49 プロポーズ
「成人おめでとう、雄樹」
「さんきゅ。で、なんでこんなに酒並んでんだ?」
「これからは雄樹も外でお酒飲む機会が出てくるし、味を覚えるのと、飲んだらどうなるかを知っておくのと、ね。
ここでなら、潰れてもどうとでもなるし」
「服脱ぎだしても困るもんな?」
「もう、あれは雄樹だったからだってば!」
雄樹が言ってるのは、初めて会った日のことだ。
ナンパから助けてもらったお礼にご飯奢って、そのまま離れたくなくて雄樹の部屋に押し掛けて最後までいってしまった。
勢い任せだったことは否定しないけど、好きになったから体を許したことも間違いない。
実際、もう4年も付き合ってるんだから。
だから、あれは酒の上での失敗じゃない。
酒の勢いでの告白だったのよ。
「とりあえず、ビールと、吟醸酒、ワインね。
初めてだし、ちょっとずつ」
発泡酒じゃない、ちゃんとしたビールの350缶と純米吟醸の1合瓶、ワインの180瓶。1人で飲むにはちょっと多いけど、あたしも手伝うし。
最初に飲むのは、ちゃんとしたものであるべきだと思うから、こんなラインナップにした。まぁ、ワインは国産の安いやつだけど。
「まずはビールね。麦芽とホップだけで作ったちゃんとしたやつよ」
「ビールとビールじゃないやつと、何が違うんだ?」
「酒税法上の区分でね、細かいとこはあたしも知らないけど、原材料の割合でビールと認められないものは税金が安くなるの。その分、味も違うのよ。最近だとだいぶビールに近付いたって話だけど」
グラスに注いで、2人で飲む。あたしはビールは好きじゃないけど、度数弱いし、飲み会だと乾杯はビールってとこ、まだまだ多いから。
「苦い」
なんとも嫌そうな顔をして、雄樹が舌を出した。うん、そうだよね。
「なんでみんな、こんな苦いの喜んで飲むんだ?」
「あたしも好きじゃないけど、ビール好きは実際多いよ。
暑い日によく冷えたビールを一気に飲むと美味しいんだって。あたしはよくわかんない」
「好きじゃねえのに用意したのかよ」
「一般に、飲み会ったらビールが出てくる可能性高いからね。飲めないと色々面倒よ」
「確かに、とりあえずビールって言うもんな」
「次、純米吟醸ね」
「日本酒だろ?」
「吟醸は、米の外側削って作るらしいよ。吟醸香っていって、一般的な日本酒とは香りが違うの。あたしは日本酒の匂いって苦手だけど、吟醸の香りは大丈夫。吟醸は、冷やで飲むのが普通ね」
「なんか、説明できない味…」
「ビールの倍くらい度数あるから、気を付けてね。
次はワイン。白を用意したよ。
酸味があるのが特徴ね」
「ホントに酸っぱいな」
「赤だと、更に渋みもあるよ」
「どっちにしても、あんま飲みたいとも思えねえな」
「付き合いで嫌々飲んでる人と、慣れちゃって美味しく感じるようになる人とに分化するわね。
あたしは、ワインとかチューハイとか、飲みやすい方に流れちゃうけど」
「ん~、なんかフワフワすんな。これが酔っ払うってことなんかな」
「そうだね、それがひどくなると、眠くなったり段々ろれつが回らなくなったりするんだよ」
「じゃあ、ちゃんとしゃべれるうちに言っとこう。
俺、ハタチになったし、カナと結婚したい」
不意打ちを食らった。
そっか、20歳になって、親権者の同意なしに結婚できるようになるのを待って言ってくれたのね。
雄樹から結婚云々言われたの初めてでもないのに、妙に実感がこもってきた。
「ありがと。うん、雄樹と結婚する。
でも、今すぐは無理よ。あなた、まだ責任果たせないもの」
「責任ってなんだよ」
あたしが喜んでることは伝わってるらしく、手放しで応じなかったことに戸惑ってるみたい。
「結婚するってことは、自分たちで生きていくってことよ。少なくとも親のお金で大学通ってるうちは一人前とは言えないでしょ。
あなたが大学卒業して、就職したら、籍入れよう。2人で胸張って幸せになろ?」
「就職か…。わかった。俺が社会人になったら結婚しよう」
「うん。待ってるからね」
「カナ、9月に親父達が戻ってくるってさ」
9月? また随分とハンパな時期に。
「今後は日本に?」
「いや、一時帰国だって。ホテルに泊まるらしいけど、一応ここにも顔出すってさ」
「それじゃ、ご挨拶しないと」
ここを逃すと、次にいつ帰国するかわからない。
「うん、カナを紹介しないとな」
ご両親は、仕事の関係で一時戻ってくるだけで、ほとんど時間が取れないらしい。雄樹に会うのも5年ぶりとか、もう放任とかいうレベルじゃなかった。
まぁ、それだけに、あたしとの仲は認めてくれそうだけど。
雄樹の部屋を軽く掃除して、一緒にご両親を待つ。
なんか、緊張する。
「雄樹、ずいぶんと小綺麗に…あら?」
部屋を訪れたご両親は、部屋に知らない女がいることに驚いたようだ。
「はじめまして。
雄樹さんとお付き合いしております京香苗と申します。
突然ながら、今日はご挨拶をと思いましてお邪魔いたしました。
親子水入らずをお邪魔してしまい申し訳ありません」
「大学でお知り合いに?」
お父さんがそう訊いてくる。あたしが担任だったことは全く気付いてないみたい。まぁ、普通なら大学かバイト先で知り合うくらいしかないよね。
「いえ、私はもう卒業しておりまして」
「ほう、社会人」
「はい。街で困っている時に助けていただいたのがきっかけでした」
「社会人ということは、雄樹より年上でらっしゃる?」
「親父、年とかいいだろ。俺、社会人になったらカナと結婚しようと思ってんだ」
雄樹が言うと、ご両親は顔を見合わせた。
「雄樹はまだ世間知らずの大学生ですが、あなたはそれでよろしいのですかな?」
お父さんが、探るような目で見てくる。
「はい、もちろん雄樹さんが就職して独り立ちすることが前提ですが、2人で支え合っていきたいと思っています」
「卒業まで、まだ2年もありますが?」
「たった2年です」
「では、2年経っても気が変わらなければ、どうぞご自由に」
少しばかり微妙な物言いだったけれど、一応許しは得られた。




