだんだよ」

「デュールに!?」


 グランドも、ほとぼりが冷めたら文官デュールにお願いしようと思っていた。しかし、アンテ王女への愛については秘匿しているし、どう切り出すべきか考えあぐねていたのだ。これは渡りに船。


「して、答えはどうであったか……?」

「デュールの部署には、そんな権限ないから無理だって。だから、他の手立てを考えてもらったんだー♪」

「他の手立て?」


 しかし、そこでシャットアウト。指を重ねて、口の前でバッテンマークを繰り出すブロン。


「これ以上は、言えませーん!」

「気になるではないか」

「グランドさぁん? 知ってるっしょ? タダより高いものはないぜー?」


 グランドは「むむぅ」とうなる。この男、どういうわけか、なかなかに食えない。グランドが踏み込もうとすると、いつもシャットアウトされたり口を閉ざしたり。さらに踏み込もうとしても、それならばと見返りを要求してくる。顔に似合わず、いやしい男なのだ。


「まぁ良い。願いを申せ」

「オレ、家が欲しいんだよね」

「家」


 さすがのグランドも、赤いおめめを点にしてしまった。


「ブロン? さすがに、がめついぞ?」

「だってさー、女の子の家を渡り歩くのも面倒になってきちゃって。いい加減、自分の家くらい欲しいじゃん?」

「そう言えば、住居を持っていなかったか。住所不定の側近だと思うと、大いに不面目だ」

「そうっしょ? だから、家ちょーだい」

「ぐぬっ……。まぁ、家の一軒くらいであればよかろう。条件は?」


 金持ちだ。激甘だ。


「きし……あー、えっと、王城の前あたりがいーなー」


 ちなみに、王城と騎士団本部はお隣さんだ。そんなところに家が欲しいだなんて。なるほどなるほど。


「王城の前!? 一等地ではないか!」

「出勤しやすいし、いいじゃん」

「なんと強欲な。いやしかし、待て。王城の前にブロン(フィギュア)を置くか……ジオラマとしては正しい。わかった。私所有の物件がある。それを名義変更して渡そうではないか」

「やったー! ありがと、いつから住める?」

「最短で三日後だ」

「ホント!? うっわー、超うれしいんだけど! マジでありがと! グランドさんサイコー!」


 容赦ない満面の笑みを向けられ、グランドは思った。『こやつ、心得ている』と。


 こうして、ブロンはレヴェイユと住む家をゲットしたのであった。なんというダブル効果の一挙両得。一つの行動で二つの利益! バレたら首から上だけ飾られるとか言っていたのは何だったのか。


「それで、デュールに考えてもらった他の手立てとはどういうことだ? 大した話でなければ、ただでは済まさんぞ」


 赤い瞳をギロリと向ければ、ブロンは「ひぇ」と少し姿勢を正す。おっと、これは首切りが本当にありそうな雰囲気だ。


「ちょいちょいちょい、怖いって! まぁ聞いてよ。実はさ、デュール経由で王城使用人をやってる女の子を紹介してもらったんだ。先週、オトモダチになってさ」

「オトモダチ。その娘がなんなのだ?」

「その子、展示室の掃除係なんだよね」

「掃除係……?」


 グランドはそこで思い出す。以前、展示室『赤の目覚め』を掃除したというモップとバケツを、エタンスに盗ませたことがあったな、と。彼は、そんなものまでコレクションしちゃうタイプだ。


「その子のおばあちゃんが掃除長らしくて、お掃除スタッフの仲間に入れてもらうことになったんだー。いえーい!」


 ちなみに、これは作り話ではなく本当の話だ。嘘をついた場合、グランドにバレるリスクがある。バレたらブロンの首が転がる。

 面倒くさがりで短絡的なブロンが、複雑な嘘の上で上手く立ち回れるとは思えない。色々とすっ飛ばして、行き当たりばったりな感じになりそうだ。


 それならば、嘘をつかなければいいじゃないか。というわけで、ハニトラのプロであるクロルが中心となって、計画を立てたのだ。


 まず、クロルが提示した条件をクリアする王城スタッフを、デュールが選び出す。端的に言えばチョロくて尻が軽……いや、親しみやすくてライトな雰囲気の娘というのが条件だ。


 そして、全ての条件を満たすシンデレラガール、リナちゃんが選ばれる。偶然を装い、デュールが声をかけ、ここは健全な友人関係を築き上げる。

 さらに偶然を装ってブロンと引き合わせ、ライトなオトモダチになってもらい、掃除スタッフとして潜り込ませる約束を取り付けた、というわけだ。


 リナちゃんだって、承諾するか初めは迷っていた。そこで、友人である文官デュールが相談に乗り、『こんなことでは捕まらないよ、皆やってるさ』と、素敵なアドバイスをすることで、ライトに承諾。無事に実現したという、裏話があったりする。



