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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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未遂

「これがキスレチン共和国……ですか」

 馬車の窓から流れる景色。

 それを見つめながら感嘆の思いで、一人の女声は呟く。


 まだわずかに少女の名残を残してはいる。

 しかしながら凛としたその佇まいは、ある種の成熟した気品を感じさせるものに他ならなかった。 


 そんな彼女の向かい側で、金髪の優男とも言うべき男はわずかに苦笑を浮かべながら一つうなずく。


「エリーゼさまは国外は初めてでしたね。そうです、ここがキスレチン共和国の首都ミラニールです」

「国が違えばこうも違うものなのですね。街も、人も、そして歴史も」


 両国の辿ってきたこれまでの軌跡。

 それへと思いを馳せながらエリーゼはそう述べる。

 すると、向かいに腰掛けるエインスは、やや神妙な面持ちで一つ頷いた。


「だからこそ、どうかお気をつけを。クラリスとは異なり、この国では身分の差が存在しないことになっています。だからこそ他国の王族や貴族に対しては、警戒心や敵愾心を持つものも少なくありませんので」

「わかっています。だからこそあなた方が私が来ることを反対したことも」


 国家元首として初の外遊。

 その選択としてこの地、そしてこの”会議”を選んだことには意味がある。

 しかしながら、時期として現在は決して望ましくないと最も反対を示したのは、現在目の前にいるエインスに他ならなかった。


「あの戦い以降、我が国は平穏を取り戻しつつあります。ですが、この国は違う。一部の暴力的平等主義者がテロ行為を繰り返していると伝え聞きます」

「暴力的平等主義者ですか……」

「力によって真の平等を実現すると謳う過激派とのことです。魔法がなくなった今、真の意味での平等を実現させる好機として活動を活発化させているそうです」


 もともと少なからぬ過激派はキスレチン共和国には存在している。

 だがその大半はもともと魔法師とそれ以外との格差に対してその矛先を向けていた。しかし魔法が存在しなくなった今、経済や地位などありとあらゆるものに対する平等を実現する好機とばかりに、様々な事件を引き起こしている事実はクラリスにまで噂が届いていた。


 ただ共和制国家であり、強硬な弾圧や操作が抑止されているキスレチン共和国では、それらのテロ行為や過激派集団の摘発が遅々として進まぬのも事実であった。


 そしてそんな彼らにとって、これから行われる会議……そう、西方会議はまさに格好の標的に他ならなかった。




***




「ようこそ女王陛下、お待ちいたしておりました」


 西方会議開催を祝して用意された前夜祭。

 その会場内へと足を踏み入れ、突然エリーゼへと声が向けられた。

 声の方向へと視線を向けると、そこには一人の初老の男性が彼女へと笑みを浮かべていた。


「フェリアム大統領ですね。この度はご歓迎ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそエリーゼ女王陛下の初めての外遊に際し、我が国を選んでいただけましたことを誇りに思います」


 そう口にすると、フェリアムは改めて嬉しそうに笑う。

 それに対しエリーゼは、苦笑を浮かべながら小さく頷いた。

 すると、そんな彼女の後ろに控えていた優男が順番にとばかりにフェリアムへと声を向ける。


「お久しぶりです、大統領」

「エインスどの、それにアレックスどのもお越しですか。いやはや、この度の西方会議へのクラリス王国の力の入り具合がわかりますな」


 エリーゼの背後に控えた金髪と赤髪の男をその目にして、フェリアムは思わず唸るような面持ちでそう言葉にする。


「戦いも終わりこれからは外交の時代。このような国際会議の場は重要だと、僕たちも考えていますので」


 西方会議。


 大陸西方の主要国家を中心とし、キスレチンにて定期的に開催されることで合意された国際会議である。


 開催当初の目的は膨張し続けるケルム帝国への牽制。

 しかしながら、前回開催時は西方内におけるクレメア教の侵食により、様々な工作活動が生じたことで、まともに閉会さえままならぬ異常なものとなった。


 結果、八年周期で開催されるはずの西方会議は通常の半分となる四年で開催されるに至る。


「はは、なるほど。いや、たしかにそうかも知れません。しかしクラリスは国を担えるお若い方が多くて羨ましいですな」

「元々いらっしゃった上の方が宿題を残された結果です。あまり誇れるものではありません。それに比べれば、長期に渡りこの国を支えられている大統領の方が素晴らしいと思います」


