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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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18/30

渡河

「報告致します。敵軍は渡河を開始した模様!」


 息を切らせながら駆け込んできた報告兵の言葉。

 それを耳にした瞬間、その場に居た三名のうちの一名は眉間にシワを寄せ怒号を撒き散らす。


「ヤーマン、やはり奴らは逃げるつもりだったのではないか!」

「逃げるではなく、仕切り直しということでしょう」


 真正面から苛立ちをぶつけられたにもかかわらず、一切表情を変化させることなくヤーマン司祭はそう言ってのける。

 途端、クルスターン司祭は更にその怒りを顕とした。


「同じことだ! 敵は我らの前から立ち去り、そして間も無く橋を落として、長期戦に切り替えるだろう。貴様の陣構えがこの事態を招いたのだ!」

「違いますな。もし仮に彼らのこの行動が陽動では無いとしても、この陣の存在こそが、彼らを転進に追い込んだ……つまりはそういうことです」

「ものはいいようだな、ヤーマン!」


 さらりと言葉を紡ぎ出すヤーマン司祭に対し、今にも詰め寄らんばかりの口調で憤りを示すクルスターン司祭。

 そんな両名を前に小さくため息を吐き出すと、この場における最高責任者はたしなめるように言葉を紡ぎ出した。


「落ち着け、両名とも。今は我らが争っておる場合ではない」

「……失礼いたしました」


 上位者たるプレメンス大司祭の言葉に、クルスターンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも、渋々一歩引き下がる。

 一方、最初から彼の苦言など気にする風もないヤーマンは、何事もないような素振りのまま一つの提案を口にした。


「ともあれ敵が行動を実行に移した以上、我らも準備を開始すべきでしょう」

「敵の半数が橋を渡河すれば、その後背を撃つ……か」


 事前に確認しておいた対処法。

 それを耳にしたプレメンスは、確認するように両名の前で口にする。

 しかしその提案がヤーマンのものであったことに不満を持つ男は、あからさまに批判的な口調で懸念事項を吐き捨てた。


「ふん、慎重も度が過ぎれば好機を失う。一部の敵を取り逃がすことになるのは、気に食わんな」

「それもまた一理あるでしょうが、大半が渡河中となれば、彼らは混乱を起こす上に数的な有意差さえ彼らは失う。より理にかなった選択であることはすでに同意頂けたはずと思いましたが?」


 どこか小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ヤーマンはクルスターンに向かいそう告げる。

 途端、クルスターンが激昂しかけるも、それを制するようにプレメンスが決断の言葉を挟んだ。



「ヤーマン司祭。君に先鋒部隊を預ける。早速行動を開始してくれたまえ」

「プレメンス大司教!」


 依然として納得の行かぬクルスターンは、上位者の名を口にして再考を求める。

 しかしながら彼の隣に立つ男は、敢えて見せつけるかのようにプレメンスに対し優美に一礼してみせた。



「了解いたしました。それでは失礼させて頂きます」



***


「おい、本当にお前がここで良いのか」


 黒色の鎧にその身を包み戦場の緊張感を漂わせた男は、未だ普段と変わらぬ身なりの黒髪の男に向かいそう問いかける。

 すると、黒髪の男は軽くあくびをしながら愚問だとばかりに苦笑を浮かべてみせた。


「逆に他の誰が殿を担えると思うんだい?」

「俺でも、カロウィンでも、なんならカイラ国王でも良い」

「他の面々はともかく、君はダメだよ。帝国軍の大半は別作戦に従事してもらっているんだ。最後尾を任せるわけには行かないさ」


 首を左右に振りながら、黒髪の男はノインに向かいそう告げる。

 だがノインはそれで折れることなく、改めて目の前の男に向かい苦言を呈してみせた。


「それはそうだが……ともかくだ全軍の指揮官が危険に身を晒す必要はないだろうに」

「そんな各国に最重要人物を危険に晒すことなんて出来ないさ。万が一を考えるとなおさらね」


 軽く肩をすくめながら、ユイはノインに向かいそう告げる。

 すると、ノインはすぐさま険しい表情となり、目の前の男に向かい真っ直ぐに言葉を向けた。


「その認識の甘さ……お前は本当に自分の重要さを考えるべきだな」

「はは、いや、多少は認識してはいるさ。そしてだからこその配置でもある」


 いつもの緩やかな表情は変わらぬ者の、どこか有無を言わせぬ口調で発せられたその言葉。

 それを前に、ノインは形容し難い引っ掛かりを覚えた。


「……つまり自分が餌である事が重要ということか。しかし連中のような狂信者にとって見れば、わざわざお前でなくとも――」

「違うよ、そうじゃない。餌は私でないとダメなこともある」


 ノインの言葉を遮る形で、ユイははっきりとそう告げる。

 それに対し、ノインは真剣な面持ちでそのまま問いかけた。



「……どういうことだ?」

「狂信者は真に狂信者であるだけなのかということさ……ともあれ、もう賽は振られた。今更配置換えできない以上、あとは結果に期待して欲しいところかな」

「お前は相変わらず……リュート殿、すまないがそいつのことを頼む」


 本人への説得を諦めたノインは、その視線をユイの背後に立つ男へと向けてそう告げる。


 大陸最大国家の頂点に立つ男の依頼。

 それを前に、銀髪の男はわずかに驚きを見せるも、すぐにいつもの表情を浮かべ直し首を縦に振ってみせた。


「ああ、任せてくれ皇帝どの。こいつのお守りはいつものことだ」

「まるで人をダメな子供みたい言うのはやめてくれないかな。これでももう三十四になったんだ。人生の半分を過ぎてるわけだから、もう少し敬意を持って接してほしいところだね」


 二人の会話を前にして、ユイはどこか不満そうに頬を膨らませながらそう告げる。

 だがそんな彼に対し、最長の付き合いを誇る赤髪の男は軽くあしらうようにして言葉を抜き放った。



「敬意が欲しいなら、敬意を持たれるように振る舞うんだな。ともかく時間のようだ。皇帝殿は渡河を開始してくれ」

「……わかった。頼んだ、リュート殿」


 軽く頭を下げ、そのまま帝国軍の元へと歩み去るノイン。

 そんな彼を見送ったユイは、わずかに不満そうな口調で独り言を紡ぎ出す。


「まったくどうして私よりリュートを信頼するかな」

「前科の違いだ。それも無数のな……ともかくだ、さっさと支度しろ指揮官」


 明らかに欠片の敬意も見当たらぬ口調で、リュートはこの西方軍の総指揮官に向かいそう告げる。

 すると、ユイは軽く頭を掻き、どこか不満そうに愚痴をこぼした。


「はぁ、私が全権を持つ総指揮官なんだけどね。ともかく全軍逃亡の準備を。彼らが動き次第、できる限り慌てて橋へと駆け込む……事前の予定通りにね」

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