正攻法
彼の眼前に存在する一組の男女。
それを前に、ケティスに驚きはない。
もちろんこの場所で襲われる可能性を考えていたわけではなかった。
むしろ目の前の男ならばこのような手段をとり得るのではという思いは存在する。
だがそれでも、彼の気質を踏まえるとわずかばかりの戸惑いは存在するのも事実であった。
「しかし貴方がこうして私の前に姿を現されるとは……表舞台に出るおつもりは無いのだと思っていましたよ」
「まったくありませんよ、表舞台に出るつもりなんて。だからこそ、こうして内々に終わらせようと足を運んだまでの話です。というより、それを言うならば貴方の方こそ、どうして表舞台に?」
向けられた問いかけ。
それに対し、ケティスは思わず苦笑を浮かべると、正直な内心を口にする。
「今こそそれが必要だと思いましたので。そうでもなければ、もはや表になんて出るつもりなどありませんでした」
「なるほど……その意味ではどうやら私と貴方は気が合うようですね」
ケティスの端的な返答から自分なりの回答を見出したのか、暗殺者たる男は軽く肩をすくめてそう言葉を紡ぎ出す。
そんな眼前の男の振る舞い。
それを前に、ケティスは思わず薄い笑い声を上げた。
「ふふ、貴方は変わりませんね、英雄どの」
「残念ながら、そうそう人間は変わることなんてできませんよ。もっともこうして自分で動くことになったことは不本意ですが」
本気で厄介ごとと感じているためか、暗殺者たる男は苦い表情を浮かべながら頭を掻く。
すると、ケティスは納得したように大きく一つ頷いた。
「ふむ、その意味ではゼスさまの意を汲んでくださっていること自体、ある意味において貴方の変化とも言えそうですね。まあ本質的に面倒事を好まぬ貴方にとって不本意ではあるでしょうが」
「さすがは枢機卿、宗教屋らしく人の本質を見極めるのがお上手だ」
お手上げとばかりに、暗殺者たる男は軽く両腕を左右に広げる。
すると、ケティスはそんな彼に向かい思いもかけぬ言葉を言い放った。
「しかし安心しました。貴方と会うことができて」
「それはどういう意味でしょうか? 貴方を殺害しに来た私に対し、向ける言葉としては些か不適切のようにも思えますが」
ケティスを前にして、初めて黒髪の男は戸惑いの表情を浮かべる。
それに対しケティスは、わずかに口元を緩めながら笑みさえ浮かべ彼へと言葉を向けた。
「貴方が私を探していたように、私も貴方を探していた。そしてそのために最適の手段を私は取った……つまりそういうことです」
「……まさかこの馬鹿げた決起自体が私を釣り出す餌だったと?」
思いがけぬケティスの発言に対し、黒髪の男は眉間にシワを寄せながらそう問いかける。
途端、ケティスは小さく一つうなずくとそんな彼の問いを肯定してみせた。
「お尋ね者の私が貴方を虱潰しに探すよりも、こうして貴方を招く方が効率が良い。だから私も貴方と同意見です。やはり私と貴方は実に気が合う。そうではありませんか、ユイ・イスターツ」
「ふふ、はは……今の貴方、いい顔ね」
それはユイの表情の変化に気づき、すぐ隣から発せられた笑い声。
途端、ユイは渋い表情を浮かべると、真っすぐにケティスをにらみつける。
だがケティスはそんなユイの視線をゆうゆうと受け止め、更には一つの問いかけさえ口にしてみせた。
「そう言えば、こちらの女性は?」
「母親の後継者というか……親戚というか……まあ近くて遠い人間ですよ」
ケティスに対し、どこかすねたような口調でユイはそう答える。
すると、ケティスは記憶の奥底からわずかばかりに存在した記憶を掘り起こした。
「ああ……あの時のゼス様の……なるほど、ならば構わないか」
「構わない? 何がですか」
「今からのお願いをそばで聞いていただいても支障があるかどうかの話です。実際、この場にあまり長居していただくわけにも行きませんので」