 フェリアムの言葉に対し、エインスは困った口調でそう答える。

 すると、苦笑を浮かべながらフェリアムはその口を開いた。


「はは、過剰なご評価ですな。それに実際、私が大統領と呼ばれるのも、あと一年もないことですから」

「確か政治からご勇退なされると伺いました」

「ええ、二度も大統領をやれば充分です。国家のために十分に恩返しはしたと判断いたしましたし、この国のこれからは若い者が道を決めるべきでしょう」


 エリーゼの問いかけに対し、フェリアムは真剣な面持ちでそう答える。だがすぐに表情を緩めると、彼はエリーゼの背後に控える二人へとその視線を移した。


「しかしその点ではやはりクラリスはうらやましいですな。ご同行されたエインス殿やアレックス殿など、若い方が実際に国の舵取りをしておられる。しかもこの上なく順調にです」

「いえいえ、まだまだ僕たちなんて学ぶことばかりです。軍務大臣と言う役職も、先任されておられたラインバーグ様の功績をなぞりながら、どうにか担えているようなものですから」

「エインス殿は謙虚であられますな。しかし実に残念だ。あなた方のような者が我が国に生まれておられれば、私ももっと早く政界を引退できていたでしょうに」


 フェリアムは半分本気半分冗談の口調で、エインスに向かいそう言葉を返す。

 だがそれに対し、若きクラリスの軍務大臣は脳裏に浮かぶ一人の戦友のことをその口にした。


「はは、褒められて恐縮ですが貴国にもカロウィンどのなど、未来を託せるお若い方も少なくないじゃないですか」

「カロウィンは確かに優秀な男ですが、すぐに手を抜く悪癖がありますからな」

「どこかで似たような話を聞いたことがあるな。もっともそいつは手を抜くことに悪びれもせぬが」


 それは彼らの側方から放たれた言葉だった。

 自然と会場内の視線は、そこに立つ威厳あふれる壮年へと向けられる。そして同時に、フェリアムの不快そうな言葉もまた向けられることとなった。


「ちっ、呼んでもいないオブザーバーがなんの用だ?」

「これはこれは西方会議の主催者どの。素敵なご挨拶、痛み入りますな。幸いなことに、今回の西方会議の最後を締めくくる協定案の締結。その時より、我が国も正式な一員となる予定ですので、どうかお含み置きを」

 忌々しげな表情を浮かべるフェリアムに対し、そんな彼の表情さえある種のポーズであると理解した壮年男性は、軽く肩をすくめながらそう告げる。


「ふん、すでに票固めは終わったということか。言っておくが、我が国は反対票を投じる」

「やむを得んでしょうな。何しろ貴公にはその実質的な決定権がない。民意などという不確かなものに、右往左往せねばならぬ苦労は測りかねるところです」


 苦笑交じりに彼なりのねぎらいの言葉を吐き出したノインは、皮肉げに口角を吊り上げながらそう述べる。

 途端、会場内の空気がざわついたところで、一人の優男が慌てて話題を転じようとした。


「ところでノイン皇帝、そちらにおられるお方は一体?」

「エインス、また悪い癖が出てるよ」

「いやいや、アレックス先輩。別にそういうつもりじゃ」


 いつもの悪癖と解釈したアレックスに対し、エインスは慌てて首を左右に振る。

 だがそんな彼の発言を受けて、ノインは嬉しそうに軽く笑い声を上げ、自らの背後に立つ女性を一同に紹介してみせた。


「はは、好色で知られるエインス大公のご興味を引けたとは実に重畳。ただ残念ながら、我が妹は先約済みでしてね」

「先約済み……どういうことか教えていただけますか?」


 それは明らかに温度の異なる問いかけであった。

 だからこそ、その意味するところを理解したノインは、声の主に対しどこか挑発気味に言葉を返す。


「おや、これはエリーゼ女王。残念ながら、まだ配偶者のおられない女王にはお分かりいただけないかと思いますが、我が妹には立派な配偶者がおりますので。それを大公に……いや、大陸中の皆さまにお伝えしておくべきかと思いまして」

