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やる気なし英雄譚 ラストレイバー  作者: 津田彷徨


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14/30

皇帝と自由人


「陛下、例の方がお見えになられました」


 ミラニールに用意された帝国大使館。

 その執務室において、首席秘書官たる若き青年は皇帝に対し深々と頭を下げながらそう告げる。


「ランス、ご苦労。しかし思ったより早かったな」

「いえ、時間通りではないかと愚考致しますが」


 思いがけぬ皇帝の言葉に、ランスと呼ばれた若き青年秘書官は戸惑い気味の口調でそう口にする。

 だがそんな彼の発言を、皇帝は軽く笑ってみせた。


「はは、まあな。だがあいつは、人を待たすのが得意な奴だ。むしろこの時間に来たとなれば早い方と言えるだろうな」

「おやおや、結構な物言いだね」


 部屋の入口から、突然向けられた声。

 それを耳にした皇帝は、呆れたように溜め息を吐き出すとその声の主に向かい苦言を呈した。


「おい。呼ばれもしないのに勝手に入ってくる奴がいるか」

「申し訳ないけど、時間がないものでね。取り次ぎの方の仕事を減らすことに協力したと思ってもらえたらありがたいかな」


 いつのまにか勝手に侵入してきた黒髪の男は、全く悪びれた風も見せずにそう言ってのける。

 途端、若き青年秘書官は驚きと戸惑いを覚える。そしてすぐさま皇帝の雷が落ちることを予期した。


 そう、偉大なる現皇帝ノイン・フォン・ケルムは先代以上に厳格なこと知られている。

 少なくともランスが知る限り、このような無作法な振る舞いを行う人物を目の当たりにすれば、例え自国のものでなかろうとも即座に叱責し排除される事が通例であった。


 しかしながらそんな彼の予想は完全に外れることとなる。

 そう、あれほど謹厳な皇帝が、ただ苦笑を浮かべるだけで目の前の無作法な男を受け入れたからである。


「まったくお前は……まあいい。そこのソファーにでも掛けてくれ」

「そうさせてもらうよ。ところで、今回の呼び出しはどういうことかな?」


 まったく遠慮を見せることなく、疲れたように深々とソファーへと腰掛けた黒髪の男は、すぐさま一つの問いを皇帝へと向ける。

 するとノインは、彼に向かいまっすぐ視線を向けた。


「明日開催される軍事会議を前に、少しばかり俺とお前で話を詰めておいた方が良いと思ってな」

「事前交渉は感心しないな。少なくとも帝国には他国と同じだけの負担は担ってもらうよ」

「それは当然だ。しかしながらこれだけ多国籍軍となれば、ある程度有力者に話を通しておいた方がスムーズに事が運ぶのは自明の理だ。そのほうが色々と都合がいいだろう? 少なくとも俺にとってもお前にとってもな」


 軽く苦笑を浮かべながら、ノインはユイに向かいそう告げる。

 途端、ユイは小さく息を吐きだすと少し呆れ気味に言葉を吐き出した。


「そういうところが、大国主義と言われる所以じゃないかな。まあ小さな独立領主には関係ない話だけどね」

「ふむ、もし小さな独立領主が不満なら、いつでも俺の席を空けてやるぞ。もしお前が望むならな」

「へ、陛下!」


 あまりにも予期せぬ発言故に、思わずランスは言葉を差し挟む。

 すると、ユイもそんな彼に続くように、たしなめるように言葉を紡ぎ出した。


「あまり若い子を心配させるものじゃないよ。というか、私の返事をわかっておいて、その提案は無意味だと思うけど」

「ふん、無欲な奴め」

「どうかな。四六時中、誰かに見られることになる皇帝なんてとてもやっていられないさ。私に言わせてみれば、皇帝と囚人との間にどんな違いがあるのかわからないところだね」