「まぁ、なんやかんやあって、リナって子のおかげで展示室に入れるってわけ!」

「ま、待て。展示室に入る? そ、それは違法ではないのか!?」 


 ブロンは、きょとんとしていた。演技でも何でもなく、心底きょとんとしている様子。


「え? そうなの? 掃除の手伝いするんだから良いことじゃねーの? リナだって、手が足りないって困ってたし」


 手が足りないのは、身分が確かで申し分なく、粗相のない人材がいないという意味であって、猫の手でも借りたいみたいな意味ではないはずだ。


 グランドは『はて?』と思った。


「それは身分を偽るということであろう?」

「身分……? あぁ、本名で入るかってこと? うーん、そこはお掃除スタッフネームにしとこうかな」

「スタッフネーム」


 偽名の言い方を変えるだけで、こんなクリーンなイメージになるとは。


「いやいや、不法侵入に値する犯罪だと思うが?」

「ふほーしんにゅー? リナが掃除長に許可をもらってくれるけど?」

「そうではなく! 王城と正式に雇用契約を結ぶわけではないのであろう?」

「ぇえ!? グランドさん、がめつくね? 掃除ボランティアなんだから、雇われる契約なんてナイナイ! 金もらう気? 引くわー」

「ボランティア」


 確かに無償労働ではあるが、なんか違う。ものすごく善行化されている。こいつ、正真正銘レヴェイユの弟だ!


「いや……しかし……」

「なんでそんな気にすんの? あ、もしかして、アンテ王女って、勝手に壁画を見ただけで怒るような心狭い系の人ー? なんかガッカリー」

「そんなわけなかろう!」


 ダンっ! かち割りそうな勢いでテーブルを叩くグランド。拳が熱い。


「アンテ王女は素晴らしい女性だ。心の広さは、国一番に決まっておる!」

「へー。もしかして王女のファン? グランドさんも一緒にいこうぜー。もう一人くらい増えてもダイジョブダイジョブ♪ 一緒に壁画ウォッチングしよー!」

「壁画ウォッチング……」


 グランドの心が、ぐらりと揺れた。しかし、エタンスの言葉が脳裏を過る。


「ならぬ!」

「そう? まぁいいけどー」

「……しかし、まぁ、一応だ。日時だけは聞いておこう」

「園遊会の当日、朝七時に裏庭集合!」

「当日?」

「うん。えーっと、なんだっけ? 自由奔放な王女の古時計とかいう国宝が展示室に入るから、その前にピカピカに掃除するんだって。園遊会が始まる前には撤収らしいよ」

「亡き王女の愛した懐中時計だ。全くかすりもしていない。自由奔放などと愚弄するな馬鹿者」

「そういえば、デュールも壁画のアンテ王女は、美しくソウメイで気高き王女のアレが……えーっと、ソレだったとか言ってたぜ!」


 興味がなさすぎて、クロルたちに仕込まれた情報はうろ覚えだった。ちゃんとやらないと打ち首だぞ。


「それはそれは、さぞかし麗しい壁であろうな……国一番の壁だ、奇跡の壁……」


 しかし、アレがソレな情報だったとしても、グランドは夢うつつ。ブロンの顔を眺めて、虹の向こうにいるであろう彼女に思いを馳せる。

 

「他に、デュールから聞いていないか? どのような壁画であった?」

「えー? 白の服で、赤い薔薇が頭にくっついてたとか」

「他には!? どのような!?」 

「うーん、どうと言われても……簡単にまとめるとこんな感じかな!」


 ブロンは飾ってあった赤い薔薇を一本引き抜いて頭にぶっ刺し、さらにソファにかけてあった昼寝用の白いブランケットを身体に当てる。仕上げにニコッと笑えば、はいアンテ。


「…………!?」


 グランドは声なき声で悶絶した。ソファから崩れ落ち床に膝をつく姿は、王女にひれ伏す奴隷の絵面。


「……よ、良き……」

「コホン。『グランドさん、わたくしに会いに来て下さらない?』」

「はい、謹んで(敬語)」



 所詮、人間なんて愛の奴隷。他人を愛せば他者愛に、自分を愛せば自己愛に。愛の前では、王族も騎士も泥棒も、誰もがひれ伏すものなのだ。


 敵も味方も全員が、『赤の目覚め』を目的地にして動く。秋の園遊会まで、残り一週間。


 


 



デュール&ブロンチームがリナちゃんとパイプを繋ぐ話は全面カットしましたが、クロルが提示した条件のところだけSS置き場においておきます。


カットSS

【チョロ子判定条件、クロルリスト】

https://book1.adouzi.eu.org/n6301ij/6/

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