115話 見つける
全てを投げ出して訪れた、東の別荘地。
大きな獣やならず者が入らないよう、そこは頑丈な高い柵で囲われていた。その鍵はレヴェイユがサクッと開けて、侵入成功。
「ここが別荘地なのね~」なんて言いながら、ひょいと馬を下りて、落ち葉を踏み踏み歩いていると、何やら背後から冷気が。
「あら、涼しい。季節も変わって、ずいぶんと冷えたわね」
おしゃべり開始の合図に、ミニスカートをヒラリとさせながら後ろを振り向く。そこには、馬に跨がったまま見下してくるクロルの姿。彼はやたら笑顔だった。もうね、ニッコニコのズッタズタ。冷凍庫を通り越して液体窒素。
レヴェイユは察した。こりゃ相当お怒りだぞ、と。ヒラリふわりとひるがえっていたスカートも、急に萎む。
「く、くろる……?」
ズッタズタの微笑みを携えた美の神クロルが、馬をお下りにならせられる。ズシンと美音を響かせ、お近づきになられる。おぉ、地面に落ちている木の葉たちが、まるでひれ伏しているように見えるではないか。
「レヴェイユ」
笑顔に反して、お声が低くございまする。お言葉をお与えになられるのであれば、あぁ、黙って賜りまする。
「はひ……」
「ははは、本当は今すぐ罵声を浴びせたい。でも、時間がない。後でゆっっっくり時間もらえる?」
「……ハイ、お時間たてまつる(謙譲語)」
いろんな意味で終わった。
さて、始めよう。隠れ家探しだ。
「別荘地って言っても、人がいねぇじゃん。実りの秋、シーズンオフってわけじゃなさそうだけど」
「そうねぇ」
「聞き込みしたいけど……なんで誰もいないんだ?」
クロルが近くにあった別荘をひょいと覗くと、人の気配もなければカーテンキッチリ。中も見えやしない。
すると、レヴェイユが信頼を取り戻そうと、たれ目をキリリとさせてシャカリキに動き出す。今までで、一番シャカシャカしていた。
「私に任せて~!」
「お、やる気満々だな。感心感心。じゃあ、ただ息をするだけの仕事を任せていい? あー、それも難しいかぁ」
「はひ……だ、大丈夫よ! ほら、地面を見て」
「あぁ、馬車が通った跡を見るんだろ? でも、昨日も雨だったし、ぐちゃぐちゃでわかんなくね?」
すると、彼女は「ノンノン」と言いながら木を指差す。
「この林に入ってからずっと見ていたけど、落ち葉の種類と、その真上にある木の種類が一致しているの。ここ数日は風の強い日はなかったことを加味すると、しばらくの間、大きな馬車は通ってないはずよ」
「凄腕の探偵か」
凄腕の泥棒だ。彼女は少し屈んで葉っぱを観察する。クロルもそれを覗き込む。ぐっちゃぐちゃの葉っぱだった。
「人間に踏まれた形跡がないわね」
「判断基準がわからん」
そして、ぐるりと回りながら二、三軒をのぞき込む。クロルも付いていく。
「やっぱりね。カーテンの色や種類は様々だけど、質が全て同じだわ」
「着眼点が鋭すぎる」
「家の作りも様々だけど、逆に共通点がなさすぎるわね。家の経年劣化を見るに、立てられたのはどれも似たり寄ったりの時期なのに、デザインや材質のトレンドが反映されていない。あえて共通点をなくしてバラバラにしたのね」
「え、建築トレンドまで把握してんの?」
「なぜバラバラにしたのか。その心は。ここにあるのは、全部グランド所有の家よ!」
「名探偵かよ。って、これ全部!? ザッと三十軒はあるけど!?」
そう、正解だ。全て、グランド個人が所有する家だったりする。
固定された人間しか訪れないような別荘地という場所に隠れ家を用意するなんて、犯罪者らしくないと思われたかもしれない。
しかし、この別荘地に訪れる人間はいない。彼が大きな声で『壁画ぁあ!?』とか叫んでいたのも、周りに人がいないと分かっていたからだ。金持ちだ。
「でも、ほとんど使われた形跡がない家ばかりだわ。玄関に泥が付着していない。きっと、隠れ家以外は普段使っていないのよ」
「なるほど。木を隠すなら森。木を隠すために森を作った、っつーわけか。グランドって、そういうの好きだよなぁ」
「隠し事をするときには、必ず癖が出るのよね~。でも、私は、森の中から木を探すのが得意だけどね」
そう言うと、彼女はひょいと馬に乗った。クロルもその後ろに乗って、パカパカと歩かせる。
彼女はじーっと家々を見ていた。家だけじゃなく、木や石、草、動物や鳥の動き。その全てを見ているようだった。
「……止まって」
彼女は何かが気になった様子で馬から下りた。
「この家だわ」
「ここ? やたら質素な作りだけど」
「絶対、この家よ。とっても大事してる感じがする。怖いくらいに、ビシバシと伝わるわね……」
「全く伝わらん」
人は大切なものを隠すときに必ず癖が出る。グランドは、かなりの綺麗好きなのだろう。持ち物や仕草からそれはすぐに分かった。一見、質素で小さな家ではあったが、他と比べると明らかに掃除の頻度が多そうな雰囲気。
「やたら小さい隠れ家だな」
「私、ちょっと上の方を見てくるね~」
「おー?」
