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30 第2回水族館デート その1

 雄樹くんとのお付き合いは、順調に続いている。

 夏を迎えて暑くなってからも、お風呂場でのじゃれ合いはしている。幸い、泡で遊ぶのも体を洗いっこするのも、バスタブに浸かる必要のないことなので、暑さもさほどではないし。

 バスタブにある程度お湯を張るのは、泡を作るために必要だからせざるを得ないけれど、溜めたお湯は足1本浸かることなく流される運命だ。もちろん、あたしは平日もシャワーだけですませている。

 お湯の量を減らしたことで、少しかがまないと泡を掬えなくなったけれど、むしろ雄樹くんは喜んでいるみたい。背後に視線を感じるし、時々指でつつかれるし。

 雄樹くんが18になるまで、まだ8か月もある。早くちゃんとできるようになりたいのに。

 夏の大会だって、そうだ。

 雄樹くんから応援に来てほしいって言われたのに、あたしはうなずくことができなかった。

 だって、学校関係者が多すぎる。

 いくら仕事モードと外見変えてても、声からバレるかもしれない。そんなこと、絶対あっちゃいけない。

 公にできない恋って本当に厄介だわ。あたしが臆病すぎるのかもしれない。でも、万が一を考えたら、臆病すぎる方がいい。…雄樹くんさえ、許してくれるなら。

 いっそ、あたしの正体、雄樹くんにバラしちゃおうか。そしたら、隠さなきゃいけないのが実感できるし。

 …駄目ね。

 雄樹くんは嘘の吐けない人だもの。あたしが担任の京だなんて知ったら、今後、教室で“(あたし)”に向ける視線が変わってしまう。それはまずい。せめて、あたしが担任でなくなるまでは。




 残念ながら、バスケの方は3回戦で負けたそうだ。

 一応雄樹くんも出場したらしい。活躍したのかどうかはわからないけれど、チームが負けたことを悔しがっていた。

 あたしが応援に行ったからって勝てるわけじゃないけど、行きたかった。誘われたのに断ったあたしが言っていいことじゃないけどね。






 そんなわけで、少し時間ができたから、約束してた水族館に行くことにした。

 高速道路使っても片道1時間半かかる。県内のくせに、距離で言ったら、春行った県外(とこ)より遠いかも。

 9時頃出て、サービスエリアでちょっとだけ買い食いしてく。ちょっとだけ。だって、お昼は天ぷら屋さんに行くから。

 本格的な天ぷら屋さんなのに、ランチだと千円ちょっとで食べられるのだ。

 お昼時は混むから、ちゃんと予約を入れてある。富井の名前で。


 「すみません、予約してた富井ですけど」


 「はい、いらっしゃいませ」


 カウンター席の端に、2人で座る。


 「天ぷら定食2つ、あたしのはご飯、(あと)でお願いします」


 「はいよ」


 「美弥子さん、ご飯(あと)ってなに?」


 カウンターの向こうの店主(おじさん)に注文すると、向こうは慣れたもので通じるけど、雄樹くんにはわからなかったらしい。そりゃそうか。


 「ランチだとね、最初にご飯が出てくるの。で、後でそこに更にご飯足してかき揚げ丼にするんだけど、あたしそんなにご飯食べられないから、最初はご飯いらないってわけ」


 「ふ~ん?」


 うん、よくわかってないね。


 「来たらわかるよ」


 そんなこと言ってる間に、懐紙を載せた皿が目の前に置かれる。同時におじさんが海老を揚げ始めた。

 で、店員さんがサラダやお味噌汁の載ったお盆を持ってくる。


 「ご飯(あと)は、あたしです」


 店員さんに言うと、ご飯が載った方は雄樹くんの前に置かれる。


 「あれ、美弥子さん、ご飯は?」


 「あたしのは後だよ。あたし、天ぷらはご飯なしで食べるの。雄樹くんは天ぷらと一緒にご飯食べていいからね。

  この小鉢に天つゆ入れるの。こっちのお皿は塩用。塩で食べても美味しいのよ」


 そんなことを言ってるうちに、懐紙の上に海老の天ぷらが2本ずつ置かれた。


 「うお、すげえ」


 「ほんとの揚げたてだから、火傷しないようにね」


 言いながら、塩を少し付けて食べる。うん、揚げたては最高だね。

 雄樹くんは、1本を天つゆで食べて、もう1本を塩で食べてた。

 海老を食べ終わったくらいのタイミングで、キスが来る。


 「こんな感じで、あと3品来るから、ご飯配分してね。最後にかき揚げ丼来るから、無理になくそうとかしなくていいから」


 「ん」


 次にししとうが来る。春だとふきのとうとか、秋だと銀杏(ぎんなん)とか、季節のものが出る。ナスは、天つゆで食べよう。

 一揃い終わると、おじさんが


 「かき揚げ丼いきますが、ご飯足しますか?」


って雄樹くんに訊いてきた。ご飯半分強なくなってるね。


 「足してください」


 状況が飲み込めないでいる雄樹くんの代わりにあたしが答えて、おじさんに茶碗を渡すよう雄樹くんに言う。


 かき揚げ丼が来るまでの間、サラダ食べてよう。雄樹くんも促すと、サラダと煮物を食べ始めた。


 「はい、お待ち」


 目の前にかき揚げ丼が置かれた。

 雄樹くんのは、さっきまで使ってたご飯茶碗、あたしのはかき揚げ丼用の小丼だ。


 「美弥子さんの、茶碗が違うね」


 「あたしは、最初ご飯出さないでもらったから、丼になるの」


 入ってるご飯の量は同じだけどね。

 衣多めのかき揚げをつゆにたっぷり浸してご飯に載っけたかき揚げ丼は、さっくりではなくしっとりしている。

 好き嫌い分かれるとは思うけど、剥いた海老のぶつ切りや、貝柱の食感がいい感じ。


 「うまいよ、これ」


 「でしょ。あたし、このご飯の量でお腹いっぱいになるから、最初はご飯なしにするんだぁ」


 「俺、天ぷら屋なんて初めてだよ。

  揚げた天ぷらが次々出てくるとか、自分ちでもできねえわ」


 「でしょでしょ。ここ、昔テレビで見て来たことあってさ。初めて来た時は感動したよ」


 「テレビで? いつ?」


 「ん~、就職した年だったかなぁ。黙ってると最初からご飯でるんだよね。知らずに食べてたら、かき揚げ丼の途中でお腹いっぱいになっちゃって、大変だったよ」


 「そっか」


 「あ、わかってると思うけど、誰かと一緒に来たの、初めてだからね」


 「ん、わかってる。就職してからは俺以外付き合った相手いないんだろ」


 「そうそう。やっぱ、一緒に食べると更に美味しいよね♡」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 揚げたて天ぷら美味しそう(*´艸`*) 大会の応援はバレる確率が高いから我慢しかない…(´Д⊂ヽ
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