「そうなのですか。それでその配偶者なるものはどちらに? 私の目には、その配偶者なる存在のお姿が見えませんが」


 間髪入れず言葉を差し挟むエリーゼ。

 途端に、隣接する両国の元首は真正面から互いをにらみあう。


 だがそんな緊張感は一瞬で消し飛ぶことになった。


 なぜならば彼らの鼓膜に突然発生した途方も無い爆発音が響き渡ったが故に。


「な、何事だ!」


 それは悲鳴の如き怒声。

 フェリアムによって放たれたその問いかけに、その場にいる誰もが答えることは出来ない。


 しかし混乱を来し始めたその場に、突然キスレチン共和国の兵士が慌てて駆け込んできた。


「爆発です、会議場が……国際会議場が燃えております!」

「な、なんだと、どういうことだ!」


 苛立ち。

 そして戸惑い。


 様々な感情が綯い交ぜとなる中、フェリアムは事態の解明を求めて兵士へと問いを重ねる。

 すると、報告を行った兵士は青ざめた表情のまま、容易に推察される事態をその口にした。


「わかりません。ただ何らかのテロ行為の可能性があります。今はとにかく各国の皆様の避難を優先すべきかと」


 その兵士の提案。

 それは見るべきところがあった。


 だからこそフェリアムはすぐさま同意を示そうとするも、そのタイミングで新たな兵士が彼のもとへと報告に飛び込んでくる。


「国際会議場内に違法火薬の集積があった模様。おそらく明日の西方会議開催に対するテロの下準備がなされており、それが予定外の爆発をした模様です。現在のところ犠牲者はいないとのこと」

「くっ、連中の仕業か。とにかくだ、今すぐ犯人の特定と――」

「あ、いや犯人と思しき連中の特定は終わっております」


 それは完全に予想外の返答だった。

 だからこそフェリアムは困惑し、目を白黒させながら問い返す。



「は? どういうことだ?」

「それがその……火薬集積しテロを準備した犯人たちはそのすべてが猿轡をされ、会議場の外に並べられているとのこと」

「……お前たちが行ったのか?」

「いえ、爆発が起こった時点ですべての犯人はその状態にあったとのことです。ただ何者が行ったかは……」


 兵士自身も未だ自分が目にした光景が信じられないとばかりに、だんだんその声は弱々しいものとなる。


 無理もなかった。


 テロ行為を計画し、そして爆発物を準備した者たちが拘束されながらも、実際に爆発は発生したのである。

 しかも一人の犠牲者も出すことなく。


「くそ、そういうことか」

「そ、そういうこと?」


 舌打ちとともに紡ぎ出された予期せぬフェリアムの言葉に対し、兵士は戸惑いながら思わず問い返す。


 すると、フェリアムは忌々しさを隠すこと無く、吐き捨てるように言葉を紡ぎ出した。


「こんなことをする奴、一人しかいない。くそ、あいつはまた断りもなく……わが国の法律をなんだと思っているんだ」

「ふん、法律などに縛られて犯罪者をろくに取り締まれぬから、勝手にやったのではないか? いや、もちろん私には誰がこのような偶発的事故を引き起こしたのか、皆目見当はつかぬがな」


 明らかにとある人物を想定しながらも、どこか愉快げな表情でそう嘯く者。それはその人物の盟友を自負するケルム帝国皇帝に他ならない。

 途端、その場に居合わせた金髪の青年は深い溜め息を吐き出すと、疲れたようにつぶやいた。


「まったく……一体何をやってるんですか、先輩」




***




「これでここに潜んでいた連中は全てよ。あの女の情報が確かならね」

「そっか。ご苦労さま、咲夜」


 暗闇の中、わずかに月明かりが照らすはそれぞれ一振りずつ刀を持つ男女。

 その片割れとも言うべき、黒き髪を持つ若き女性は、目の前の壮年をにらみつけると不機嫌そうにその口を開いた。



「ねぎらいの言葉なんていらないから、もう少し貴方も働きなさい」

「はは、私はもう歳だからね」


 黒髪の壮年は苦笑を浮かべながら、ごまかすように頭を掻く。

 すると、苛立ちを強めた女性は吐き捨てるように言葉を紡ぎ出した。


「ちっ、これが宿敵の今の姿とは。もっと邪悪で、もっと真面目な奴だと思っていたわ」

「過分な評価、恐縮だね。ともかくフェリアムさんや他の面々に見つかるとお互いに面倒なことになる。彼らの罪状に要人暗殺未遂も言い訳できない形で追加出来たことだし、そろそろ引き上げ時だね」


 そう口にするなり、黒髪の壮年は踵を返す。

 だがそんな彼に背に向かい、咲夜と呼ばれた女性は一つの疑問をぶつけた。


「しかし本当にあの火薬を爆発させる必要があったの?」

「あると言えばあるような……無いと言えば無いような。ただ少なくとも、これでフェリアムさんも政治的に最後の仕事をしやすくなったはずさ。というわけで、お人好しな私はさっさと退散して一休みするとしよう」


 それだけを口にすると、黒髪の壮年はそのまま振り返ること無くその場をあとにする。

 そうして、一人残された女性は、不機嫌さを隠すこと無く己が身を嘆いた。



「本当に逃げ足ばかり早い。なんで私があんな男のために……くそ、絶対に許さないわ……ユイ・イスターツ」


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