43 新しい日常
雄樹に全部話したことで、気持ちがすごく楽になった。相変わらず周囲には隠しておかなきゃならないけど、少なくとも雄樹に隠し事がなくなったっていうのは大きい。
もちろん、あたしの気が楽になったってだけじゃ意味がないんだけど。ごくたまにだけど平日もあたしんとこでご飯食べられるっていうのは、雄樹にとってもいいことのはず。
さすがに、平日に泊まり込んだりとかは、翌日に差し支えるからしない。やっぱり分別は必要だし。でも逆に、勉強を教えたりはできる。
試験前は、あらぬ疑いをかけられないために週末も会わないようにするつもりだけど、日頃の予習復習は大事だからね。もちろん、あたしの本業に差し障りのない範囲なんで、週に2時間取れればいい方だけど。
こういうののコツは、無理をしないことだから。1年弱続けるんだから、絶対無理はしない。
雄樹は、やっとあたしのこと“香苗さん”って呼んでくれるようになった。
最初の頃は“美弥子さん”が抜けなくて。そりゃ、1年もそう呼んでたんだからそうだろうけど、不思議なことに時々“センセー”って呼んでくることもあった。あたしが京先生だったことがよっぽどショックだったみたい。
“京先生”の時に胸を上げ底してたことには気付いてなかったから、やっぱりあたしの努力には意味があったと嬉しくなった。あたしの体、ちゃんと覚えててくれたことも。
“香苗”って呼び捨てにしてもいいんだよって言ってるけど、そこはまだ抵抗があるみたい。あたしは“雄樹”って呼んでるのに。
雄樹と学校の廊下ですれ違うと、目で追ってくる。
なんか大型犬みたいで可愛い。雄樹ってそんなキャラだったっけって思うけど。
嬉しいのはもちろん嬉しいんだけど、学校でそれはちょっと困る。
「あのね雄樹、あたしのこと優しい目で見てくれるのは、とっても嬉しいの。愛されてるなぁってすっごく染みてくるから。
でも、学校では気を付けてほしいの。18歳になったっていっても、やっぱり雄樹は生徒だから。
ごめんね。せっかく18になったのに不自由かけて。あたしの我が儘に付き合わせて。
でも、駄目なの。雄樹といたいの。どんな小さな危険も冒したくない」
言いながら、膨れ上がる気持ちを抑えられなくなってくる。
ああ、これは駄目なパターンだ。
雄樹と離れるとか別れるとか考えると、情緒不安定になる。年の差とか、教師と生徒とか、マイナス要素が多すぎて不安なせいだと思うんだけど、これって雄樹に依存することになっちゃいそうで、少し怖い。
「悪かったよ。なんか、こんなにかわいい香苗さんが学校だとあんなにキリッとしてるギャップがすごくてさ。俺のカノジョはホントはすっげえ可愛いんだぞ~って思うとさ、つい」
ただ、あたしが甘えるのは、雄樹的には嬉しいらしくて、今のところ鬱陶しがられるとかないから、少し安心でもある。
雄樹が卒業したら、あたしの不安は年の差だけになるから、あとひとふんばりしよう。
こんなに好きになれる人に会えた幸運を、あたしは喜ぶべきだ。
「香苗さん、英語教えて。期末ちょっとヤバい」
「だから、普段から言ってたじゃん。
何かあった時に不正疑われると困るから、試験前1週間はあたしんち来ちゃ駄目だってば。
しょうがない、雄樹のとこで1時間だけだよ。要点まとめるから、後は自分でやるんだよ」
「はい、センセー」
「先生じゃない!」
やっぱり定期試験の直前は、あたしがリークしたとか疑われたらことなので、できるだけ距離を置くようにしている。
普段勉強教えるのは全然問題ないっていうか、むしろ望むところなんだけどね。
試験期間入ったら、あたしの家には出入り禁止で──あたしも歴史の試験問題作ったりするから──一緒にご飯もなし。おにぎりとか、鍋ごとカレーとか差し入れたりはするけど。
考え方が堅くて、自分でもどうかと思うけど、試験の成績は雄樹の努力の結果だ。そこにあたしの関与が疑われるようなことにはできない。幸い、雄樹は英語以外は苦手な科目ないし、部活引退したことで、予習復習の時間が取れるようになったから、全体的な学力は上がってきていると思う。
あたしがやるべきことは、雄樹を食生活の面で支えることと、勉強を応援すること。うん、まるで内助の功じゃない? あたし、ちゃんと奥さんしてるんじゃないかな。
試験が終わりさえすれば、いつもに戻れるから。少しだけ我慢だ。




