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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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命令者

 一瞬。


 そう、それはまさに一瞬のことであった。


 無数の赤き花が咲き、そして無数の茎は崩れ落ちる。

 そしてその場に残されるは、彼を真正面から見つめる自らのみ。


「馬鹿な、貴様は化け物……か」


 ありえない光景だった。

 いや、もちろん噂は彼の耳にも入っていた。


 朱の悪魔。


 西方最強という枕詞とともに伝わる噂は、あまりに異常でどこか現実感を失ったようなものばかりであった。


 曰く、剣士ながらも最強の魔法師殺し。

 曰く、たった一人で帝国辺境軍のクラリス侵入を阻み続けた怪物。

 曰く、たった一人で万をも相手にしうる悪魔。

 曰く、神剣さえあれば神とさえ戦い得る死神。


 そのいずれもが眉唾ものの噂であり、確かに強くはあろうとも些か誇張されたものというのが、プレメンスにとって当然の理解であった。

 しかしながら、そんな考えを彼は今この瞬間に捨て去った。


 そう、瞬きするほどの一瞬で護衛の兵士たちが地面に崩れ落ちたのだから。


「ふふ、残念ながら僕はただの剣。化け物なんて物騒な表現は、この絵を描いた人物に言ってほしいですね」


 化け物と形容された当人は、口元をわずかに歪めながら一切声色を変えることなく淡々とそう告げる。


 恐怖。


 恐怖がその場を支配した。


 だからこそ再びアレックスがその口を開くまで、その空間で音を立てるものは存在しなかった。


「さて降伏していただけますか、プレメンス大司教」

「……断る」


 それはどこかか細く、ギリギリで紡ぎ出されたような言葉だった。

 しかしながら同時に、その短い言葉には男の信念が込められていた。

 だからこそ、アレックスはわずかに驚きの表情を浮かべると、ゆっくりとその口を開く。


「おや、思った以上に腰が据わった方のようですね」

「貴様らのような卑怯なものに我らは降伏できぬ。たとえここで私が敗れようとも、我らの信徒はいつの日か西方の悪魔たちを食い破る。そう、神の名のもとにな」


 それは信念から紡ぎ出された言葉。

 そして普段垣間見えた権力欲などとは無縁の言葉。


 だからこそアレックスはどこか寂しそうに、プレメンスへと言葉を返す。


「ふふ、神の名のもとに……ですか。なるほど、確かにあなた方の行為が本当に信仰からくるものならば、そのあり方は理解できるかも知れませんね。ただ今の貴方たちの決起が、神以外のものにより背を押されたものだとしたらどうでしょうか?」

「は? 何を言っている。我らの決起は神の導きによる崇高なものだ」


 思いがけぬアレックスの発言に、プレメンスは戸惑い苛立ちを見せる。

 だがどこか残念なものを見るように、アレックスは彼へと返答を向けた。


「そうだったら良かったのですが」

「良かったのですが……だと!」


 恐怖を苛立ちが勝っていた。


 もちろん権力欲がなかったわけではない。

 古い凝り固まった教団への反発からおこした決起だったことも事実である。


 しかしながらそれでも、彼は自らの信念をかけてこの戦いに身を投じていたのだ。

 だがそんな彼へと向けられた哀れみの視線に、プレメンスは許しがたい怒りを感じずにはいられなかった。


 だがそんな彼に向かい容赦ない現実は、なんの躊躇もなく突きつけられる。


「ええ、残念に思いますよ。決してあなた方の考え方を肯定するつもりはありませんが、異なる二つの思惑によってあなた方の決起が汚されたことは哀れに思います」

「二つの思惑……何を言っている! 我らの崇高なる決起は――」

「残念ながら事実ですよ、プレメンス大司教」


 それは赤髪の男の後方から突然発せられた言葉だった。

 戸惑いとともにプレメンスはその声の主へと視線を向ける。


 途端、彼は思わずその声を震わせずにはいられなかった。


「なぜ貴方が……ここに……」



***


「クルスターン司教、すぐに戻りますよ!」


 顔色を変えたヤーマン司教は、迷うことなく眼前の男に向かいそう告げる。

 途端、クルスターンは不快そうに即座に拒絶した、


「なんだと、貴様に命じられる理由はない」

「そんな事を言っている場合ではありません! それがわからないのですか?」

「愚か者め、後方に敵などいるはずがない! なにかの間違いに決まっている」


 ヤーマンの発言に対し、クルスターンは大きく首を左右に振りながらそう否定してみせる。

 だがそんな彼に向かい、ヤーマンは苛立ちを覚えつつも重ねて説得を試みた。


「現実に目を向けてください。このまま本陣が壊滅すれば、優位なこの状況は一変しかねません」

「……むむう、しかしここで後退すれば敵の逆襲を招きかねんぞ」

「ですが、このまま挟撃されればそれこそ最悪です」

「やむをえん……か」


 不快さ。

 苛立ち。

 嫉妬。


 様々な感情が渦巻く中、クルスターンはボソリとそれだけをこぼす。

 それを聞き取ったヤーマンは、すぐさま次なる選択を周囲へと下した。


「とにかく構築した陣地まで戻り、後方の敵を追い払えば状況は我らの優位になります。まず今はプレメンス大司教との合流を優先し――」

「た、大変です。たった今、本陣からこのような命令が……」


 一枚の走り書きに近い紙を手にした兵士は、ヤーマンの言葉を遮る形で彼の下へ駆け込んでくる。

 その紙をひったくるような形で目にしたヤーマンは、思わずその両の目を見開いた。


「……停戦命令!?」

「馬鹿な、停戦命令だと! プレメンス大司教は何を考えておられる」


 ヤーマンの発言を耳にしたクルスターンは、理解できないとばかりに声を荒げる。

 しかしヤーマンは首を左右に振ると、そのままその紙面に記された命令者の名前をその口にした。


「違います。これを出したのは……ケティス教皇……です」

「なんだと!? なぜ教皇がこのような指示を出すというのだ!」


 信じられぬとばかりにヤーマンの紙をひったくると、その文面を目にしながらクルスターンは困惑と憤りの声を上げる。

 しかし次の瞬間、想定外の報告が彼らの下へもたらされた。


「敵、突如前進を開始。我らの陣へ突っ込んできます!」


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