表舞台
「ではトルメニアは国家として、今回の西方軍遠征に参加なされると?」
「正しくもあり、間違いでもあります。その認識は」
会議室に姿を現した老人。
その人物を前にして、ノインはどこかはぐらかされたかのような回答に対し軽く肩をすくめてみせる。
「ふむ、となれば具体的にどうされるおつもりですかな。言葉遊びにこられたのではないと思いたいところですが」
「いつも説話が長いとよく言われはしますな。ですが、仰る通り言葉遊びが目的ではありません。目的はあくまで我らが信徒の安寧と平穏でしてな」
並みのものならば言葉さえ詰まらせるノインの視線。
それを真正面から受け止めながらも、ラムールは一切怯むことなく堂々とそう言い切る。
途端、フェリアムが横から呆れた口調で言葉を挟んだ。
「都合がいい物言いですな。あなた方の信徒がクーデターを引き起こしたというのに」
「否定は致しません。ですが、彼らは信徒にあって信徒にあらず」
「ほう……それは邪魔となった彼らを切り捨てたということですかな」
長年、クレメア教と政治においても戦争においても戦い続けてきたフェリアムは、そのあまりに都合が良い回答に対し吐き捨てるようにそう問いかける。
だがそんな彼に対し、ラムールは懐から一通の書状を取り出してながら、苦笑を浮かべてみせた。
「切り捨てた……ですか。事実関係を逆転すれば、その論理も成り立つかもしれませんな。まあこれを見て貰えば、わかる話かと思いますが」
言葉と共に、ラムールは室内に控えていたフェリアムの秘書へと取り出した書状を手渡す。
そして秘書を介しその書状を受け取ったフェリアムは、その文面を見るなり大きく目を見開いた。
「これは……破門書!?」
そう、そこに記されているは破門の通告。
ただし差出人と破門対象者は、彼が想定している人物名をまさに逆としたものであった。
「そうです。ケティスからの我々への通告ですよ。どうやら、我らクレメア教徒は、彼らにとって決して許し難い存在のようです」
「そんなことがあり得るのか。偽造したものではないのか?」
ノインの懸念は当然のものだった。
彼にしてみれば、ラムールがケティスを破門にすることはあれども、その逆はあり得ない。そしてそれはこの空間に居合わせた誰もの共通認識でもあった。
だからこそ彼が偽造を疑うのも当然であると言えただろう。
しかしながら、それを否定する声は思わぬ人物の口から発せられた。
「……本物だな」
「なんだと、フェリアムどの。そんな馬鹿げた書状が本物だと?」
予期せぬフェリアムの発言に、ノインは思わず戸惑いの声を上げる。
しかしながらフェリアムは首を縦に振ると、忌々しげな表情のまま自らの発言を肯定した。
「ああ、これでもあの男とは長い付き合いでな。その文体と筆跡の特徴は私も理解している。おそらく目の前の老人よりもはるかにな」
「むぅ……では本当にそんな馬鹿げた書状を奴は総主教に送ったというのか。しかし……」
理解できない。
それがノインの正直な感想であった。
だがそんな彼に向かい、ラムールはこの事実が当然の事のように言葉を紡ぎ出していく。
「私は破門されるにふさわしき存在。いえ、より正確に言えばトルメニアに残りし信徒は皆、彼らにとって背信者。それ故、破門の対象となるということなのでしょう」
「しかしおもしろき話ですな、総主教どの。彼らが破門ではなく、貴公らが破門とは。つまりこの一事により、貴公らは彼らと無関係と主張するわけですか。その意味では、貴公らに対し些か都合が良すぎる文面と思えますが」
ラムールに対し、フェリアムは真っ直ぐに向けるべき疑念を口にする。
だがラムールはそんな彼の言葉に対し、思いがけぬことを言ってみせた。
「そうですな。ですが、いずれにせよ私はこの話を受けようと思っておるのです」
「は? 今、なんと言われましたかな、総主教どの」
思わず聞き返すフェリアム。
しかしそんな彼に向かい、フェリアムは何らの躊躇を見せることなく言葉を紡ぎ出す。
「我らは彼らにより破門される。そう口にしました」
「……正気ですか? そんな馬鹿げた話、聞いたこともない」
「ええ、たった一名を除き、この話をしたものはおりませんからな」
フェリアムがそう言い放った瞬間、ノインは脳裏に一人の男の影が浮かび上がる。
「たった一名……まさか」
「彼のほうが先にトルメニアをたったのですがな。寄り道を成されている関係上、私が先についた。そういうことです」
「やはりあいつはトルメニアに……しかし寄り道だと。それは一体?」
「彼の下さ」
それは会議室の入り口の方向から向けられた言葉。
同時に会議室内のすべてのものの視線は、その人物へと向けられる。
そして唯一彼の存在に動揺を見せなかった老人は、口火を切るかのようにその男へと言葉を向けた。
「おや、もうあやつとの話は終わられたのですかな、英雄どの?」
「ええ、あなたにもよろしく伝えるよう言われました」
「そうですか。しかしその話ぶりですと、まだ彼の頭と胴は繋がっているようですな」
苦笑を浮かべるラムールに対し、どこか申し訳無さそうに頭を掻く黒髪の男。
すると、そんな黒髪の男に向かい、フェリアムが慌てて声を向ける。
「待て、待ってくれ。アイン、お前は何をしていたのだ?」
「何をと言われますと、いや、少しばかりケティスさんを暗殺しようと動いていただけの話です」
「暗殺!?」
予想もしなかった黒髪の男の言葉に、フェリアムも、そしてそれ以外の者たちも戸惑いを隠すことができない。
だがそんな彼らを置き去りにして、黒髪の男はラムールへと言葉を向ける。
「残念ながら正攻法は使えなくなりました。ですので、別の選択肢を取らねばならないようです」
「なるほど……しかしそれはご自身の手で行われるおつもりですか?」
「ええ、残念ながら」
そこまで口にしたところで、男は小さくためいきを吐き出す。
そしてそのまま前へと向き直ると、彼ははっきりと自らの思いをその口にした。
「もう表舞台に出るつもりはなかったのですが、二人の宗教指導者に頼まれてしまえばやむを得ないでしょう。というわけで西方諸国の皆様、少しばかりこの私に指揮権を預けていただけませんでしょうか……ええ、このユイ・イスターツに」




