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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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「借りは……返します!」


 言葉とともに、前へと踏み出す。


 加速!

 それも圧倒的加速!


 一瞬で無手のフェルムと、槍使いであるクレイリーの距離は縮まる。

 だからこそクレイリーの舌打ちが響き渡った。


「ちっ、槍使いの懐に飛び込んでくるとは可愛げのない」

「可愛げのない教師に恵まれましたから!」


 一閃!

 そう、言葉とともに突き出されたは掌底。


 まっすぐにクレイリーの顔面に向かい、それは掌は解き放たれた。

 だが槍という武器の欠点を知り尽くした男は迷うことなく大きく後方へと飛び退る。


「ちっとはやるようになったな。だが――」

「逃しません!」


 クレイリーが後ろへと引くことは想定内。

 そう、彼の手にする槍を最大限に活用するには、やはり一定の間合いが必要であることは明らか。


 なればこそフェルムはその距離を消すことを最優先し、更に前方へと加速する。


 距離を消さんとするフェルムと、距離を取らんとするクレイリー。

 その構図は4年前とはまさに真逆。


 そしてたちどころにクレイリーは館の壁へと追い詰められる。


「なるほど……しかし旦那の隠し技まで継承してるとは、よっぽど気に入られていたんだな」

「どうでしょうか。ともあれ、もう逃げ場はありません。チェックメイトです!」


 言葉と同時にフェルムは一気にクレイリーへと迫る。

 二人の間に存在した距離は瞬く間に消失し、そしてフェルムの掌がクレイリーの顎を打ち抜く……はずだった。


 無。

 そう、その空間には何も存在しなかった。


 確信を持って、フェルムは掌底を打ち込んだにも関わらずである。


 もはや逃げ場など無い。

 ましてや壁をすり抜けるなんて不可能。

 そう、絶対に不可能。


 にもかかわらず、彼の掌には何らの感触も得ることはない。

 ただ空を切ったのみ。


 いや、異変はあった。

 それも明確な異変が。


 そう、目の前には一本の棒。

 そして上方には壮年の姿


「なっ!?」

「まだ甘えよ、坊主!」


 一瞬で入れ替わる立場。

 棒高跳びの如き要領で、フェルムの背後に回り込んだクレイリーは、攻守逆転とばかりにフェルムへと体当たりを放つ。


 途端、フェルムは壁へと吹き飛ばされた。


 確信。

 そう、今の一撃が決定打となる確信をクレイリーは抱く。

 しかしながら彼は目を見開く結果と成った。


 そう、ふっとばしたはずのフェルムが、壁を蹴って自らへと飛び込んできたからである。


「何だと!?」


 一瞬で再加速したフェルムは、クレイリーの首へ自らの左腕を巻きつける。

 そしてぐるりと宙を旋回すると、そのまま右腕を振り切ってクレイリーをの背中を地面に叩き落とした。


「改めて、チェックメイトです」


 大地に叩きつけられたクレイリーと、そのまま彼の上に馬乗りとなるフェルム。

 その瞬間、クレイリーは目をつぶると、小さく息を吐きだした。


「まいったよ……あっしの負けだ。まさか魔法なしのてめえに負けるとはな」


 そう口にして、降参だとばかりにクレイリーは両手を軽く広げる。

 すると、そんな彼に向かい、フェルムは手を伸ばした。


「この度は急に失礼しました。ただ貴方とお話しするに当たり、あの方のそばにいても足を引っ張らないという証明が必要。その意味でも、この形が最も適切だと思いまして」

「……まったく人と話をするために襲いかかるとか、教えた人の顔が見てみたいものでやすね」


 そこまで口にしたところで伸ばされた手を取ると、クレイリーはゆっくりと起き上がる。そして苦笑を浮かべるフェルムに向かい、彼は端的に話を切り出した。


「まああっしの所に来るってことは、旦那絡みだろ? で、何が聞きたい」

