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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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カリブルヌス

「そうですね、単刀直入に言いますと航路図をください。あ、あとお金なんかも頂けると嬉しいですね」

「……正気か、イスターツ。いや、貴公はそういう男だったな」


 顔を合わせるなりすぐさま要求を告げたユイを前にして、フランツ・ウィレンハイム伯は頭を抱えながらそう口にする。

 すると、隣に立つウィルベルト・ノーレンフォーク公に向かいユイは苦笑を浮かべてみせた。


「ノーレンフォーク公、正直に言ったのにどうも反応がいまいちみたいなんだけど、やっぱり正直者は嫌われるみたいだね」

「はは、なるほど。フランツが向こうで振り回されるわけだ」


 ユイの言葉を前に、ウィルベルトは思わず笑い声を上げる。

 途端、謹厳なフランツはすぐさま苦言を呈してみせた。


「笑い話ではないですぞ、ノーレンフォーク公」

「と言われてもな、航路図も金銭も俺の財布から出す問題ではないしな」

「あなたは国の要職にいながらどうして――」

「良いだろう、受けてやろうではないかイスターツ」


 フランツの叱責を遮る形で放たれた言葉。

 それは紛れもなく、この国の最高責任者の口から発せられたものであった。


「よっ、よろしいのですか。女王陛下」

「その男は要求を口にすれど、見返りはまだ告げてきてはいない。詐欺師の如き男ではあるが、残念ながらその男はそのへんのボンクラ貴族とは違う。だからこそ、十分交渉できるだけの材料を有しているはずだ……そうであろう、イスターツ」


 そこまで口にしたところで、オリヴィア女王は値踏みする視線をユイへと向ける。

 それを受けてユイは、苦笑を浮かべながらゆっくりと頭を掻いた。


「はは、ただで頂けるのならそれに越したことはなかったのですけどね。でもまあ多少の譲歩を行うのも大人の振る舞いですか」

「一方的に要求をしておいて、譲歩も何もないとは思うが?」

「確かに。ただお受け頂けた場合、こちらをお渡ししますよ」


 そう口にすると、ユイは持参していた一振りの剣をゆっくりと抜き放つ。

 途端、フランツは驚きのあまり両目を完全に開ききった。


「……カリブルヌス!?」

「なるほど、戦後在り処がわからなくなっていたが、やっぱアンタが持っていたってわけだ」


 フランツほどではないものの、わずかに驚きを見せたウィルベルト。

 一方、動揺隠せなかったフランツは、未だに困惑の表情をそのままにユイへと食って掛かった。


「イスターツどの、カリブルヌスは交渉材料とはならぬ。貴公はそれを我が国から持ち出した時、借りるという表現を行ったはずだ」

「しかも同意も取ることなく紙切れ一枚でな。で、貸したという形ならば、我が国は利子さえもらうのが当然だと思うが」


 フランツに続く形で、オリヴィアはユイに向かいそう告げる。

 すると、ユイは困ったように再び頭を掻く。


「おや、守銭奴の如きがめつさですね。上に立つものはもっと鷹揚としておくべきでは?」

「なに、犯罪者を取り締まることも、上に立つものの大事な使命でな」

「ふむ、それは残念です。まあこれはいずれにせよお渡しするとして、もう一つのこちらではいかがでしょうか?」


 そう口にするとユイは一通の封書を開封し、そばに立つウィルベルトへと手渡す。

 それを手にしたウィルベルトは、その中身を目にして初めて驚きの表情を顕とした。


「なっ……正気か?」

「ええ、もちろんです」


 そう口にすると、ユイはゆっくりと首を縦に振る。

 それを受けて、ウィルベルトは手にした紙をそのまま女王のもとに届けた。


「ほう……うまい手だな、イスターツ。だからこその航路というわけか」

「どういうことでしょうか、女王陛下」


 事態を掴みきれていなかったフランツは、困惑気味にそう問いかける。

 すると、オリヴィアは手にした紙をひらひらと弄びながら、そこに記されていた内容をその口にした。



「レムリアックから算出する魔石の海外販路の全てを、我が国に独占的に提供する……それがこやつが提示した条件だ」


               ***


「うちの女王さんを相手に、あそこまで主導権を握れるやつは初めて見た。いやはや、なかなかいいものを見せてもらったよ」


 自らの職場でもあるサウスハンプス港。

 そこで旅立ちゆく他国の人間を前に、ウィルベルトは楽しげな表情を浮かべながらそう告げる。

 すると、旅立ちを前にした黒髪の男は、柔らかな笑みを返しながら口を開いた。


「それは良かった。私としても、案内を貴方にお願いして正解でした」

「ふふ、しかしあんた程、噂通りの男はなかなかいないな。まさか空手形で航路図を引き出すとは」

「別に空手形と言うわけではありませんよ。もちろん東方に関してはそのとおりですが、西方を含めたそれ以外の各国とは、ブリトニアにお願いすることは事実ですので」

「それを以って、西方の経済システムにブリトニアを引き込む……か。本当に良くできた絵だ」


 わずかに視線を強めながら、ユイの狙いを洞察した男はそう言葉を紡ぎ出す。

 すると、ユイは困ったように頭を掻きながら一つの懸念を口にした。


「そこまでわかっていて、口を出されなかったのですね」

「まあうちの女王さんなら、そこまで計算済みだろうしな。難しいことは俺の領分じゃないさ」

「……なるほど、しかしウィレンハイム伯といい、オリヴィア女王は良い両腕をお持ちのようだ」


 ユイがウィルベルトに向かいそう評したタイミングで、停泊させたままの船の方向から赤髪の男の声が向けられる。


「ユイ、準備ができたよ。そろそろ行くとしようか」

「ではノーレンフォーク公、またいつかお会いしましょう」

「おう、東方から戻ってきたときはこちらに顔を出しな。ブリトニアにあるとっておきの酒を飲ましてやるからよ」


 そう言葉を交わし、両名はそれぞれ別の方向へと歩みだす。

 そして船へとその身を移したユイは、赤髪の男から確認するような問いかけを向けられた。


「しかしユイ、本当に良かったのかい?」

「何がかな?」

「これのことさ」


 そう口にすると、アレックスは腰に備えた剣を顕とする。

 美しく、どこまでも澄み切った曇りなき一振り。

 それは剣に関して何らの美術眼を有さぬものでも、明らかに視線を吸い込ませるほど美しきものであった。


 そしてだからこそ、ユイは苦笑を浮かべながら彼なりの言い訳を口にする。


「はは、大丈夫だよ。彼らには彼らが望むものを渡してきたからね」

「偽物をゆうゆうと渡すのは、流石に僕もどうかと思うけどね」

「偽物ならその通りさ。だけど、私は一言も手にしていた剣をカリブルヌスとは言っていない」


 そこまで口にしたところで、ユイはほんの少し右の口角を吊り上げる。

 それを前にして、アレックスは軽く肩をすくめながら、正直な感想をその口にした。


「今日ばかりは少しだけ彼らの気持ちがわかるよ……君を詐欺師だと思うその気持ちがね」


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