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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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26/30

東方へ

 はるか彼方まで続く広大な海。

 真っ青に染められた色を断ち切るように、一隻の帆船が大海を行く。


「しかし良いんですかい、本当に何も言わず出てきちまって」


 船のデッキで悠々と彼方を見つめる黒髪の男に向かい、クレイリーはどこか呆れたような口調でそう問いかける。

 それに対し問いかけられた黒髪の男は、振り向くこと無くあっさりと言葉を返す。


「元々ここ数年はずっと私はいなかったわけだし、今更席を用意してもらうわけにも行かない。だから別に構わないさ」

「いや、ここ数年は何も大きな問題が起きなかったからだと思いやすがね。少なくとも表向きは」


 まるで他人事であるかのようなユイに対し、クレイリーはたしなめるような口調でそう告げる。

 だがそんな彼の言葉に対し、ユイは何らの感銘を受けた様子も見せなかった。


「はは、まあ別に今の西方に私の席はないからね。せいぜい自由にやらせてもらうさ。ところで、私と違い席があるはずの君がどうしてここにいるのかな、アレックス」

「それはもちろん、勝手気ままな友人にはお目付け役が必要だと誰もが思っているからさ」


 いつものキツネ目をわずかに緩めながら、いつのまにか同行者の中に紛れ込んでいた赤髪の男は当たり前の口調でそう告げる。

 すると、ユイは首を左右に振りながら否定の言葉を口にした


「はぁ、正直君と一緒なら、私のほうがお目付け役の気がするけどね。そうは思わないかい、クラリス王国の陸軍省次官殿」

「ふふ、残念ながらその肩書はエインスくんに預けてきたよ。なので今の僕は、文字通りどこにでもいるただのお目付け役さ」


 軽く肩をすくめながら、何でも無いことのようにアレックスはユイたちに向かいそう告げる。

 すると、クレイリーは途端に頭を抱え、正直な思いを言葉にした。


「預けてきたって……いや、エインス大公は軍務大臣の役職にあられるはずでやすが……」

「うん、そうだね。だからしばらくは兼任してもらうことにしたよ。いつまでも下に先輩がいると、彼自身もやりにくいだろうからね」

「本当に旦那たちはまったく……リュートの旦那の苦労が少しだけわかりやしたよ」


 首を左右に振りながら、信じられないという思いでそう口にするクレイリー。

 しかしそんな彼に向かい、アレックスはさらりと一つの事実を口にした。


「いや、僕にこの船に乗れって最初に提案したのはリュートだったんだけどね」

「えっ……ホントでやすか……」


 この流れの中においては予期せぬ人物名を耳にして、クレイリーは思わず凍りつく。

 しかしながら、そんな彼の心情など預かり知らぬアレックスは、当たり前のことのようにリュートの発言を口にしてみせた。


「うん、最近たるみがちなエインスくんには丁度いい薬だとも言っていたからね」

「はぁ……リュートの旦那もやっぱり旦那達の同類なんでやすね、まったく」


 しみじみとした口調で、クレイリーは彼以上に頭を抱えているだろう王国のナンバー2の若者へと思いを馳せる。

 だがそんな彼の苦悩にも、そしてユイやアレックスたちの軽口にも興味を持たぬ若者は、どこか呆れた様子で彼らに向かい声を向けてきた。


「はしゃいでいるようだが、本当に東方へ行くつもりなのだろうな? 向こうはこちらのような生ぬるい世界ではないわ」

「いやぁ、正直言って私は生ぬるい世界のほうが好きではあるんだけどね。やっぱり今から戻るべきかな」


 険しい表情を浮かべた咲夜の発言に対し、ユイは軽く頭を掻きながらそんな言葉をはして見せる。

 それに対しアレックスは、苦笑を浮かべながら首を左右に振ってみせた。


「別にこのままで良いと思うよ。どうせ君がいる場所は、君にとってぬるま湯さ。他の面々がそうだと思っていなくてもね」

「酷い言いようだね。私はいつだって、熱湯の中に放り込まれている気分だと言うのに」


 両腕を左右に広げながら、ユイはやや不貞腐れ気味にそう口にする。

 そんな変わらぬ両者の様子を前に、咲夜は思わず頬を引きつらせた。


「貴様たちは本当に……あの地の連中は一筋縄ではいかない。それだけは覚えておけ」


 そこまで口にすると、彼女は踵を返して船室へと引きこもってしまう。

 そんな咲夜を見送ったクレイリーは、二人に向けわずかに咎めるような言葉を向けた。


「旦那たち、若い子をいじめるのは程々にしてやってくだせえよ。故郷に帰るからって、かなりナーバスになってやがるみたいですからね」

「はは、今から気を張り詰めていても良いことなんて一つもないさ。どうせすぐ着くわけじゃないし、何より私たちが行うのは彼らとの戦争なんかじゃない」


 苦笑を浮かべながら、ユイはさらりとした口調でそう言ってのける。

 そんな彼の発言に対し、クレイリーは納得したのかため息を吐き出しつつ一つの問いを向けた。


「はぁ、まあこれだけの人数で戦争なんて無茶な話でやすしね。しかしそれじゃあ何をしに行くつもりなんでやすか?」

「そんなの決まっているさ。話し合いだよ、話し合い。もちろんその上で、母の代の火の粉をこっちに飛ばしてきた落とし前はつけさせたいけどね」

「落とし前ねぇ……まあ話し合いでなんとかなるというのなら、いつかのように表立ってカチコミをするよりはマシでしょうが」


 ノバミム自治領へ突然カチコミを掛けた懐かしき日のことを思い出したクレイリーは、わずかにホッとした表情を浮かべながらそう言葉を紡ぎ出す。

 それに対しユイは、わずかに口元を緩めながら右手の指を一本立ててみせた。


「別にそれでもダメじゃないけどね。面倒事は嫌いだし、もし彼らとやり合うなら手は一つさ」

「……それはなんですかい?」


 途端に嫌な予感が彼を襲い、クレイリーは恐る恐るといった口調でそう問いかける。

 それに対しユイは、済ました表情でただ短く言葉を紡ぎ出した。


「もちろん私が一番得意とする、簡単で効果的な方法さ」


 それだけを告げると、ユイはそのまま視線を前方へと向け直す。


「母さんがかつて渡ってきた海を、逆向きに歩む……か。はてさて、母さんを追い出した東方は果たしてどんな場所なんだろうね」


 母との記憶はわずかに苦く、そしてユイの眼前に広がる大海原はどこまでもどこまでも果てしなく蒼く澄み切っていた。


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