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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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17/30

誘い

「敵が逃げ準備をしている……どういうことです?」

 それは完全に予想外の報告。

 ヤーマンは思わず眉間にシワを寄せると、眼前の報告者をにらみつける。

 だが報告のために彼の指揮テントを訪れた兵士は、緊張気味にさらなる詳細をその口にした。


「はっ、はい……それがその、連中は陣の後方で何やら工事を行なっているらしく、それを夜闇に紛れ調べに向かわせたところ、橋を作っているとのこと」

「……橋?」


 わずかに不快気な表情を浮かべたヤーマンは、まっすぐに眼前の兵士を見つめながらそう言葉を吐き出す。

 しかしそんな彼に向かい、眼前の兵士は彼がこの場へとやってきた理由を述べてみせた。



「はい。ですので、この敵の動きに関しプレメンス大司教達が閣下の見解を聞きたいと……」

「……いいでしょう。わかりました」


 ヤーマンは一瞬で困惑で浮かんだ自らの表情変化をかき消すと、求められるままにプレメンスの待つ中央テントへと足を向ける。

 するとそこには、どこか喜色を浮かべるクルスターン司教の姿もあった。


「報告は受けたか、ヤーマン司教?」

「はっ、敵が自らの後方に橋を作っているとのことですね。で、それがどうかされましたでしょうか?」


 プレメンスの問いかけに対し、ヤーマンはいつもと変わらぬ口調で淡々とそう告げる。

 途端、待っていたとばかりにクルスターンがヤーマンへと言葉を向けた。


「どうかされましたかだと!? お前の策が無駄となったのだ。どう責任を取るつもりだ、ヤーマン!」

「……無駄? おっしゃる意味がわかりませんね、クルスターン司教」


 わざとらしく軽く小首をかしげながら、ヤーマンはそう問い直す。

 明らかに挑発的とわかるその仕草。

 だがそれをそのままに受け取ったクルスターンは、怒りのままにヤーマンへと言葉を叩きつけた。


「お前が作ったこの陣地が無駄になったと言っているのだ。資材もただではなく、兵士たちはただ疲労したのみ。まったく余計な提案をしてくれたものだな」

「繰り返すようですが、意味がわかりませんね。敵が橋を作ったらこの陣地が無駄となるのですか? なんら被害にあったというわけでもないのに」


 いつもと変わらぬ涼しい顔で、ヤーマンはクルスターンに向かいそう告げる。

 すると、クルスターンはますます感情を高ぶらせて、声を荒げてみせた。


「役に立たなかったことは事実だ!」

「いえ、逆だと思いますよ。この陣地を組み上げたからこそ、敵は撤退を視野に入れた。つまり戦わずして敵を引かせたのです。これは実質的勝利だと思いますが」

「ヤーマン、詭弁を口に――」

「そこまでだ、ふたりとも」


 クルスターンの発言を遮るように発せられた言葉。

 それは最初の問いかけ以来、一切の沈黙を保っていたプレメンス大司教によるものであった。



「ここは戦場であり、敵は何らかの行動を開始している。なればこそ、今は争っている場合ではない……違うか?」

「いえ、おっしゃるとおりです」


 プレメンスの問いかけに対し、クルスターンはすぐさま頭を下げる。

 すると、その反応に一つうなずいたプレメンスは、両名に向かい言葉を向けた。


「それで、この敵の動きをどう見るかね?」

「おそらくですが、撤退のためではなく長期戦を考えているやもしれません」

「長期戦……か」


 クルスターンの回答に対し、興味深そうに言葉を向けるプレメンス。

 途端、クルスターンは意気揚々と自説を語り始めた。


「そうです。背水の陣を前にして、我らは自陣を固める選択をした。結果、ある意味において我々はこの地にこもる形となり身動きが取れなくなった。つまり彼らは背水の陣を取ることで我々の行動を縛ったと言えるでしょう」

