45 嫉妬
廊下の向こうに雄樹の姿を見付けて、いつもどおり目を合わせないように通り過ぎたつもりだったんだけど、足が動かなくなった。
雄樹が女生徒と向かい合っている。それだけなら気にするほどのことじゃないけど、女生徒の様子が明らかにおかしかった。
あれは、告白だ。そう勘が告げていた。
雄樹の気持ちを疑ったことはない。あんなにまっすぐ気持ちをぶつけてくれる人は、そうはいない。
きっと断ってくれる。それはわかっているのに。それでもそこを離れることができず、あたしは2人から見えないように身を隠した。
何を話しているのかはわからないけれど、女生徒は泣いているようで、やがて逃げるように走り去った。
ほっとすると同時に、罪悪感が湧き上がってくる。
高校生は高校生同士で付き合った方が色々と楽なのはわかりきっている。試験勉強だって一緒にできる。あたしみたいに、なにかと行動に制限が付くこともないだろう。
そう考えると、胸の奥から重たいものがせり上がってくる。
でも、雄樹と別れようとは、どうしても思えない。
今ならまだ、高校生らしい恋愛だってできるのに。
それでも、あたしには雄樹しかいないから。
こんなに嫉妬深くてごめんね。雄樹がほかの子に告白されてるって考えただけで、足下が底なし沼にでもなった気分になるの。
なんとかご飯作って、雄樹を迎えた。
一応自覚してるけど、あたし、挙動不審になってるだろうな。雄樹が戸惑ってるのがわかる。そうだよね。理由わかんないもんね。いいわ、言っちゃおう。
「雄樹、ごめん、昼間の、見ちゃった。
ちょっと心配して、隠れちゃった。やっぱりもてるんだね」
言ったはいいけど、後が続かない。浮気を疑ってるわけじゃないのに、これじゃまるで責めてるみたい。
「見てたんならわかるだろうけど、俺、ちゃんと断ったから。俺にはカノジョがいるからって」
「うん…ごめんね」
わかってるの、そんなことは。ただ、罪悪感と不安が抑えられないのよ。涙が、抑えられないの。
「言っとくけどさ、俺は香苗さんが好きだから付き合ってんだからな。
浮気して文句言われるとかならともかく、断ったんだから泣くこたないだろ」
「わかってる…でも…」
不安なの。あたしみたいに年上が雄樹を独占していいのかな。雄樹は同年代の子と付き合った方が幸せなんじゃないかなって。
「あのな、いい加減、俺を信じてくれよ。
香苗さん…香苗だけだから」
今、香苗って…雄樹が大人な顔してる…。まるで、雄樹の方が年上みたい。
「雄樹…大好きよ。愛してる。
あなただけなの」
雄樹に抱きしめられて、優しくキスされて。
そのまま寝室に入った。
初めて、全部雄樹に任せて。身も心も委ねきった感じで、甘えまくって。
気が付いたら、朝になってた。まぁ、出勤に差し支えない時間だったけど。
いつかみたいにギリギリだったら、シャレにならなかったよね。
この一件で、少し雄樹との関係が変わった。
具体的には、雄樹があたしと対等であろうとしてくれるようになった。
あと、これはいいのか悪いのか判断に迷うところだけど、休日に一緒に買い物に行きたがるようになった。
さすがに受験生だから遠出したりとかしづらい分、近場で一緒に出歩きたいんだろうと思うと、無碍にはできないし、なにより、あたしも雄樹と一緒の時間は欲しいから。
夏休みになったけど、あたしは平日は出勤してるから、買い物に出掛けるのが土日だけなのは変わらない。
「カナ、今日はなんか買ってくるのないか?」
「じゃあ、悪いけどこのリストのもの買っといて」
ただ、平日に雄樹が買い物してきてくれるようになった。
肉とか野菜とか、いいものを選ぶ系のものは難しいから、調味料とかカレー粉とか、迷わず買えるものとか特売品中心だけど、なんせ重いものが多いから助かってる。
勉強の邪魔にならないかって心配したら、気分転換の散歩がてらって言うから、ありがたくお願いすることにした。
今のあたし達の状態は、通い同棲みたいなものだろう。
「あ…」
土曜日に買い物に出た帰り、知らない女の子に声を掛けられた。この感じだと、雄樹の知り合いっぽい。
「おう、夏野、今日は部活休みか?」
「はい。あの、その人が彼女さんですか?」
「おう、カナってんだ。かわいいだろ?」
ちょっと! 人前で可愛いとか言わないでよ! 抗議の意を込めて、繋いでた手で爪を立てる。
「あの、わたし、バスケ部のマネージャーで夏野っていいます。はじめまして」
やっぱり生徒だよね。ていうか、夏野ってたしか、夏休み前に告白してきたって子じゃないの? なんて間の悪い。
挨拶されたら、返さないわけにいかないじゃないの。
あたしの受け持ちの子じゃないから、多少は声聞かれても平気かな。
「カノジョのカナです」
名前を隠して名乗ると不自然になるし、ちょっと嫌味っぽいけどカノジョって名乗っておこう。
「あ、ほら雄樹、早く帰らないとアイス溶けちゃう」
「あ、やべ! じゃあな、夏野」
「あの、受験勉強頑張ってください」
「さんきゅ!」
少し早足で、あたしの部屋に戻った。
「もう、冷や汗かいちゃった。やっぱり出歩くと生徒に見付かるわね」
「カナがキョーセンセーだなんて気付かれないからいいじゃないか」
「そんでもヒヤヒヤはすんの!」
以前に比べると、随分構えなくなったけどね。
雄樹と一緒の時は、雰囲気全然違うはずだし。
「カナセンセー、これわかりません」
「どれどれ? あ、これはね…」
勉強教える時は、あたしの立場が上になったりして、なんか自然体になってきた気がする。




