42 2人の朝(SIDE:雄樹)
「センセー…」
「ちょっと、やめてよ。先生じゃないでしょ」
「あ…えっと、かなえさん?」
「なんで疑問形?」
んなこと言ったって、美弥子さんがかなえさんでキョーセンセーだとか、わけわかんねえよ。
キョーセンセーだったってのは、なんかホッとしたけど。キョーセンセーが美弥子さんだったんなら、俺がキョーセンセーのこと気になってたのも当たり前だしな。
「んっと、あのさ、キョーセンセーって、もうちょい胸大きかった気がすんだけど…」
胸揉みながら聞いてみる。大丈夫だよな? セクハラとか言われないよな?
恐る恐る美弥子さん──香苗さんの顔を見ると、なぜか嬉しそうだった。
「でしょでしょ! あれは上げ底してんのよ。見た目の印象が変わるように。
教師って、どうしても私生活見られるからさ、プライベートモードとお仕事モードでは髪型もお化粧も服装も全部変えてんの」
「苦労してんだな」
「わかる? 若いと生徒に舐められるし、ちょっと強い感じにしてんのよ。口調とか。一人称も“私”だし」
ちょっと同情したら、目を輝かせて話しだした。なんだっけ? 先輩がなんか言ってたな。ピロートーク? こうやってしゃべんのもカノジョの機嫌がよくなるから大事だとかなんとか。
「たしかに全然わかんなかったけど」
「教師の時はパンツスーツって決めてるから、プライベートではジーンズもはかないことにしてるの。
雄樹はスカートじゃない方がいい?」
そういや、美弥子さんの時はスカートばっかだったような…あれ?
「そっか! 修学旅行ん時、センセーの後ろ姿見て、なんか引っかかったんだ! それだ!」
「? 修学旅行?」
「ほら、夜の見回りん時」
「あ、雄樹と会った時?
え~っと、たしかあたし、スーツで見回りしてたよね」
「うん、そうなんだけど、後ろ姿見て、なんか気になったんだよね。そっか、美弥子さんの後ろ姿に似てたから引っかかったんだ」
「あ~、雄樹はあたしの裸見てるからね。そりゃ体型知ってるよね。
でも、スーツならいつも着てるのに、なんで修学旅行?」
なんでだろ?
「あ、あん時、いつもと雰囲気違ってたから」
「雰囲気違った? う~ん、気を付けてたんだけど、やっぱり旅先で雄樹見て、地が出ちゃったかなぁ。
あ、そうだ、あたし、あん時すっぴんだった!」
美弥…かなえさんは、何か考えてるみたいだ。
「そっか〜、すっぴんだと童顔なのが出ちゃうからなぁ。
ボロが出ちゃったのはよくないことなんだけど、雄樹がちょっとしたことからあたしを感じてくれたのは、嬉しいかも」
そう言って笑う美…かなえさんの顔は、すっごく可愛くて、同い年どころか年下みたいに見えて、思わずギュッと抱きしめてキスしてた。
「雄樹、起きて!」
なんか焦った声で起こされて、時計を見てギョッとした。やばい、あと30分で出ないと部活に間に合わない。
「今カレー温めてるから、シャワーだけ浴びて、出掛ける準備して!」
スウェットみたいなのを着た美弥…かなえさんが、バタバタとキッチンに戻ってった。
シャワー? とか思ったけど、体触ってみると、あちこちベトベトしてた。あ~、こりゃたしかにシャワー浴びねえと駄目か。
「ごめん、じゃあ、シャワー借りる」
テキトーに体流して出てくると、テーブルの上に俺の分だけカレーが用意されてた。
「残りご飯、1人分しかなかったから、とりあえずこれ食べちゃって」
「美…かなえさんは?」
「これから炊くよ。雄樹はすぐ食べて出ないと」
カレーをかっこんで、片付けもしないで飛び出した。
なんか一緒に住んでるみたいだとか思っちまった。そんなのもいいな。
部活には、ギリ間に合った。
帰ってからかなえさんにパイン送ったら、「学校では今までどおりだからね♡」って返ってきた。
そういやそうだ。キョーセンセーが美弥子さんで香苗さん。俺と香苗さんだけの秘密なんだ。
平気だと思ってたんだけど、全然そんなことはなかった。
廊下ですれ違ったりすると、ニヤついちまう。
プリント取りに行ったら、うっかり香苗さんって呼びそうになる。“美弥子さん”から“香苗さん”に直そうとしてるもんだから、呼ぼうとすると“香苗さん”になっちまうんだ。
香苗さん、よく1年も“富井”呼びできたな。
やっぱ、隠さなきゃって気持ちがそんだけ強かったんだろな。
なんかもう、“キョーセンセー”って呼べる気がしない。2人きりん時“センセー”って言うと直されるからなおさらだ。
香苗さんの方は、2人ん時と学校で、全然違う。大人ってみんなああなのか、香苗さんがすごいのか。
先輩が前言ってたっけ。“女は役者だ”って。ホント、すごいな。学校ですれ違っても、目も合わせねえもん。そのくせ、後で、「駄目よ、学校では目で追ったりしちゃ」なんてメッセが送られてくる。どうしてバレてんだ?
ゴールデンには、部活が休みの日もあるから、今度は近場の買い物とかもしようって話してる。
やっと、気楽に一緒に歩けるようになって、すっげえ嬉しい。




