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23 お悩み相談室

 「キョーセンセーって恋人いる?」


 いつものように資料を取りに来てくれた雄樹くんから、とんでもない質問をぶつけられた。何をどう言っても角が立ちそうな質問なんだけど。


 「どうした、藪から棒に」


 振り向くと、腕を頭の後ろで組んだ雄樹くんは、口を尖らせるような感じで続ける。


 「や、センセーってアラサーでしょ? やっぱエッチしたことあんのかなって」


 いったい何がどうなってこの質問に至ったのか、全くわかんないんだけど。


 「私の異性関係などキミには影響なかろう。そんなプライベートな質問には答えられないぞ」


 「そうなんだけどさー、大人の男って、やっぱ上手いのかなーって」


 上手い? って、えっちのこと!? させてあげてないから不満とか!? そりゃそうだよね、思春期だし。覚えたてって歯止めが利かなくなるっていうし。


 「そういう質問は、保健室辺りでするのが定石だと思うんだが……なぜ私に訊く?」


 担任だからって話だったら、一応職務の内と言えるけど。


 「年齢的に考えれば仕方ないところだが、不純異性交遊は推奨できないぞ」


 一般論的に、高校生同士の性行為を疑ってる感じで話す。あたしとのことを言ってるんだろうけど、担任に相談してきた理由がわからないから。


 「ちげえって!

  あ~、その、俺、ハタチ過ぎた人と付き合ってんだけど、俺じゃ気持ちよくしてやれないんかなって」


 二十歳過ぎ!? あたし、25だって言ったはずだけど。…京先生はアラサーで、“美弥子”は二十歳過ぎかぁ。別人扱いされて喜ばしいことなのに、なんか面白くないなぁ。


 「真面目な相談なんだよな?」


 「うん」


 「なら、放課後、また来なさい。休み時間では時間が取れない」


 「放課後は、部活あるから…」


 「…では、12時半に相談室に来なさい」


 「わかった」


 「わかりました、だ」


 「わかりました」


 …何があったのかなぁ。




 この時期は、まだ相談室も空いているから、簡単に予約が取れた。準備室で話していて他の生徒が来るのはまずいし、準備室に鍵を掛けて男子生徒と2人きりという状況もよくない。

 正式に相談室を使えば、仕事として扱われる。これは、雄樹くんでなくてもやらなければならない手続きだ。

 昼休みになったら、急いでお昼を食べて相談室に向かう。

 5分前には着いたのに、もう雄樹くんは部屋の前に立っていた。


 「早いな。待たせたか」


 「今来たとこだから」


 そういうのはデートの時に言え、と言いそうになって、やめた。そういうこと言うのは京先生のキャラじゃない。





 相談室のソファーに向かい合って座って口を開く。さて、どういう話やら。


 「最初に確認するが、先ほどの話の女性とキミはきちんと付き合っているということでいいのか?」


 「うん」


 「二十歳過ぎというと、大学生か?」


 「公務員だって言ってた」


 あたしってことで確定ね。わかっちゃいたけど。


 「どうやって知り合った、というのはプライベートなことだから訊かないが、その女性と肉体関係がある、と?」


 「うん」


 「で、上手(うま)下手(へた)の話になったのか。

  その(ひと)に何か言われたのか?」


 あたしは何も言ってないはずだし、どういう流れだろ?


 「その…あんま、させてくんなくて、先輩が、俺が下手だからじゃねえかって。

  ()…その人、前にも付き合ってた人いるって言ってたし、大人だから」


 あ~…。

 あたしがしたがらない…ていうか、付き合ってから一度もしてないから、そんな心配してるのかぁ。

 あたしがちゃんと言わないのが悪いんだよねぇ。


 「あくまで一般論だが。

  女性にとって、性行為は必須ではない。肉体的より精神的な充足を求める人も多いんだ。わかりやすく言うと、好きな相手と腕を組んで歩くだけで幸せに浸れる人もいる」


 「歩くだけで?」


 「そうだ。精神的な充足というのは、要は気分の問題だからな。

  例えば、料理を作って褒められた、残さず食べてもらえた、それだけで満足できる人間もいるんだ。

  性行為についても、肉体的な快楽よりも“求められている”という精神的な充足を得る人もいる。

  まぁ、性欲の全くない女性というのも多くはなかろうが、いるしな」


 「センセーは?」


 なんでそこで!?


