35 年末を控えて
ようやく、なのか、いよいよ、なのかわからないけど、クリスマスがやってくる。
雄樹くんと付き合ってから8か月、普通のカップルだったらどこかでご飯食べて、そのままお泊まりするところなんだけど。
あたし達の場合、それはできないから、何かしらの代替手段が必要だ。
「代替手段」なんて言うとすごそうだけど、要するに“お泊まりできない分、何か思い出になるようなイベントが欲しい”ってこと。
雄樹くんの誕生日まであと4か月、今もなんとか我慢しているけど、バスバブルも飽きちゃったしね。
楽しいは楽しいけど、毎週だとさすがにやることがなくなってきたし。
今は、どっちかっていうと、体を洗いっこするのがメインになってきた。
…体を洗うという名目で、お互い触れあう。ある意味、雄樹くんには生殺しのような話だけど。
胸とか洗ってもらってると、そのままベッドに行きたい気持ちになってくるから、正直言ってあたしも辛い。きっと雄樹くんはもっと辛いはず。
本当に、あたしの我が儘で負担を掛けちゃってごめんなさいって感じだ。
雄樹くんの部活が忙しくて遠出する余裕もないから、あたしんちでご飯とお風呂くらいしかできることがないんだもの。
相手が教師でさえなければ、せめて近場でデートするくらいはできたかもしれないのにって思ってしまう。
なんか、後ろめたく感じすぎてしまうのもどうかと思うところなんだけど、そう思わずにいられない。
本当のことを言えば、あたしじゃなくても、社会人なら誰だって、高校生と付き合うのはリスクが大きい。
ただ、みんな、気持ちと勢いでそこを飛び越えてしまうだけだ。
後先考えずに動けるだけの思い切りの良さとかがあればいいのかもしれないけど、じゃあ、あたしの想いが弱いんだろうか。
正直言って、2人の元カレのどちらよりも雄樹くんを好きだって胸を張れる。今現在付き合ってるカレシだからってことじゃなくて、元カレ達を一番好きだった時よりも、今雄樹くんを好きって気持ちの方が圧倒的に強い。こんなに四六時中カレのことを考えているのなんて、初めてなんだから。
結局、あたしは怖いんだ。何かあって雄樹くんを失うのが怖い。失って後悔したくないから保身に走ってる。
でも、そんなあたしの態度のせいで雄樹くんが焦れて離れていっちゃったら本末転倒だし。
少しあり方を考え直すべきなのかもしれない。
週1回の面談と称した恋愛相談の方も、そろそろ見直す時期に来ている。
高2の後半ともなると、他の生徒からも進路相談を受けているけど、雄樹くんが群を抜いて多いのは間違いないから。
相談室の使用申請には、対象になった生徒を記載する欄もあるから、誰かが疑念を持ってしまったら、京教諭が富井雄樹と毎週面談していることは一目瞭然だ。
一応、“思春期の恋愛相談”という建前は用意しているものの、詳しい内容を質されたら、“年上のカノジョと問題を起こさずにイチャイチャする方法”だということを隠すのは難しいと思う。あたし、そこまでしらばっくれる自信はない。
ましてや、その相手はあたし自身だ。叩かれたら埃が出る危険が大きい。
とはいえ、雄樹くんにとっても大事なガス抜きだし、やめるんじゃなくて回数を減らす方向に持っていった方がいいよね。
「富井、期末試験も近いことだし、相談の回数を減らそうと思う」
「え、なんで!?」
予想以上に、雄樹くんがショックを受けている。なんでって、こっちがなんで?だよ。
「だから、期末試験も近いしと言っただろう。
一応私はキミ達の担任だから、キミだけではなくクラス全体の相談を受けなければならない立場なんだ。
試験前には、ほかの生徒からの相談も増えるし、受験と直接関係の薄いキミの相談ばかり優先するわけにもいかないんだ」
「俺、先約じゃん?」
「それは、毎週予約を優先的に受け付ける理由にはならないよ。
キミは大切な生徒だが、キミだけを優遇することは教師として許されないことだ」
キミが一番大切なのは間違いないけど、教師という立場では、ほかの生徒と平等に扱わざるを得ないのよ。
もちろん、雄樹くんにはそんなことわからないだろうけど。
でも、雄樹くんはなんだか傷ついたような顔であたしを見た。
「減らすってどんぐらい? 1週おき?」
ちょっと、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ。それでなくても罪悪感ひどいんだから。
「とりあえず隔週にしよう。
キミが暴走して問題を起こすようなことはないと思うが、いきなり月一にするわけにもいくまい」
本当は3週に1回くらいにするのがいいんだろうけど、いきなり減らすのはお互い辛いからね。
「カクシューって、2週間に1回ってこと?」
雄樹くんが不満げな顔してる。
「不満そうだな。例の先輩も、最近はうるさくないんだろう? 問題ないじゃないか」
「そうだけど…」
ほかにも何かあるのかな? ああ、うん、あたしとの時間がマンネリ化してきてるから、いい方法をってことかな?
「すまないが、新しいイチャイチャのやり方は提示できないぞ。私もそれほど引き出しが多いわけではないのでな」
あ、ヤバ! “京先生”のプライベートは出さないようにしてるのに。
「センセーは恋人っていんの?」
「前にも言ったと思うが、プライベートについては答えないことにしているんだ」
「センセー、いくつだっけ?」
「女性に年を訊くものじゃない」
アラサーって噂になってるのは助かっちゃってるんだけど。“美弥子”と別人に見られるから。
「センセーってさ、優しいよね」
「いきなりどうした。私は教師として、生徒には真摯に相対するようにしているだけだ。
別に優しいわけではないぞ」
「ん、ごめん、なんでもない」
「まぁ、クリスマスを前に気がはやるのもわかるが、その前に期末試験を頑張れよ。
そういえば、ご両親は年末は戻ってこられるのか?」
「なんか、いきなり先生みたいなこと言ってる」
「私はキミの担任教師だ。
そもそも、ここは進路相談のための部屋だぞ。
キミのところは三者面談をやれていないし、もし戻られるなら、冬休み期間であっても一度お会いしておきたいと思うのだが」
「まだ帰ってくるかわかんね。
まあ、帰ってくるったって、俺んとこしかないからなあ。うち、狭いし、帰ってこないんじゃね?」
「では、お帰りになるようなら教えてくれ」
本当は、教師として会っておいて、後でプライベートで会うのは怖いんだけどね。
でも、担任としては、進路の関係をご両親とお話ししないわけにはいかないのよ。




