頼み
「やあ、お疲れ様」
自軍陣地に用意された指揮官用のテント。
そこへたどり着いたリュートが目にしたものは、自分勝手に姿をくらませていた黒髪の男が優雅に椅子で船を漕ぐ姿であった。
「ふん、いい気なものだな。美味しいところだけ持っていった上に、事後処理を丸投げするとは」
「はは、その手の仕事は宮仕えのときに心身尽きるまでやり尽くしたからね。二度と関わらないようにしているんだ」
軽く肩をすくめながら、ユイは堂々と悪びれることなくそう言ってのける。
それに対しリュートは、眉間にしわを寄せながら不機嫌さを隠すことなく吐き捨てた。
「お前が宮仕えをしていたときに、さんざん尻拭いをさせられた記憶があるんだがな」
「なるほど……だとしたら、なおさら宮仕えに戻らないほうが良さそうだ。不必要に迷惑はかけないほうが良いからね」
両手を軽く広げて見せながら、ユイは一切迷うことなくそう言ってのける。
途端、長い付き合いからこれ以上の議論は精神的に不愉快しか生まぬことを知り尽くしたリュートは、軽い諦めの境地に至るとそのまま話題を切り替えた。
「どの口が言ってるんだ、まったく。ともかくだ、あの東方の女はどうした?」
「捕まえた男の見張りさ。少なくともフートが来るまでは彼女くらいにしか任せられないからね」
そう口にして、ユイは無理やり忍びの監視を咲夜に押し付けて来たことを正当化する。
それに対し、裏事情をすぐに察したリュートは、当然のごとく一つの提案を口にした。
「お前がやれば済む話だと思うが?」
「はは、まあ言うなれば適材適所という奴さ」
苦笑を浮かべながら、リュートによる苦言を聞き流すユイ。
しかし他に人材の当てがないことも事実であり、リュートはやむなく彼の差配を受け入れる。
「ふん、まあ貴様がわざわざ肉体労働をしてまで捕まえたのに、逃げられたりしたら元も子もない……か」
「まあね。もっとも直接対峙したのは私ではないから、彼女に引き継ぐまで責任は持ってもらうというところでもあるかな」
「言い訳はどうでもいい。貴様に問い詰めてもろくな回答が返ってこないことは知っているからな。それよりもだ、今後どうするつもりだ?」
そう、それは彼にとっても最も重要な問いかけ。
究極的にはこの問いかけをなすために今回の戦いがあったとさえリュートには考えられた。
そしてその回答もまた、予期されたものにほかならなかった。
「この地にあまり長居はできない。少なくとも現段階において、私が居続けることが今後はマイナスになりかねないからね」
「……それは迫りくる雑務から逃げたいということか?」
「それも一理……いや、十理くらいはある。でもそれだけじゃないさ」
首を左右に振りながら、苦笑交じりに告げられたユイの言葉。
それに対し、リュートはまっすぐに問いかけを向ける。
「ほう、ならば何が理由だ?」
「現状において、この西方は特定個人が存在することを前提に戦後体制が構築されるべきではないと思っている。それが理由かな」
わずかばかり真剣な表情を浮かべながら、ユイは淡々とした口調でそう述べて見せる。
一方、リュートはここに来て初めて彼の見解を否定はしなかった。
「ふむ……まあ言いたいことは分からなくもない」
「理解頂けて何より。やはり持つべきものは友人だね」
「ふん、諦め慣らされているだけだ。他のやつよりもな」
軽くそっぽを向きながら、吐き捨てるようにそう言い放つリュート。
それに苦笑を浮かべながら、ユイは珍しく彼から自らの考えを切り出した。
「ともあれ、そういうわけでなのでちょっと旅に出てこようと思っている。少なくとも彼らに感づかれるその前にね」
「はぁ……エリーゼ様や皇帝たちが憤慨する未来が目に浮かぶな」
軽く眉間を押さえながら、リュートは想像しうる修羅場を脳裏に浮かべ思わずため息を吐き出す。
それに対し、ユイは悠々とろくでもない言葉を吐き出した。
「はは、そのあたりの対処は君に任せるよ」
「やむを得ない……か。良いだろう、適切に対処はしておく。もちろん諸悪の根源は貴様だと言い添えた上でな」
まっすぐにユイを見つめたまま、リュートは言葉とは裏腹に真剣な表情でそう告げる。
途端、ユイは軽く頭を掻くと、目の前の親友に向かい深々と頭を下げた。
「すまない、君には迷惑をかける。だけど……私につきまとう過去の亡霊と決別が必要そうなんだ。だから行ってこようと思う」
「……例の地か?」
「ああ、色々とつけなければ行けないケリがあるみたいでね。だから行ってくるよ。母さんが産まれた地……東方へ」