「……あの人の居場所を」


 真っ直ぐにクレイリーの目を見ながら、フェルムははっきりとそう告げる。

 すると、大きなため息を吐き出し、クレイリーはフェルムを見つめ返した。


「なるほど、だから力を見せるつもりだったってわけか。てめえに教えても大丈夫だと示すために」

「否定はしません。少なくともあの人のアキレス腱とならないことを証明できたと思います。もちろん貴方への借りを返したかったのもありますが」


 ニコリと微笑み、フェルムは堂々とそう言い放つ。

 途端、クレイリーは苦い表情を浮かべ思わず舌打ちをせずには居られなかった。


「ちっ、悪びれずに良く言えたものだ。まあいい……あの人はけじめを付けに行ったはずだ」

「けじめ?」


 思わぬクレイリーの発言に対し、フェルムは戸惑いながらそう問い返す。

 すると、クレイリーは皮肉げに口元をわずかに歪めてみせた。


「てめえがあっしに借りがあったように、あの人にも借りがある国があってな」

「あの人が借り……ですか。西方諸国には、ことごとく貸しだらけのような気もしますけど」

「まあ向かう先が西方諸国ならな」


 あっさりとした口調ながらも、決定的なクレイリーの言葉。

 それを耳にした瞬間、フェルムの脳裏には一つの国家の名が浮かび上がる。


「え……それってまさか」

「ああ、あの人の父親が生まれた地。そして先年の動乱の切っ掛けとなった国……トルメニアだ」




***




 宗教国家トルメニアの首都アンクワット。

 かつては大陸でも有数の強国として知られた彼の地も、先立っての大戦により明らかに陰りを見せつつあった。


 信徒はまだよい。

 しかしながら国家は信徒だけで成り立つにあらず。


 人、物、金……既にありとあらゆるものが失われゆく中で、未だ灯火のごとく象徴で有り続けるはただ一人、総主教ラムール。


 そんな彼は総主教館の最奥で、望まぬ報告を受けることとなっていた。


「ラムール様、以上が現在のアンクワットの現状となります」

「ふむ……それほどまでに減ったか……」


 言葉とともに漏れるため息。

 信徒の前では決して見せることのできぬ曇った彼の表情は、まさに沈痛以外の何物でもなかった。


 そんな彼を前に、報告へと訪れた司教は申し訳無さそうな表情を浮かべつつ恐る恐る言葉を紡ぎ出す。


「ですが……正直、これでもまだ残ったほうかと」

「魔石産出もなく、海洋の主導権を奪われた以上、こうなることは必然。とは言え、あの愚か者たちに付いていくものがこれほど多いとはな」


 どうにか言葉を紡ぎ出し、それだけを述べたところでラムールは再び深い溜め息を吐き出す。


 途端、訪れる沈黙。

 そしてその後に、どこか遠くを見るようにバルコニーの方向へと視線を向けたラムールは、眼前で頭を伏したままの司教に向かい言葉を向けた。


「すまぬ、少し一人にしてくれまいか。これからのことを考えたくてのう」

「わかりました。それでは人払いをしておきます」


 言葉とともに、司教は部屋から立ち去る。

 そうしてその場に残されたラムールは、再びその視線をバルコニーへと向けると、誰も居ないはずの空間に声を向けた。


「さて、そろそろ出て来てはどうかね」

「おや、気づいておられたのですか」


 言葉とともに姿を現すは、黒髪の二人組の男女。

 そんな彼らの姿を認めたラムールは、やや呆れ顔で前に立つ男の方へと声を向けた。


「まあな。ただ初めての訪問に際し窓からの侵入とは、先代に比べ些か行儀に問題があるのではないかな?」

「それは管理者としてでしょうか? それとも修正者としてでしょうか?」

「いずれもだ。ゼス様も、そして君の父親であるアンフィニもマナーと礼儀は欠かさなかったものだ」


 ラムールの口から紡がれた二つの名。

 それを耳にした黒髪の男は、困ったように頭を掻きながら改めて目の前の老人へと一礼する。


「それは失礼。では改めてご挨拶を、今代の調停者にして修正者であるユイ・イスターツです。どうかお見知りおきを」


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