「ふむ、なるほど。そういう考え方もあるな。しかし我々の行動を縛ったことと、司教が述べた長期戦は関係ないように見えるが」

「いえ、関係はあります。お互いが相手を攻め込まぬならば、戦いは長引くこととなります。そうなれば物を言うのは補給です」

「確かに……一理あるな。補給の観点ならば我々は些か不利ではあるか」


 背後に広大な穀倉地と、各国の共同支援が期待できる西方連合軍。

 それに対し、クロスベニア連合の穀物を収奪して補給となす正統クレメア教軍。


 もちろん銃という名の圧倒的兵器はあれども、時間経過とともに自軍が不利となることはプレメンスでも容易に想像がついた。


「その通りです。おそらく敵は我々が陣地を固めたことを見て、橋を建設して渡河し、川向うに再布陣し直すつもりでしょう。その方が守りやすいことは間違いありませんからな」

「なるほど……となれば、我々が陣から出ぬと思いこんでる彼らを強襲すべきかもしれんな」


 クルスターンの見解に一理あると考えたプレメンスは、一つうなずくとともにそんな作戦を口にする。

 しかしその瞬間、彼を再考させるかのようにヤーマンが言葉を挟んだ。


「いえ、プレメンス大司教、それこそが彼らの狙いかもしれません」

「どういうことかねヤーマン司教」


 自らの考えを否定された不快さをわずかに顔に出しつつも、プレメンスはすぐさまその理由をヤーマンへと求める。


「橋を作れば、彼らが渡河し再布陣すると考えるのは常識。そこに異論はありません。ですが、そう思わせることが奴等の真の狙いだとすれば、話は大きく変わってきます」

「ヤーマン、またそのような戯れごとを!」

「戯れなどではありませんよ。なぜならば彼らには魔法も銃もないのですから」


 言葉を挟んできたクルスターンに対し、ヤーマンは淡々とした口調でそう告げる。

 すると、プレメンスが興味深そうにヤーマンへと先を促した。


「ふむ、続けてもらえるかな」

「はい。彼らは一度渡河してしまえば、再びこちらへと攻め込む際、渡河をしなければならない。その際に、魔法を持たぬ彼らは我らの銃の的に過ぎません」

「つまり彼らの再布陣はメリットだけではないということか」


 納得したように頷きながら、プレメンスはヤーマンへとそう告げる。

 それに対し、ヤーマンは大きく一つうなずき、更に言葉を続けてみせた。


「その通りです。彼らとしては、数的優位を生かして戦いたい。しかし渡河してしまえば、その優位性は失われます。何しろ大人数で攻めかかり私達を圧殺するといったたぐいの行動が取れなくなるのですから」

「確かに一理ある……しかし長期戦を選択するならば、補給差の方が優先と考えるべきだ。時間は我々の味方とは言えんのだからな」

「いえ、時間は我々の味方でもありますよ、クルスターン司教」


 クルスターンの挟んだ疑念に対し、ヤーマンはあっさりとした口調でそう告げる。

 途端、二人がやり合う未来が見えたプレメンスは、すぐさまヤーマンへの言葉を滑り込ませた。


「ほう、それはどうしてだね」

「彼らは西方連合軍……そしてそのお歴々は各国有数の将帥や首脳が勢揃いです。その面々をそうそう長時間この地に足止めはできぬことでしょう」

「ならば、時間的制約のない将帥に入れ替えればいい」

「あのような大規模な混成軍を二線級の指揮官で御せると?」

「それは……」


 自らの問いかけた言葉でありながらも、正論とも呼ぶべき返答を前に思わずクルスターンは言葉をつまらせる。

 それを確認したヤーマンは、改めて彼なりの見解を口にした。


「冷静に考えれば、橋を作るならば最初に渡河する前に行うべきでした。そうすれば背水の陣など不要だったのですから。にもかかわらずなぜ連中はあのような陣構えを行ったか……答えはあれが擬態だからでしょう」

