83.狂気の宴
「さあ! 抗え。抗ってみせろよ」
両足首は骨折してから、ずっと放置だもんな。
かわいそうに、骨がぐしゃぐしゃだから爪が剥がれてきてるな。親指も変な方向を向いているし。
でもいいじゃん。その足で、お前は二度と立つことはない!
エリク王子の腸を引きずり出して、一番きれいな会議場のシャンデリアに吊るしてやったんだ。
足で立つ必要がないから、楽な姿勢だろう? おまけに王子様の美が、更に華やぐしな!
「できないだろ? 悲鳴を上げろ! 泣け! 俺を苦しめた罰だ! 俺は一度死んだ! 死んだ! シンダンダヨ! 苦しかった! こうして、ヴァレリーの奴の靴なんか舐めた! 俺は俺を許せなかった!!!! お前にこの気持ちが分かるか!!!」
俺は竹の鞭を振り上げてやる。エリク王子の顔の輪郭は、鞭で叩きすぎて半分えぐれている。
「いぎゃああああああああ!」
目に当たった。まぶたに刺さったささくれを、俺がわざわざ取ってやる。
俺って最高に優しい! この三日間の俺は最高に、優しいぞ!
「エリク王子様にそれ以上はおやめください!」
側近モルガンがずっと、俺の後ろで土下座している。
戦闘魔術師の首は、この部屋にも転がっている。モルガンは生首の広げた血だまりに、額をこすりつけている。
いいぞ! 観客も一体となって一つのショーだ!
「あたしからもお願いよ! これ以上はやめて! そんなにやったら、あたしの加護も効果ないじゃない」
マルセルは、椅子にきれいな状態で縛りつけている。珍しく腸じゃなくて、本物の縄で。ベフニリウスが作ったレプリカの縄だけど。
でも、粉砕した足は治してやれないんだ。俺は回復魔法が使えない。
なぁ? マルセル。回復魔法ってのは、俺とは正反対の魔法だよな。俺は癒しを与えてやれない勇者だ。
「何で、お前だけ加護なんかついてるんだよ。なぁエリク? 処刑ってる最中なんだ、平気な顔していいわけがないだろう」
エリクは、加護なんてないとでも言うように、激しく首を振る。
それそれ、それだぁ。その生傷だらけの身体のどこから、気力が湧いてくる?
腹立たしいなぁ。俺にはないものをこいつは、持っている。俺にはマルセルの加護はない。愛されていない……。
マルセルが加護のことを口走ったのは、エリクの拷問二日目。エリクがやけに元気だったからな。マルセルを脅して色々吐かせた。
マルセル、もう王子のこと見るのも、目を伏せるようになったな。
「マルセル! よく見ろ!」
王子の顎を持ち上げてマルセルに向ける。ひゃはははは! マルセル! 涙ぐんだりするのか! 俺じゃなく、この男のためにか!
白い肌。俺よりつやつやだなぁ。頬ずりして俺との違いを確かめてみる。
青あざだらけで、凹凸が激しい頬。切り傷で血なまぐさいし、いいところなんて一つも見つからないなぁ。
「王子様安心しな。俺はホモじゃないから。ただ、ちゃんと恐怖してくれているか、恐怖の臭いを嗅いでるんだ」
右耳は、昨日切断してやったんだ。だから、左側に回って囁いた。
「王子様の命。もっと削ってくから。楽しめ」
エリク王子の脇腹に左フックを決めとく。
「っごふっ!」
もう、吐く血だって残ってないみたいだ。そりゃそうだ。
鞭打ち、五百回! 腹に内臓破裂魔法、五回かけた上で殴ってやってるんだ!
「ははははははは! くはははははは! オマエノイノチ! イノチ! イノチ! イノチが悲鳴を上げてるぞ!」
「キーレ! あたしたち、ほんとに悪かったわ!」
「はぁ? コノ嘘ツキ強欲クソアマガアアアァァァアアア? 悪カッタ? 思ってもないことばかり!」
俺は、会議室の椅子を蹴り飛ばす! 机も投げ飛ばす。マルセルには一つも当てなかった。
でも、音と粉々に砕け散った粉塵で、恐怖を感じただろう!
「その唇が嘘ばかりつく! 俺を惑わせて、騙したその口!!!!」
憎たらしいその、小さい唇! お前の真っ赤な舌なんかに、一度恋したなんて思うと俺は自分の舌を引き抜きたくなる!
「俺の心を奪っておきながら! 俺を裏切ッタアアアアアァァ!」
怒りに任せてマルセルに歩み寄る。口にメスの指を突っ込んで、真横に引き裂いた!
口裂け女もびっくりの、真横に切断。歯茎も見える。美貌も何もなくなったなマルセル!