ユイの問いかけに対し、ケティスはそう答える。
だがその彼の言葉にユイはわずかに疑念を抱いた。
「お願い……ですか。それを私が叶える義理はないように思えますが」
「ええ、そのとおりです。だから独り言として聞いていただいても構いません。要するに私の命は差し上げる代わりに、後始末をお願いしたいというだけの話ですから」
ケティスはそう口にすると、そのまま真っすぐにユイを見つめる。
それに対しユイは、一切表情を変えることなくその口を開いた。
「後始末……それは貴方の遺体の処理をということですか?」
「それもお願いできればありがたいですね。一応この部屋は祈りを捧げるための聖なる部屋。なればこそ、あまり血で汚すのも如何なものかと思いますので」
ぐるりと整いきった礼拝堂を見回しながら、ケティスはどこか冗談めかしつつそう告げる。そしてそのまま彼は真正面へと向き直ると、真剣な面持ちで改めて言葉を紡ぎ出した。
「ともかくです、完膚なきまでに私達を倒して下さい。ええ、それも跡形も残らぬほどに」
「教皇の口にする言葉から最も遠いもののように思いますが」
「ええ、そうかも知れません。ですが、ゼス様の信徒としては最も適切な言葉だとも思っています」
覚悟。
そう、その言葉には明らかに言を翻さぬという覚悟が見て取れた。
そしてだからこそユイはわずかに頭を掻き、そのまま確認の問いを向ける。
「つまり暗殺ではなく、真正面からあなた達を討伐しろと?」
「別に私は暗殺していただいても構いません。その方が私達を討伐するのに貴方が有効と判断するなら、どうかご随意に」
そこまで口にすると、ケティスは両膝を突き首を落としやすいようにうつむき加減のまま前へと突き出す。
途端、ユイは大きく一つ溜め息を吐き出す。そして疲れたようにその口を開いた。
「まったく、覚悟の決まった信者というものはやっかいなものだ。暗殺者に対し正攻法ではなく、邪道を選べとせまるとは……」
「実際、私がいなくともプレメンスたちの方針は変わらぬでしょう。新しき時代を迎えるためには大掃除が必要。それが私の成した判断であり、同時に貴方の成した判断でもある。そうですよね、ユイ・イスターツ」
それは確信を持って放たれた言葉。
そしてだからこそ、ユイは彼の言葉を否定しない。
「本当に厄介なことを言われるものです。少しは頼まれる側のみにもなって下さい」
「他の方にはこのようなことは言いませんよ。全ては貴方だからです。そう、ゼス様の後始末を行っている貴方にだからこそです」
「……私の面倒や苦労を無視ですか。まったく、本当に宗教とはろくでもないものですね」
頭を掻きながら、ユイは首を突き出したままの男に向かいそう言葉を向ける。
だがそんな彼に向かい、覚悟を成した男はただただ言葉を返した。
「その苦労が少しでも軽くなるなら、私の命は差し上げる所存。さあ、必要ならばいつでもこの首を落としてくださいな」
うつむき加減のまま放たれたケティスの言葉。
それを契機に、場は完全に静まり返る。
そしてこの空間において最初に発せられた音は、大きな一つの溜め息だった。
「私の負け……か」
その言葉を合図とするかのように、暗殺者たる男はゆっくりと肩を落とすと、抜きかけていた刀を鞘へと戻す。
途端、隣に立つ女性は確認するように言葉を向けた。
「本当にそれでいいの?」
「さてどうだろう。ただ今じゃないということだけはわかったかな。そして目の前の人との覚悟もね」
決断は成された。
そしてだからこそ、暗殺者たる男はゆっくりと踵を返し、そのまま備え付けられた窓に向かい歩みだす。
「ケティス・エステハイム、貴方の真意は理解しました。だからこそ次に会う時は戦場にて……そう、西方元帥としてお会いしましょう。この世界に残されたすべての禍根を断ち切るために」




