赤き師
「なるほど、これが貴様のやり口か。悪女の息子よ」
崩れ落ちたヤーマンの姿をその目に、自然と周囲を取り囲まれる形となった黒ずくめの男は、わずかに感情を含ませながらそう言葉を吐き出す。
それに対し、ユイは軽く頭を掻きながら言葉を返した。
「ふむ、それに関しては同意せざるを得ないかな。やり口に関しても、そして母さんに対する呼称もね」
「いい加減にしなさい、ユイ。あの方はそんな人ではないわ」
「ああ……いや、それは見解の相違だね」
クレハによる即座の否定に対し、思わず苦笑を浮かべるユイ。
そして彼はそのまま黒ずくめの男へと向き直ると、ゆっくりとその口を開いた。
「まあ母さんのことは置いておくとして、ひとまず降伏してはくれないかな?」
「ふん、三人がかりならば倒せると思い上がったか。だが半人前と、くノ一もどき、そして裏切り者の息子が揃ったところで臆することなど何もない」
クレハ。
咲夜。
そしてユイ。
周囲を囲む三者を順に見回すとともに、黒ずくめの男ははっきりとそう言い切る。
しかしながらその発言に対し、ユイはすぐさま否定の言葉を述べた。
「ああ、いや、そんな事は考えていないさ。それは勘違いだよ」
「ほう、ではまだ策を仕込んでいると? 我の力を甘く見ていないことは評価しよう。しかし貴様ごときの考える策など――」
「いや、そうじゃないんだ。三人がかりで倒せるとは考えていないというのが事実というだけでね」
黒ずくめの男の言葉を遮る形で、ユイは迷うこと無くそう述べる。
途端、黒ずくめの男は口元にはっきりとした笑みを浮かべた。
「ほう、殊勝ではないか」
「そうかな? 私が考えているのは、三人がかりが勘違いというこそさ。君の相手は一人で十分だ」
「なんだと!? 貴様如きが我に勝てると?」
ユイの言葉が発せられるとともに、黒ずくめの男は不本意さを隠すことなく苛立ちの声を上げる。
それに対し、ユイは軽く右手を突き出すと、落ち着けとばかりに再び言葉を紡ぎ出した。
「話は正確に聞いてほしいな。私は肉体労働が嫌いでね。可能な範囲で面倒事は勘弁願いたいところさ。というわけで、戦いたくない私と異なり、君とやり合いたい人間がいるみたいだ」
「死ね、下郎!」
ユイの言葉が述べ終えるとともに、一筋の影が黒ずくめの男を襲う。
振るわれるは一振りの刀。
それをとっさに受け止めた黒ずくめの男は、自らへ攻め込んできた咲夜に対し不快さを顕とした。
「ちっ、半人前が調子に乗りおって」
「乱破が調子に乗るな!」
壱撃。
弐撃。
参撃。
まるで嵐のごとく、絶え間ない剣戟を放つ咲夜。
その圧倒的な手数を前に、初めて黒ずくめの男は動揺を見せる。
「な……何だこれは……なぜ我が押されている……」
「半人前はいつまでも半人前じゃない。もともと剣技は私以上だったし、何より……彼女の師は誰だと思うんだい?」
押され続ける黒ずくめの男に対し、ユイはどこか呆れたような口調でそう言葉を向ける。
途端、黒ずくめの男の中で一つの仮説が浮かび上がる。
そう、今彼に向けられている剣筋は東方のものではなかった。
刀という得物でありながらも、そのいくつかの太刀筋には明らかに異質なものが含まれていた。
彼の知らぬ彼を圧倒する剣筋。
そんなものをこの西方で授け得る存在はただ一人。
「まさか……朱の……」
それが最後の言葉であった。
すべてを紡ぎ終える直前に、彼の後頚部に咲夜の手にする刀の棟が叩き込まれたがゆえに。
「お見事。まさか峰打ちでこの実力差とはね」
「ふん、この程度の男、自分でも軽く相手できただろうに」
「肉体労働は私の性分じゃなくてね……しかしまいったな。ここまで鍛え上げているとは、アレックスに預けたのはやりすぎだったかな」
完全に一撃で意識を刈り取られた黒ずくめの男を見下ろしながら、ユイは苦笑交じりにそう言ってのける。
途端、咲夜は不快さを隠すこと無く、いらだちをそのまま声にした。
「ふん、あの男と日々やり合うという地獄を、預けるなどとよくも言ったものだ」
「はは、それはご愁傷さま。ともかく伊達にアレックスの下で叩き上げられたわけじゃ無さそうだ。頼むからもう二度と、私には斬りかからないでくれよ」
頭を掻きながら軽い口調で述べられたユイのその言葉。
それに対し、咲夜は不機嫌さをそのままに吐き捨てるように言葉を向ける。
「貴様が斬らせてくれるような隙を見せるわけがあるまい。にもかかわらずその物言い……相変わらずだな、このペテン師め」




