32 2回目のデート(SIDE:雄樹)
「美弥子さん、来週の土曜、地区予選あんだけど、応援来てくんない?」
普段の試合は平日だけど、今回たまたま1回戦が土曜だったから、ダメ元で誘ってみた。
美弥子さんは、かなり考えてから「…ごめん、やっぱり無理よ。知り合いに見付かったら、2人の関係がバレちゃうもの」とすまなそうに断ってきた。
だからってわけじゃもちろんないし、俺が試合に出てられた時間もほんのちょっとだったけど、試合は3回戦で負けた。3年生は、これで引退だ。
負けたから、インハイが終わるまで試合とかないし、少しの間、土日の練習はなしになった。
んで、前から美弥子さんが言ってた水族館に行くことに。正直、また水族館?って思わなくもないけど、美弥子さん、水族館好きらしいから仕方がない。
美弥子さんの車で、高速道路を走る。
そりゃまあ、俺が車の免許持ってるわけないから、当たり前だけど。
サービスエリアで貝の串焼きだか浜焼きだかを食って休憩して。俺が運転できりゃ美弥子さんもちょっとは休めるのに、なんて思った。
高速降りて、小さな天ぷら屋に入った。美弥子さんは慣れた様子で店に入って店員に声を掛け、カウンターの前に座る。なんでカウンター? テーブル席空いてるじゃん。
「天ぷら定食2つ、あたしのはご飯、後でお願いします」
席に着くと、美弥子さんはメニューも見ないで注文した。もちろん俺に何食うかも聞かない。ずいぶん手慣れてんな。
「美弥子さん、ご飯、後ってなに?」
意味わかんなすぎて聞いたら、
「ランチだとね、最初にご飯が出てくるの。で、後でそこにご飯足してかき揚げ丼にするんだけど、あたしそんなにご飯入らないから、最初はご飯いらないってわけ」
と、これまたよくわからない答えが返ってきた。
どういう意味だ?
「来たらわかるよ」
店の人がお盆持って来たけど、美弥子さんのお盆にはご飯がない。ご飯後って、これのことか?
「美弥子さん、ご飯は?」
「あたしのは後だよ。あたし、天ぷらはご飯なしで食べるの。雄樹くんは天ぷらと一緒にご飯食べていいからね」
ご飯は後? 天ぷら屋って、そういうとこなのか?
女の人が持って来たお盆とは別に、カウンターの向こうにいるおじさんが、カウンターの上に皿を置いて、その上に折った紙を載せた。
で、天ぷらを揚げ始める。
美弥子さんから塩と天つゆの説明を聞いてる間に、紙の上にエビ天が2本ずつ置かれた。
「うお、すげえ」
揚げたてを目の前に出すのか。天ぷら屋すげえ。でも、エビはスーパーのより小せえけど。
「ほんとの揚げたてだから、火傷しないようにね」
美弥子さんは、塩でエビ天を食べた。
俺は、天つゆで食う。すっげえ熱々だ。小っちゃいけどうまい。もう1本は、美弥子さんのマネをして塩で食ってみた。ああ、塩もアリだな。
あっという間にエビ天を食ったら、今度は四角いのがきた。
「こんな感じで、あと3品来るから、ご飯配分してね。最後にかき揚げ丼来るから、無理になくそうとかしなくていいから」
最後にかき揚げ丼がくるのはわかったけど、それとご飯と、どういう関係だ?
四角いのは、白身の魚だった。美弥子さんによると、キスらしい。
ししとうとかナスとかじゃご飯が食えないなと思ってたら、おじさんが
「かき揚げ丼いきますが、ご飯足しますか?」
って言ってきた。
何言ってんのかわかんなくて困ってたら、美弥子さんが
「足してください」
つって、俺の茶碗をおじさんに渡すよう言ってきた。なに? どういうこと?
「ほら、サラダとか食べて待ってよ?」
美弥子さんがサラダ食べ始めたんで、俺も食べる。要するに、かき揚げ丼がくるまでサラダ食って待つってことか。
「はい、お待ち」
おじさんが、かき揚げ丼をカウンターに置いた。
俺のはさっきの茶碗で、美弥子さんは小さな丼に入ってる。
「美弥子さんの、茶碗が違うね」
「あたしは、最初ご飯出さないでもらったから、丼になるの」
どうやら、俺のは食べかけのご飯にご飯を足して、その上にかき揚げを載せたらしい。おかわりみたいなもんか。
かき揚げは、やたらと衣が厚くて、つゆでべっしょりしてる。これ、ハズレじゃねえの?
って思ったけど、食ってみるとうまかった。
「うまいよ、これ」
全然油っこくない。衣が厚いと思ったけど、衣の中にちゃんと色んな具が隠れてた。つゆにひたってトロっとなった衣がご飯に合う。
夢中になって食った。
美弥子さんがおごってくれて、店を出た。
車ん中で
「俺、天ぷら屋なんて初めてだよ」
つったら、
「あたしも初めて来た時、感動したよ」
なんて言われた。やっぱり初めてじゃねえんだ。
「いつ?」
「就職した年だったかなぁ」
「そっか」
4年前か。それから何回来たんだろう。就職してからってことは、元カレと来たわけじゃないのはわかるけど、なんか、胸の中がきしんでた。
天ぷら屋の後は、水族館だ。
ペンギンが泳いでんのを目をキラキラさせて見てる美弥子さんが可愛い。こういうとこは、同い年でも通りそうだな。
イルカのショーでもそんな感じだった。正直、お姉さんの「こんにちは~」に「こんにちは~!」と返すのはどうかと思うけど、美弥子さんはこういうとこが可愛い。
ショーが終わったら帰る予定だったんだけど、美弥子さんは
「次のイルカショーまでいようね」
なんて言い出した。そんなに気に入ったんかな。ゴールデンに行ったとことそんなに変わらないと思うけど。
時間潰して、ショーの時間が近づくと、美弥子さんはショーの会場じゃなくて、空っぽの水槽の前に来た。
なにやってんだろうと思ったら、ここはイルカショーのプールの水面の下が見えるところらしい。
ジャンプした後落ちてくるイルカとか、次飛び出す場所の下へ移動するとことか、珍しいもんが見れた。
ついでに、目をキラキラさせて眺めてる美弥子さんも。うん、いいもん見た。
帰りは、途中で高速下りてどっかのレストランに寄った。
一度行ってみたかった店、らしい。
トロットロの卵を切り裂いて食べるタイプのオムライスはうまかった。けど、今日、美弥子さんいくら使ったんだ?
往復の高速代、水族館の入館料、昼と夜の飯代。1万超えてんだろ。
俺が払ったのなんて、サービスエリアの浜焼きだけじゃねえか。
早く大人になりてえ。