レヴェイユは庭にある木をひょいと登って、二階の窓から中の様子を確認しているようだった。
クロルは『誰もいないのに、なんで二階から入るんだ?』なんて思いながら、グルリと一周。窓の数など、やっぱりどうにも覚える癖があるのだ。
こじんまりとした家に対して、庭は割とゆとりがあり、赤色と茶色の木の葉がたくさん落ちていた。それもそのはず、やたらと木が生えているのだ。きっと目隠しなのだろう。
しかし、隠れ家の割には、厳重な防犯対策は施されていない。一般的な別荘と同じレベルか、あるいは少し劣るかも。外側から分かるレベルで厳重にしてしまっては、『ここにお宝がありますよ』と吹聴することになるからだろうか。全くグランドらしい隠し方だ。
色々見たが、サブリエの残党がいる気配もない。大丈夫そうだと思ったクロルは、正面玄関に立つ。
どうせ鍵が掛かっているだろうとは思いつつ、物は試し。ドアノブを掴んで、そのまま捻った。
パチッと、小さく爆ぜる音がした。
「クロル! ダメ!」
「え?」
レヴェイユの声が上から降ってきて、そちらの方に視線を向けようと首を動かした。すると、首の動きに合わせて、なにやら焦げるような匂いが空気と共に漂ってくる。
「自動発火の仕掛けがあるわ!」
「まじか!」
懐かしのミュラ男爵家で登場した、犯罪者の中ではホットな最新技術。自動発火の仕掛けだ。この隠れ家にも、それが施されていたらしい。ミュラ男爵家で見たときに、グランドもその仕掛けを流用していると考えておくべきだったのに! なんたる失態!
クロルが慌てて玄関を蹴破ると、すでに仕掛けは作動済み。玄関付近から火が出ていた。匂いから察するに、油は使われていない。水をかければ、まだ間に合う!
「水!」
そのまま家中をドタバタと走り回る。どうりで小さい隠れ家のはずだ。風呂もなければキッチンもない。庭にも井戸は見あたらなかった。それどころか、コップの一つすら置いていない。ここでは生活していないのだから、ワインボトル一本でも持参すれば十分なのだろう。
いや、むしろ仕掛けが作動しても容易く消火させないために、水という水を全て排除したのかもしれない。
こうなることが分かっていながら、素知らぬ顔で連行されていったグランド。彼は自供する気ゼロなのだろう。
誰かにテリトリーを踏み荒らされ、暴かれるくらいならば、全て燃やし尽くしてしまえ。彼の愛は激しいのだ。
そんな愛のように、激しさを増す迷惑な火たち。
「サブリエ首領の証拠……証拠はどこだ!?」
クロルは一階のソファのある部屋に飛び込む。なぜ、迷わず入ったかと言えば、『グランドってソファに座って、ワインを飲みながら悪巧みをしてそうだなー』と常々思っていたからだ。ご明察。
「えーっと……木を隠すなら森!」
部屋には本棚があった。手前にあるラブロマンスの小説を何個か手に取ってみると、エタンスとグランドの筆跡で書かれた窃盗報告書が混ぜこぜにして置かれていた。
「よし、ビンゴ!」
自動発火の仕掛けがされていない腰高窓を開け、それらを全部庭に放り投げた。最後にひょいと庭に下りて、落ちている窃盗報告書をかき集める。雨が降っていなくて助かった。
火の手がどこまで届くかわからないため、向かいにある家の軒下に全て運ぶ。
「はぁ、あっぶねー」
証拠は燃やしちゃいましたー、なんてことになったら、クビっていうか辞職だ。クロルは息も絶え絶え、報告書を何とか守り抜いて、へろへろと座り込む。タキシードを着て座り込む姿は、とても美しい。
ふぅ、と思って隠れ家を振り返ると、一階の窓から入道雲みたいに煙が出ていた。
家具も衣類もなさそうな家だ。油も使われていないのだから、火はそこまで早くは回らないだろう。しかし、放っておけば林まで燃えてしまいそう。消火の応援を呼ぶために馬に乗ろうとした。
「……レヴェイユ?」
そこで、彼女がいないことに気付く。クロルが報告書をせっせと運んでいる間も、彼女は一階にはいなかったはずだ。
外から隠れ家を見渡すが、どこにも苺色の髪が見えない。「レヴェイユ?」と何度か呼ぶが、何も返って来ない。
耳の奥で、ひゅっと心が落ちていく音がした。
「レヴェイユ? おい……レヴェイユ!」
クロルは大きな声で呼ぶが、欠片ほども返事がない。まさか中にいるのだろうか。隠れ家の玄関から入ろうとしたが、もう玄関はごうごうと燃えていて、とてもじゃないが入れない。
ならば、木に登って二階から入ろうと庭に出た。
「あ、クロル~」
すると、二階の窓からのんびりボイスが聞こえてくる。見上げると、苺色の髪が見える。クロルはホッとして心の位置を元に戻した。
「なんだよ……返事しろよな。一階はもうダメだから、そこから飛び降りろ」
そんなことを言いながら、彼女がソワールじゃなかったらもっと焦っていただろうな、なんて思う。剛腕健脚のソワールだからこそ、こうして姿を見ただけで安心できるのだ。
でも、そんな安心も吹き飛ぶ事態が発生する。
なんと、二階から落ちてきたのは彼女ではなく、モップとバケツだったのだ。




