40 告白
雄樹くんが3年に上がるのに伴って、あたしはクラス担任から外れた。受験生のケアをすることが求められる3年生の担任は、あたしでは荷が重いということらしい。
あたしは、1年の担任になった。まぁ、期待どおりと言っていいだろう。
ある意味、当てにされていないとも言えるけれど、あたしはまだまだ新前の域を出ないから、妥当な扱いだろう。なにより、これで雄樹くんの担任でなくなった。あとは雄樹くんが18歳になれば、全部話せる。
学校での接点はなくなるかもしれないけど、その気になれば平日でも会えるようになるからね。
「キョーセンセー、今年も俺がプリント取りに来るかんね」
あたしが担任から外れただけで、クラス替えがあったわけじゃないから、雄樹くんはまた立候補したらしい。幸いというか、あたしも歴史の受け持ちは変わらなかったから、授業という接点は残った。
それはいいんだけど、なんか雄樹くん、様子がおかしいような…。
「どうかしたのか?」
「なんで担任変わったんかな?」
あたしが担任でなくなって、残念がってくれてる?
「私はまだ経験不足だからな。受験生の担任は荷が勝ちすぎるんだ。キミ達だって、経験豊富な担任がどっしり構えている方が安心だろう」
「俺はキョーセンセーの方がよかったよ…」
あ、なんか実感こもってる。
「そう言ってもらえると、私としても嬉しいが…まさか、恋愛相談ができなくなって残念とか言うんじゃあるまいな」
冗談めかして言ったら、気まずげに目を逸らした。なに、当て馬がいなくなって残念ってこと?
「おいおい、教師相手に惚気なくてもいいだろう。幸い、うるさい先輩はもういない。報告の必要などなかろう。
ならば当然、私に相談することももうないはずだ。
もちろん歴史の授業に関する質問なら、ここで受けるぞ」
「そっか…。そうだよな。センセーはセンセーだもんな」
「悪いが、何を言っているのかよくわからない。
私が教師で、どうかしたか?」
「なんでもないよ。担任はセンセーのままがよかったって思っただけ」
「そう言ってもらえるのは素直に嬉しいが。
とはいえ、やはり線引きというのは大切だ。
キミももうじき大学受験を中心に動かなければならない時期になる。
誕生日が来ればカノジョとのことも落ち着くだろうし、あんな相談も必要なくなるさ」
というか、全部話した後で2人きりになったら、色々抑えられないような気がするってことなんだけどね。
「ん…、しゃあないよな」
雄樹くんは不承不承といった感じで、部屋を出て行った。
そして、ようやく迎えた雄樹くんの誕生日。幸運なことに金曜日。泊まっていってもらうこともできる。1年以上経ってるし、薬局で新しいのも購入ずみだ。
早めに帰宅して、ご飯は昨日のうちに作っておいて、温めるだけにしておいたカレー。色気がないけど、今日のメインイベントはお泊まりだからね。あたしもシャワーを浴びておく。お風呂上がりの髪もすっぴんも、いつも見せてるけど、今日はちょっとした演出があるから、敢えてタオルで水気を取るだけにした。
雄樹くんから、これからシャワーってパインが来た。もうすぐ、本当の恋人になれる。
雄樹くんを迎え入れると、あたしがシャワーを浴び終わってることに驚いてた。
まずはカレーを食べながら、普通に雑談をする。
ある程度食べ終わったところで切り出す。
「お誕生日おめでとう、雄樹くん。
それと、ちょっと遅くなったけど、交際1周年だね」
「あ…ああ、ありがとう、美弥子さん」
「改めて言うけど、あたし、あなたが好きよ。9歳も年上だけど、本気で雄樹くんと結婚したいと思ってる」
「う、うん」
「だからね、今日からは名前で呼んでほしいなぁって思って」
「名前? だから、美弥子さんって…あ、呼び捨てってこと?」
「違うの。もちろん“みやこ”は本名だけど、名前じゃないの。あたしの名前は“香苗”。香りに苗よ。“みやこ”は名字なの」
「は?」
「あたしの名前は“京香苗”。勘違いさせたまんまで悪かったけど、その方が周りにバレにくいかなって思って」
「美弥子が名字? え? どういうこと?」
予想どおり混乱してる雄樹くんの前で、あたしは用意しておいた眼鏡を着け、髪を縛ってみせた。
「キョーセンセー…」
雄樹くんは、呆然とあたしを見てる。
「うん。あなたの担任だった京香苗よ。
学校で初めて見た時は驚いたわ。まさか、好きになった相手が受け持ちの生徒だったなんて。
でも、気持ちが抑えられなくて、学校にバレないように付き合うことにしたのよ」
雄樹くんは、まだ飲み込めないでいるみたい。仕方ないかもね。
「うそ…だって、キョーセンセーはアラサーで、しゃべり方だって全然違うし、美弥子さんとタイプも違って…」
「アラサーっていうにはちょっと早いけど、四捨五入すれば30よ。教師やってる時はね、一応演じてるのよ。生徒に舐められないように。服もカッチリしたのを着るようにしてるし。
あたしの地は、香苗の方」
眼鏡を外して、雄樹くんをまっすぐ見る。
「担任じゃなくなったし、雄樹くんも18になったし。
これで、あたしは隠し事なしに正面からあなたを愛せるの。
大好きよ、雄樹くん」
「え、ホントに?
だって、キョーセンセー、色々と経験豊富な感じが…」
「あんまり豊富じゃないわよ。付き合った人は高校と大学で1人ずつだし。
バスバブルで遊んだのも、雄樹くんが初めてよ。あたし、耳年増だから」
「美弥子さん…、だって、パインの登録だって…」
「名字で登録するのはそんなに変でもないでしょ。元々ポイントとかもらうためだけに登録したんだもの」
思った以上に雄樹くんが混乱してるけど、とにかくようやくオープンにできた。
「学校にバレるとさすがにうるさいから、周りにはまだ秘密だけど、でも、もう少し恋人らしいことができるようになるよ。
ああ、ただし、学校では今までどおりで頼むぞ、富井」
最後の一言だけ先生モードで言ったら、雄樹くんは目を丸くした。
「センセー…ホントだ…。まるで別人」
「まぁ、印象変わるようにしてるからね。
愛してるよ、雄樹くん」
キスして、寝室に連れて行って。
1年我慢してた分、気持ちが爆発するのを抑えられなかった。
とりあえず、翌朝は雄樹くんを部活に間に合うよう送り出せたのでよしとしよう。




