24 このまま抱いてほしい
「美弥子さんってさ、もしかして俺と付き合ってること隠しておきたかったりする?」
ご飯を食べた後、2人で寄り添ってお茶を飲んでると、雄樹くんがポツリと言った。
これ、たぶん昨日の“京先生”との話の流れね。
「どうしたの、急に?」
いきなり言われて理解できるような話じゃないから、少しとぼけてみる。
「この前さ、俺が17だから、周りにバレっと淫行扱いになるって話聞いたんだ」
誰から、が抜けてるよ。
「誰かに、あたし達のこと話したの?」
「ん、部活の先輩とか。マズかった?」
「まずくはないけど、恥ずかしい、かな。
そうね、付き合ってることを隠したいっていうよりは、高校生と付き合ってることを知られたくない、かな。特に職場には。
あたし、公務員でしょ。お堅い職場って、スキャンダルを嫌うのよ。
勘違いしないでね、あたし、雄樹くんが好きよ。ずっと一緒にいたいって思ってる。
でも、今の段階で周囲に知られたら、きっと引き離される。
雄樹くんに内緒にしてほしいってわけじゃないの。雄樹くんにカノジョがいるって話が出るのはいいの。むしろ、ライバルが出てこなくなる分、嬉しい。
でも、相手があたしってはっきりしちゃって、どこかから流れるのは怖いの」
「相手が美弥子さんだって知られるのが怖いの?」
「ただ“美弥子”って社会人と付き合ってるってだけならいいけど、どこに住んでてどこに勤めてて、フルネームは何で、ってことになると職場に知られるかも。せめて雄樹くんが18歳になって、犯罪になる可能性がなくなるまでは、って思っちゃうのは確かよ。ごめんね、弱くって」
雄樹くんは、あたしの話を黙って聞いててくれた。
あたしの言ってること、“京先生”が言ったこと、そこから、あたしが何を恐れているかを読み取ってほしいというのは求めすぎだと思う。
ただ、そこから“何かある”って気付いて、もっと話を聞こうってところまでいってくれたら嬉しい。
理解しようって気持ちがないと、何を話しても意味がないから。
「俺と付き合ってるのが犯罪だから内緒ってこと?」
雄樹くんは、よくわからないって顔で聞き返してきた。
あたしがキミの担任だって部分を外すと、わかりにくいよね。そこに触れずに説明するのって本当に難しい。
「ちょっと違うの。あたしは、雄樹くんと付き合うことが犯罪だなんて思ってない。本気で好きだし、正直、抱いてほしいって思ってる。
ただ、周りは多分そうは思ってくれない。25の女が高校生をたぶらかしたって言われて引き離されちゃう。あたしは、それが怖いのよ」
「だから、付き合ってんの内緒?」
「雄樹くんが誰かと付き合ってることが知られるのは構わないけど、その相手が、ここに住んでるあたしだって知れ渡るとまずいってこと。あたしの仕事の関係者って、当然あたしの顔知ってるわけでしょ。
あたしと雄樹くん、両方の顔を知ってる人もそれなりにいると思うの。だから、一緒にいるところを見られたくない。
デートなら、少し離れたところに行きたいってことになるのよ」
「じゃあ、この前、遠い水族館に行ったのも…」
「半分はそれ。もう半分は、ほんとにあそこに行きたかったから」
「水族館好きなのは?」
「それもほんと。ほかにも、ペンギンのいっぱいいる水族館にも行きたい。ここもちょっと離れてるし、そのうち行きたいな」
「つまり、美弥子さんは、誰かから淫行だって言われて別れさせられんのが嫌だから内緒にしたい?」
「うん、そう」
「俺が美弥子さんのこと先輩とかに話すのはいい?」
「もちろん、いいよ。ちょっと照れるけど」
「写真とか?」
そうやって訊いてくるってことは、妥協点探してくれるってことだよね。顔バレはまずいけど、アップでなければわかんないよね。
「この前の水族館の看板とこの写真くらいなら」
水族館の看板の前で取った写真。あれくらいなら、よっぽど拡大しなきゃ大丈夫のはず。第一、あたし、仕事モードの時とは印象違うはずだから。
「じゃあ、先輩に見せてもいい?」
「うん。会うのは困るけど、それくらいなら。多分ね、雄樹くんの見た目って大人っぽいから、知らない人は大学生だと思うんじゃないかなって。実際、あたしは最初そう思ったし、だから、あたしの知り合いは割と平気だから、雄樹くんの知り合いに会って身バレするのが一番怖い」
「…ほめてんの、それ?」
「? もちろん」
「あとさ、人に見られんのは嫌だってわかったけど、こことか俺んちならいんじゃね?」
雄樹くんの目がまっすぐ見てくる。
そうだよね、したいよね。最初の1回だけだもんね。あたしもさっき抱かれたいって言っちゃったし。
「あの…イチャイチャは…その…したいと思うんだけど…」
「ヤるのは嫌?」
「嫌じゃないけど。ていうか、あたしもしたいと思うけど。うん、さっきも言ったよね。
あたしは、さ。
えっちさえしてなければ、誰かにバレた時、淫行してないって言い張れるんじゃないかって、ずるいこと考えちゃって、踏み出せないでいるのよ。
ごめんね、あたしずるいの。それさえなければ、誰かに見付かっても“淫行じゃありません!”って言い張れるんじゃないかって、予防線張ってるの」
よくよく考えてみれば、ひどい話だよね。
保身のために、雄樹くんにしなくてもいい我慢させて。付き合ってるんだもん、抱きたいに決まってるじゃない!
そんなこと考えてたら、涙が出てきた。
「美弥子さんも色々考えてんだな。
そっか。俺と引き離されないためか…」
雄樹くんが抱きしめてくれる。もう、いっそのことこのまま抱かれたいよ。
「雄樹くん…」
「俺、我慢するよ。18になればいいんだろ? 1年くらい、なんとかなるよ」
「雄樹くん! ありがとう、ごめんね。
大好き!」
色々できない分、いっぱいキスして、その日は終わった。




