44 後輩からの告白(SIDE:雄樹)
俺のバスケは、インターハイ予選で終わった。
一応、冬のウインターカップまで続けることもできるし、そうする奴もいるけど、受験の準備ってことを考えると、夏休み前から本腰入れてかねえとヤバい。どうせ続けたって、予選勝ち抜くのは無理ってわかっちまってるのも大きいけどな。
幸いって言うのはなんか悔しいけど、俺は主力ってわけじゃねえから、大して引き留められねえで引退した。
部活を引退したことで、香苗さんと過ごす時間は確実に増えた。
香苗さんも仕事忙しいのに、俺の受験勉強手伝ってくれる。俺の場合、ネックになんのが英語なんだけど、香苗さんは歴史の先生のくせに英語が得意だから、教えてもらえる。
香苗さんは、「や~、試験英語しかできないけどね」なんて笑ってるけど。要するに、試験レベルの文法とかリスニングならできるけど、ネイティブと話すのとかはムリだってことみたいだ。
けど、日本人で、外国人と英語でペラペラ会話できますなんて人めったにいないから、試験で点取れりゃ十分じゃないかって思う。
香苗さんは、そういうとこでも真面目で、試験が近付くと俺を部屋に入れてくれなくなる。
なんでも、試験問題をリークしたなんて疑いを掛けられたら俺の成績が吹っ飛ぶからだそうだ。付き合ってることだって秘密にしてんのに、どうしてそこまで心配すんのか、正直わかんねえ。わかんねえけど、香苗さんが俺のこと本気で心配してくれてんのはわかるから、素直に言うこときいてる。
自分も忙しいのに、カレーとかおにぎりとか差し入れしてくれたりすんのも香苗さんの優しさだもんな。
おかげで、試験はそれなりの点で、志望校の合格予想は70パーセントを超えてる。
香苗さんと付き合ってくには、さっさと大学生にならなきゃいけないし、いつまでも香苗さんにばっか金払わせるような付き合いしてたくないしな。
試験も終わって、球技大会では久々にバスケをやった。俺としては、すっかり体がなまっちまったと思ってたけど、さすがについ1か月前まで毎日やってただけあって、それなりに活躍できた。
で、1人で廊下歩いてたら、1年の夏野に声かけられた。こいつは、バスケ部のマネージャーだ。
「富井先輩、見てましたよ。大活躍じゃないですか」
「まぁ、まだ引退したばっかだしな。よその部の連中にやられるようじゃ、俺の2年間は何だったんだって話だろ」
「先輩、部には戻らないんですか?」
何の用かと思えば、そんなことかよ。
「何のために引退したと思ってんだよ」
「先輩がいてくれないと寂しいです」
「なんだそりゃ」
俺がそんな大した戦力じゃないことくらいわかってんだよ。寂しいってなんだよ。わけわからん。
「わたし、先輩にずっと憧れてて、それで…。
あの、わたし、受験勉強のお手伝いしたいです。ご飯作りに行ってもいいですか?」
はあ!? なに言ってんだ、こいつ?
なに? これ、告白なのか? 俺にカノジョがいるって知らないのか?
あ~、今年は特になんも言ってねえから、1年だと知らねえのか?
「悪い、俺、カノジョいっから。
そういうのは間に合ってる」
「え、あの…本当ですか? だって、先輩、そんな様子なんて…」
ああ、見たことないってか。そりゃそうだよな。
「この学校の生徒じゃねえからな。部活やってる時ゃあんま会えなかったし。
でも、いんだよ」
夏野が目に涙ためてて、罪悪感がハンパない。
どうすりゃいいんだよ。
香苗さんの、いつものすまなそうな顔が浮かんだ。
香苗さん、いっつもこんな罪悪感感じてんのかな。
キョーセンセーが気になってた頃の罪悪感も思い出した。香苗さんを裏切ってるみたいな、あんな気分はもうごめんだ。
俺には香苗さんがいる。名前は言えないけど、カノジョがいるってことは、ちゃんと言っとかなきゃダメなんだ。
「だから、ほかの女と付き合う気はない。悪いけど、そういうことだから」
夏野の目から涙がこぼれだした。
「…わかりました。失礼します」
夏野は、逃げるようにいなくなった。
正直、胸んとこに重たいもんがある。
告白されて、「ごめん、俺、彼女いるから」なんて言って断るのはいい気分なんかなとか思ってたけど、はっきり言って最悪だ。別に夏野を泣かせたかったわけじゃない。
特にかわいいとかないけど、あいつは気の利くいい奴だ。
でも、俺には、香苗さんの方が大事だから。
そういうことなんだよな。もし、春休みに香苗さんと会ってなかったら、夏野と付き合うこともあったのかもしれない。
夜になって、香苗さんとこにメシ食いに行ったら、なんか空気が重かった。
なんだろ? 夏野のことがあって、俺が気まずいせいか?
「雄樹、ごめん、昼間の、見ちゃった」
香苗さんが謝ってきた。
「ちょっと心配して、隠れちゃった。やっぱりもてるんだね」
なんか暗い顔して、また年の差がどうとか言うつもりかな、なんて思ったけど、それはなかった。それっきり下向いて黙っちまったから。
「見てたんならわかるだろうけど、俺、ちゃんと断ったから。俺にはカノジョがいるからって」
「うん…ごめんね」
おいおい、なんで断ったのに、泣きそうな声出してんだよ。
「言っとくけどさ、俺は香苗さんが好きだから付き合ってんだからな。
浮気して文句言われるとかならともかく、断ったんだから泣くこたないだろ」
「わかってる…でも…」
本格的に泣き始めた香苗さんを抱きしめて言う。
「あのな、いい加減、俺を信じてくれよ。
香苗さん…香苗だけだから」
初めて呼び捨てにした。年上だからって遠慮してんのが不安のタネなら、やめる。
おかげで勉強する暇がなくなったけど、香苗の不安は、少しはなくせたと思う。