「渡河し、背水の陣を敷き、更に橋を作る。全ては我らを攻め込ませるための策だと言うのだな」

「その通りです」


 プレメンスの確認の問いかけに対し、ヤーマンはあっさりとそう答える。

 途端、プレメンスは苦い表情を浮かべ現状を嘆いてみせた。


「しかしそうなると、我らはお手上げだな。敵の誘いに乗らなければ、橋を渡った彼らと河を挟んで延々向かい合うのみだ。結果的に、彼らも軍の維持に苦労するだろうが、我らはジリ貧となる」

「やはり攻め込むしか無いのではないか? もちろん罠の可能性を踏まえながらな」


 それはどこか苦い表情で発せられた。クルスターンの言葉だった。

 彼としてもヤーマンの見解を認めることに不快な気持ちは存在する。しかしながらそれ以上に、神を正しく信仰せぬ異教徒共にはより大きな不快が存在した。

 そしてだからこそ、彼は極めて冷静な判断として、その提案を持ちかける。

 一方、そんな彼の提案に対し、ヤーマンはしぶしぶといった表情で一つの補足案を持ちかけた。


「……ならばプレメンス大司教、ここは敵の動きを確認してから動く形で如何でしょうか?」

「確認してから動く? どういうことかね」

「連中が橋を使って川を渡り始めれば、その背後に隙が生まれます。その状況であれば殲滅はできないでしょうが、比較的安全に敵に多少の損害を与えることができるでしょう。なぜならば、我々には銃があるのですから」


 慌てて敵が反転して来ようとも、銃撃で攻めていれば十分な距離を持って撤退できる。その事実を考慮に入れ、ヤーマンは妥協案を提案した。

 すると、プレメンスは納得したように二度三度うなずいてみせる。


「そしてもし連中が橋を作ろうとも動かぬなら、陣地化したこの地で待つ……か。ただ膠着し続けるよりは、悪くは無いと思えるな」

「安全のために、敵の一定数が撤退した段階で攻め込むと決めてしまう形としましょう。その状況ならむしろ数的優位さえ我々にあります。殲滅を目的としない戦いならば十分に有効な策となりえるかと考えます」



***



「おい、本当に放置して良かったのか?」

「何がだい、皇帝殿」


 突然向けられた声に、黒髪の男は頭を掻きながらそう問い返す。


「もちろん昨夜忍び込んできた連中の手のものだ」

「ああ、彼らか。いや、助かったと思っていたところでね」


 苦笑を浮かべながら発せられたユイの言葉。

 それに対し、ノインは目を丸くしながら問い返す。


「助かった? ……どういうことだ」

「彼らに橋を作っていることをどう伝えるかは悩んでいてね。流石にこちらから大声で橋を作ってますと伝えるわけにもいかないからね」


 そう口にすると、ユイは軽く肩をすくめてみせる。そしてそのまま彼はノインに向かい言葉を続けた。


「いや、そのうち内情視察に兵を送り込んでくるとは思っていたのだけど、なかなか来なくてむしろ困っていたところさ」

「……だからあえて泳がしたと?」

「ああ、こちらの動きを勘付かせるのも匙加減が必要さ。彼らが苦労して掴んだくらいが望ましいところだと思っていた。そのいみではちょうどよい塩梅さ」


 ユイはわずかに苦笑を浮かべながら、あっさりとした口調でそう言ってのける。

 すると、ノインは額を軽く押さえると呆れたように言葉を紡ぎ出した。


「まったくお前というやつは……」

「ノイン、狼煙を上げる準備をしてくれるかな」


 眼前の皇帝の心情を知ってか知らずか、ユイは畳み掛けるようにそんな依頼を口にする。

 途端、ノインの表情は引き締まると、目の前の男へと視線を向け直した。


「……ということは?」

「ああ、そろそろ始めるとしよう。この西方における最後の戦いをね」


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