「皇帝を前にして囚人と比較するとか、本当にお前は……」


 もはや二人の会話について行くことを断念し心を無にしたランスを横目にしつつ、ノインは呆れ気味にそう言葉を返す。

 すると、ユイは小さくため息を吐き出しながら軽く肩をすくめてみせた。


「ともかくだ、そろそろ本題に入ってもらえないかな。あまり時間がなくてね」

「ああ、わかってる。というか、お前の方こそ本当に状況を理解しているのか?」

「まあ大方は……ね」


 丁寧にまとめられたある教授からの報告書を受け、ユイは軽く頭を掻きながらそう言葉を返す。

 途端、ノインは一つうなずくとともに現状を口にした。


「ならば話は早い。連中は順調に北に向かい進軍しているそうだ。遠からぬうちにミラニールの国境に姿を現すだろうな」

「ふむ、海路で戻ってきて正解だったみたいだね。しかしなるほど、予想以上に動きが早そうだ」

「信仰のための行動だからな。これだから宗教軍というものは好きになれん」

「指揮をとる者にとっては、実に便利だろうけどね。少なくとも宗教と言うものはさ」


 どこか遠い目をしながら、ユイはノインに向かいそう告げる。

 それに対しノインは、思いがけぬ提案を彼へと向けた。


「ならばお前が教祖となって、新しい宗教でも開いてみるか? 実際、神の代理人のさらに代理人にはなったそうじゃないか」

「新しい宗教の教祖? ……勘弁してくれないかな。それはたぶん皇帝よりひどい仕事だよ」

「おい……お前は皇帝をなんだと思っているんだ、まったく」


 あまりにも皇帝をないがしろにするユイに対し、どこか呆れた口調でそう告げるノイン。

 それに対し、もはや興味を失ったユイは、あっさりと話を本題に戻した。


「ともかく、それだけ順調に攻め込んできているとなると、いささか厄介ではあるね」

「ああ、連中の士気は高い。それに比べて残念ながら我々は混成軍であり、大半は自国領土を守るための戦いではない」

「少なくともどの軍も他国よりは被害を少なくしたいってとこか。まあしかたなくはあるだろうけどね」

「あたらずとも遠からずといったところだな。正直作戦を考えるのが嫌になる」

「だから私に考えさせると?」


 ノインの物言いを受けて、ユイは端的にそう問いかける。

 すると、ノインはバッサリとその問いかけを切り捨てた。


「指揮を取ると言ったのお前だろ」

「まあそれはそうだね。ともかく政治的要請を考えれば、ロセンドラス川が防衛ラインかな」


 キスレチンの国境となる河川の名を口にして、ユイは確認するようにそう問いかける。

 途端、ノインはすぐに首を縦に振ってみせた。


「ああ、少なくともキスレチンはそれ以上の被害を許容し得ないだろう。次の選挙にも影響するだろうしな」

「となると、国境線を挟む攻防となる。いや、少なくともこの国の人達ははそう考えているだろうね」

「お前は違うのか?」

「いや、別に私の土地じゃないし」


 まっすぐ向けられた問いかけに対し、ユイは全く悪びれることなくそう言ってのける。

 そんな思わぬ言葉に、ノインは珍しくこの国の代表を気の毒に感じた。



「……大統領に聞かせてやりたいな今の素敵な言葉は」

「別に構わないさ。既に彼も諦めているだろうし」

「これだからある意味において、政治的に無敵の人間は困る」


 呆れたような口調でそう告げると、ノインは思わず頭を振る。

 一方、ユイは何でも無いことのように話を先に進めようとした。


「吹けば飛ぶような小国の人間は自由なものさ。ともかく選択肢はいくつかあるけど、私ならば国境線の向こうに陣地を作りたいところかな」

「国境線の向こう? つまりロセンドラス川を越えた場所で待ち構えると言うわけか。この国への配慮としても申し分ない上に、背水の陣となるな」


 ユイの献策を受け、ノインは手元に用意した地図へと視線を落とすと、すぐさまその思考を働かせる。そして十分に有効な判断とみなした彼は、改めてその口を開いた。


「確かに悪い策ではない。誰しも後がないと思えば、いかに混成軍でも前に進むしかない……か。考えたものだな」

「いや、そんなことをするつもりはないよ」

「なんだと!? じゃあ何故川の向こうに陣地を築く?」


 予想外のユイの回答に、ノインは思わず眉間にシワを寄せる。

 するとそんな彼に向かい、ユイは更に想定外の提案をその口にした。


「それが必要だからさ。むしろ容易にキスレチンに渡れるように仮設でもいいから橋を増やしたいところかな」

「どういうことだ? 橋を挟んでの攻防となれば、銃を持たぬ我々は不利となるぞ。ましてや橋を増やせば、彼らが勢いづいて攻め込んできかねん」

「うん、そうだね」


 あまりにあっさりしたユイの返答。

 それを受けて、思わずノインは戸惑いを顕にする。


「そうだねって……お前」

「確かに、彼らの持つ銃は厄介な存在さ。だけどあの銃という存在は完全無欠のものではない。何しろアレを作ったのは……いや、今はそれはいいか」


 懐かしい男の顔がユイの脳裏に浮かぶも、彼はすぐに頭を振って消し去る。そしてそのまま彼は、ノインに向かいはっきりと自らの思いを告げた。


「銃は魔法の代わりにはならない。その点をせいぜい有効に使わせてもらうとしよう。そう、真の意味で銃は決して魔法にかわり得ないということを見せつける為にも……ね」


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