33 修学旅行
修学旅行の事前調査に行くことになった。
ベテランの男性教諭と2人なので、少し気は楽だ。
仕事的な面でももちろんそうだけど、なにより必要以上に近付かなくてすむのがありがたい。
こちらが独身女性ということで、きちんと距離を取ってくれる。若い男性教諭だと、その辺りの距離感を気にしてくれるか怪しいし、女性教諭とだと、むしろ距離を詰めてくる危険がある。泊付きの出張となると、下手をすると女同士ってことで、ビジネスホテルでツインとかいうことにもなりかねない。
そんなわけで、ラッキーだったと言っていいだろう。
どちらかというと、あたしに経験を積ませるためにベテランの方と一緒にしてくれたんだと思うけど。
雄樹くんには、出張のことは言っていない。
なにせ“京先生”が修学旅行の準備で出張していることは、クラス全員知っているんだから。
当然、修学旅行の行き先のお土産なんて買うわけにもいかないから、出掛けたことそのものを内緒にするしかないものね。
泊まる宿、回る場所なんかはとっくの昔に決まっているので、あたし達がするのは、当日の動線とタイムスケジュールの確認がメイン。
なにせ300人からの人間が動くので、小回りが利かなくて、ひとつひとつの行動に手間が掛かるのよね。
宿の下見に行っておいて、泊まるところはビジネスホテルってのが奇妙と言えば奇妙かも。この辺は、宿の方でもわかってはいるんだろうけど、敢えて午前中や午後の早いうちに宿を回ることで、違和感を軽減してる。
1泊2日で、昼は適当にすませるけど、夜はベテラン先生と居酒屋で一杯やりながら食べることになった。
もちろん、向こうに下心なんてない。泊まりがけなんだから、先輩である自分が奢って、少しコミュニケーションをとって…という、極めて真面目な思考の結果らしい。
お互い、翌日も動き回るので、お酒も控えめにして早々に切り上げた。
部屋に戻ると、雄樹くんからパインが入ってた。“今仕事が終わったところ”って返して、少しやりとりして終わり。
午後9時に仕事終わりって、よっぽど忙しいと思われたらしく、短いやりとりで終わった。
そして、修学旅行当日。
あたしは引率として生徒に同行する。
漫画なんかだと、生徒と付き合ってる教師は、自由時間を利用してこっそりデートしたり、淫行に励んだりするけれど、そんなことは創作だからできることだ。
大抵は、それが原因でバレて破局に追いやられる。漫画なら、それもスパイスとして捉えられるけれど、あいにくあたし達がそんなことをしたら、未来が閉ざされてしまう。
自分の行動に責任を持つのは、当たり前のことだよね。
そんなわけで、修学旅行中は、雄樹くんには極力近付かない。予めパインも控えるよう言ってある。だって、生徒は大部屋だもの、画面とか見られたら厄介でしょ?って。
あたしの方も、通知を切ってあるから、うっかり鳴り出す心配はない。
女性教諭はあたしだけじゃないから、今回は2人部屋だけど、お風呂は部屋の備え付けを使った。胸の上げ底見られると面倒だし。
メイクは、落とさざるを得ないけど、コンタクトも寝る直前まで外さないようにした。なにせ“京先生”は伊達メガネだから。いざというときのために度付きの眼鏡も持って来ているけど、プライベートのものとは別のにしてある。公私を分けるって、面倒くさい。
そうして、楽しみも秘密もなく、粛々と修学旅行は終わった。
次の週末、雄樹くんがお土産を持って来てくれた。
食べ物はいらない、もしお揃いで持てるような小物があったら、そういうのがいいって言っておいたから、雄樹くんは素直にそうしてくれた。
「はい、美弥子さん、おみやげ」
「ありがと。開けていい?」
「もちろん。約束どおり、俺とお揃いだから」
開けてみると、布でできたボタンみたいな根付けだった。
「えっと、ストラップ…だよね。これ、織物!?」
「そう。なんとか織っていう、あっちで有名なやつらしいよ。俺のが紺で、美弥子さんが朱色。スマホにでも付けといてよ」
そう言って、雄樹くんが見せてきたスマホには、あたしのと色違いのストラップが下がっていた。
「ありがと。うん、じゃあお揃いね」
なんて言って、スマホに付けた。
雄樹くんが帰った後、スマホを見る。
どうやって決めたのか知らないけど、いいセンスだと思う。
同じものを付けてると、絆が感じられて、本当に嬉しい。
ただ、当分は土日限定だね。
職場でスマホを出すことはないと思うけど、やっぱり“京先生”と“美弥子”に共通点は持たせられないもの。
恋人からのプレゼントにまでそうやって扱わなきゃいけない状況に、涙が出そうだ。