「びぎゃああああああああああああああああああああああああ」
「ははははははひゃはははは! はぁ……はぁ……汗かいてきた」
俺、何でマルセルを殺さなかったんだろうな。もう、三日三晩、エリクの処刑を続けている。
眠気と疲労で視界が霞む。水も飲んでいないから。喉がからからだ。
そうだ、血を飲もうと思って、大理石の床にへたり込んだ。
生首の血に顔を埋めて、喉を潤す。でも、これ、チョコレートみたいな甘い感じがしない。何でだろう。何の味もしないんだ。
俺はここんとこずっと、よだれを垂らしている。もうすぐ脱水症状で死ぬかもしれない。
そんな予感がする。うーん、喉を潤しても、よだれが口から糸を引いて落ちていくなぁ。もう、自分の意思でコントロールできない……。
「ひ、姫、今なら逃げ出せるのでは?」
そう言って、モルガンは姫に手をかけようとする。あれ? 俺は何で、モルガンは縛らなかったんだろうな。
「触るなって言っただろ! いいか! 俺はまだ終わらせないぞ!」
「ひ、姫にお手洗いを」
「さっき行っただろうが!」
「では水を!」
「水なんか飲まなくても死ぬか!」
「し、しかし! お、お前も喉が渇いているであろう! それに、も、もうよいではないか! 宮殿の火が消えたとはいえ、ここもいつ崩れるか分からんのだ」
「え? ここ焼け焦げてたっけ?」
あんまり記憶がないなぁ。座り込んで考えてみてもやっぱり思い出せない。俺が切り裂いたんだろうけど。
「元勇者よ、悪いことは言わん。我々の負けだ! それで手を打とうではないか」
負けだ? 負けだ負けだ負けだ! 負けて当然!
こそばゆいな。俺は腹を抱えて笑う。おっと、指が無意識にメスになってて、自分の腹を切ったな。
「ひゃっはははははははははは! 笑わせんなよ! 俺はな! お前らの、イノチガ欲シイんだよ! どうしても手に入ラナイ! 手に入れたい! 手ニイレタイィ!」
そう叫んだものの、膝がふらふらして上手く立てない。自分の腹の血でも舐めとくか。
指から滴る俺の血を舌で受け止めていると、王子が目をかっと見開いて、こっちを見ているのに気づいた。
「……アハハハハ……キーレ。どうした? お前の方が……先にくだばる……のか?」
生意気ナ王子ィィィ! まだ口が聞けたかぁ!
「エリクゥゥゥ! オワルカ! 終わらないぞ!」
寄りすがって、エリクの胸を指で引き裂く! その胸で幾度マルセルを抱いた? その胸板! 俺のメスの十本の指で引き裂いてやる!
「ぐああああああああああああああああ!」
「俺はなぁ、まだ聞いてない! お前の命乞いを聞いてない! 勇者様コロシテ下さいって頼みごともな! どっちか選べ! さぁ選ばせてやるゥ」
エリクの首、この三日でやせ細っていた。その首をつかむ俺の手も、意識が朦朧として震えている。
突然、エリクが黙り込んだ。目を細めてマルセルを見ている。そして、何か悟った顔をして、あっけなく死んだ。
微笑んでいた! 安らいでいる! まさか、マルセル! 俺の生贄を奪ったのか?
直感で分かった! エリク王子に加護を与えてずっと延命していたのを、解除したのか、クソアマが!
俺の生贄を! 処刑を邪魔したああああああああああああああああああ!
俺が奇声を上げてマルセルにつかみかかろうとしたら、マルセルが裂けた口で叫んだ!
「殺して下さい勇者様!」
その目に涙まで浮かべている。俺に恐怖しているのではない。
ちゃんと、ゼツボウしてくれている……!
俺ノタメニ、ゼツボウ、シテクレテイル!
モルガンが、マルセルの命が尽きたことを悟って、宮殿から逃げ出していく。俺の眼中にないこと、よく分かってるじゃん。
そう、俺は今歓喜している。全身からみなぎってくる! 俺の脈が耳に聞こえる。俺の血が生きているって実感させる!
「あんたの言う通りにしたわ……」
マルセルが椅子で姿勢を正す。ギロチンにかけられる聖女のようだ。骨の見える足まで、震えながらそろえる美しさ。
女に覚悟を決めさせて、じっと耐えさせるのは罪だと感じた。こんなことはじめてだった。
マルセルの身体はこれから散々痛めつけるつもりだった。骨の髄まで。だから、こんなに綺麗な状態で縛りつけていた。
その小さな顔は、俺から目を背けるように伏せられている。
だから、首に手をかけ、指ですっぱりと切断して斬り落としてやった。
転がるマルセルの首。髪がくしゃくしゃになって、見開いたまぶたを隠した。
首から上のない身体に、すがるように抱きつく。首から噴き出る血のシャワーを、頭からかぶった。
「ようやくだな、マルセル」
俺はお前を殺して愛すと言った。今心からお前に、もう聞こえないだろうけど、ありがとうと言いたい。
少しずつ冷えていくお前の身体。その小さな手指は、もう氷のように冷たくなっている。
「……愛してるぞ」
これからも……。と言おうとしてやめた。マルセルの血肉は、これから腐って朽ちていくだろう。きっと、今日限りで終わりなんだ。
「俺を自由にしてくれて、ありがとう」




