41 告白(SIDE:雄樹)
3年になって、担任がキョーセンセーじゃなくなった。
歴史は相変わらずキョーセンセーのままだったから、今年も俺がプリント取りに行く係になった。なんで、まあ、キョーセンセーとの繋がりがなくなったわけじゃないんだけど。
でも、なんか面白くない。
「キョーセンセー、今年も俺がプリント取りに来るかんね」
最初の授業の前に準備室に顔出したら、センセーは変な顔して見てきた。
「どうかしたのか?」
どうかしたかって、それって俺が変なのか?
担任がキョーセンセーじゃないのがつまんねえってだけなんだけど。
「なんで担任変わったんかな?」
クラス替えはないんだし、担任だけ変えなくたっていいと思うんだけどなあ。
「私はまだ経験不足だからな。受験生の担任は荷が勝ちすぎるんだ。キミ達だって、経験豊富な担任がどっしり構えている方が安心だろう」
なんでそういうこと言うかな。
「俺はキョーセンセーの方がよかったよ…」
「そう言ってもらえると、私としても嬉しいが…まさか、恋愛相談ができなくなって残念とか言うんじゃあるまいな」
恋愛相談? 別に、んなこたどうでもいいけど。キョーセンセーに会える時間が減っちまうだろうがよ。…あれ? なんで会う時間が減ると困るんだ?
俺のカノジョは美弥子さんで、キョーセンセーは単なる担任の…いや、担任ですらないんだった。
「おいおい、教師相手に惚気なくてもいいだろう」
考え込んでたら、センセーにそう言われた。
別に、俺は美弥子さんのことのろけたいわけじゃ…。だいたい、美弥子さんと付き合ってんのは秘密だし。
「幸い、うるさい先輩はもういない。報告の必要などなかろう」
たしかに。巽先輩は卒業したからな。
つまり、センセーにとって俺は、のろけてくる生徒でしかなかったってことか。
「そっか…。そうだよな。センセーはセンセーだもんな」
「私が教師で、どうかしたか?」
どうもしないよ。なんか寂しいだけで。
あれ? なんで寂しいんだ?
「なんでもないよ。担任はセンセーのままがよかったって思っただけ」
「誕生日が来ればカノジョとのことも落ち着くだろうし、あんな相談も必要なくなるさ」
ああ…18になったら、美弥子さんのこと隠さなくてもよくなんだったっけ。なのに、なんで嬉しくねえんだ?
俺、キョーセンセーにどうしてほしいんだよ。
「ん…、しゃあないよな」
センセーはセンセーだ。それだけだよな。俺のことなんて、生徒の1人でしかねえんだよな。
美弥子さんからパインで、俺の誕生日は泊まる用意してきてくれって言われた。
美弥子さんちに泊まれんのか。
すっげえ待ち遠しかったはずなのに、なんだかあんま嬉しくない。
嬉しくないわけじゃない。俺は美弥子さんが好きだ。美弥子さんだって、俺のこと好きでいてくれる。
キョーセンセーは…ただの先生なんだよな。
俺だって浮気する気なんかないんだし、これでいいんだ。
1年も前から、18になんのをずっと楽しみにしてたのに、なんでこんな気分悪いんだろうな。ったく。
誕生日は金曜だ。美弥子さんも、それを知ってて泊まれって言ってんだろう。土曜も部活はあるけど、2階に降りてウェア持って出るだけだからな。
部屋に戻って、これからシャワーって送る。こっから先は、美弥子さんと楽しく過ごすことだけ考える。これで美弥子さんにフラレでもしたら、ホントにバカみたいだ。
美弥子さんの部屋に行くと、美弥子さんもシャワー浴びてたみたいで髪が濡れてた。
美弥子さんが先に風呂入ってんのは初めてだ。メシ食ったら、するってことなんかな。
用意されてたのはカレーだった。作りに行く時の定番メニューだからっていつもは作らない…ああ、いや、今日は平日だから作り置きなのか。メシ食うのが目的じゃないもんな、今日は。
なんか、お互い妙にぎこちない感じでカレーを食った。
もうじき食い終わるってとこで、美弥子さんが突然
「お誕生日おめでとう、雄樹くん」
とか言い出した。食い終わってから言うつもりだったんじゃねえのか。
「改めて言うけど、あたし、あなたが好きよ。9歳も年上だけど、本気で雄樹くんと結婚したいと思ってる」
「う、うん」
何度も聞いたな。相変わらず年の差気にしてんだな。
「だからね、今日からは名前で呼んでほしいなぁって」
「名前? だから、美弥子さんって…あ、呼び捨てってこと?」
付き合ったら名前呼び捨てにしてほしいって女子、多いらしいからな。
「違うの。もちろん“みやこ”は本名だけど、名前じゃないの。あたしの名前は“かなえ”。香りに苗よ。“みやこ”は名字なの」
は? 何言ってんだ? 意味わかんねえ。
「美弥子が名字? え? どういうこと?」
何がなんだかわかんなくて混乱してると、美弥子さんがメガネをかけて髪を後ろで縛った。
美弥子さん、目、悪かったっけ?
って、ちょっと、おい! これって…
「キョーセンセー…」
このメガネも髪型も、キョーセンセーそっくりだ。
「うん。あなたの担任だった京香苗よ。
学校で初めて見た時は驚いたわ。まさか、好きになった相手が受け持ちの生徒だったなんて。
でも、気持ちが抑えられなくて、学校にバレないように付き合うことにしたのよ」
キョーセンセー、名字って“みやこ”だったっけ? そういや“京”って書くからキョーセンセーって呼ぶようになったんだっけ…。
でも…。
「うそ…だって、キョーセンセーはアラサーで、しゃべり方だって全然違うし、美弥子さんとタイプも違って…」
「アラサーっていうにはちょっと早いけど、四捨五入すれば30よ。教師やってる時はね、一応演じてるのよ。生徒に舐められないように。服もカッチリしたのを着るようにしてるし。
あたしの地は、香苗の方」
美弥子さんは、メガネを外して俺の目を見てくる。
「担任じゃなくなったし、雄樹くんも18になったし。
これで、あたしは隠し事なしに正面からあなたを愛せるの。
大好きよ、雄樹くん」
ホントに美弥子さんがキョーセンセー?
「え、ホントに?
だって、キョーセンセー、色々と経験豊富な感じが…」
「あんまり豊富じゃないわよ。付き合った人は高校と大学で1人ずつだし。
学校にバレるとさすがにうるさいから、周りにはまだ秘密だけど、でも、もう少し恋人らしいことができるようになるよ」
美弥子さんは、そこまで言った後、ガラッと口調を変えた。
「ああ、ただし、学校では今までどおりで頼むぞ、富井」
「センセー…ホントだ…。まるで別人」
キョーセンセーだった。ホントに美弥子さんがキョーセンセーだったんだ。
「まぁ、印象変わるようにしてるからね。
愛してるよ、雄樹くん」
そう言って、美弥子さんは抱きついてキスしてきた。
初めて美弥子さんの寝室入って、ベッドに押し倒された。ちょっと、立場逆じゃねえか!?
「美弥子さん…」
「香苗だってば。富井って呼んじゃうぞ」
すねたような口調で、耳元でささやかれた。んなこと言ったって、1年も“美弥子さん”って呼んでたんだぞ。急に変えられねえって。
「ねぇ、香苗って呼んで? まだ一度も呼んでもらってないよ」
そんな甘えた声出されても。
「か、かなえ…さん…」
「呼び捨てでいいよ、雄樹」
そう言って俺をのぞきこんでくる目は、いたずらっ子みたいだ。
ああ、もう!