 「だから、そういうプライベートな質問には答えないと言ったろう」


 そうだ、せっかくだから…


 「ああ、もう1つ、キミの年齢を気にしている場合もあり得るな」


 「(とし)?」


 「相手は、キミが18歳未満だと知っているんだろう?」


 「知ってる」


 「そうすると、育成条例に引っかかることを気にしている可能性もある。

  公務員となると、倫理にはうるさい職種だからな。

  正式に付き合っているとなれば、本来、育成条例には引っかからないが、周囲が信じるかという問題もある。刑事事件として罪にはならなくとも、職場的には問題になることもある。

  これもまた一般論に過ぎないが、大の大人が高校生に手を出したとなると、恋愛よりは援交の類を疑うのが普通だ。キミの場合は男女逆だし、援交のセンは薄いだろうが、20代女性が17の高校生を本気で好きになるとは信じないのが世間というものだ」


 「センセーも?」


 雄樹くんの目が暗い光を帯びてる。なんか、裏切られたって顔だ。


 「ケースバイケースだ。

  キミの恋人に会ったこともないのに、わかるわけがなかろう。あくまで一般論だ。

  だが、相手が公務員なら、疑われるリスクを避けようとするのは考えられる」


 「俺の気持ち、疑われてんだ?」


 疑うわけないじゃん! 信じてるよ!


 「そう短絡的になるな。

  疑っているなら、高校生と付き合うリスクを冒すとは思いにくい。

  相手もキミのことを本気で好きで、でも世間の目は怖い、という可能性は高いぞ」


 高いっていうか、それしかないんだけど。

 あたしの気持ち、信じてよ。本当に好きなの。


 「世間の目…」


 「キミが思う以上に、世間というものは厳しい。40歳と30歳が結婚しても誰も不思議に思わないが、28歳と18歳が結婚したら、何かあったと勘ぐるのが世間だ」


 「何かって?」


 心底不思議そうに雄樹くんが首を傾げる。

 いいよね、純粋で。こういうところに年の差を感じちゃうよ。


 「わかりやすい例を挙げると、できちゃった結婚だな。高校生に手を出して孕ませたから結婚するんだなと思いながら、形だけは祝福するわけだ。

  裏で噂になっていたとしても、それを止める術はない」


 「なんだよ、それ」


 

 「それが世間というものだ。

  芸能人のゴシップ記事を見れば、こういう話を喜ぶ層がいることはわかるだろう」


 「キョーセンセーはさ、そういうの、どう思う?」


 あ…、えっと、ここは教師の立場での答えだからね。


 「私個人としては、特に思うところはない。

  人の気持ちなど、一括りに論じられるものでもないしな。

  恋愛というのは、個と個の間のものだ。年齢差など気にするものでもなかろう。世の中には、30歳差の夫婦などもいる。

  彼らの全てが財産目当てというわけでもあるまい」


 まぁ、結婚は家と家って側面もあるから、一概に言えないけど。


 「センセーは、年の差は気にしないんだ?」


 「私個人としてはな。

  ただ、世の中に育成条例というものがあるのは、キミ達青少年を守るためだ。

  人生経験の少ない中高生が、邪な大人の食いものにされないよう守る必要があるのも事実。

  内情は、下手をすれば当事者にすらわからないのだから、やむを得ないとも言える」


 「本人にもわかんねえの?」


 「ある程度場数を踏んだ大人なら、16~17の少女をうまく言いくるめて、付き合っている態で食いものにすることだってできる。

  そうすると、少女の主観では、自分たちは付き合っているのだから、体の関係があって当然、ということになる。主観と客観の間に隔たりがあるわけだな」


 「大人に騙されるってこと?」


 「まぁ、平たく言えばそういうことだ。

  そして、それは外からはわからないから、たとえ真剣に付き合っていても邪推されることはある。

  公務員なら、それを恐れる可能性は高いな」


 あたしの場合、教師と生徒だから、そんなもんじゃすまないけど。


 「面倒なんだな」


 本当は、こんな世界を覗くのはもっと後でもいいはずなんだけどね。ごめんね。


 「さっきも言ったが、私個人としては、キミが社会人と付き合うことも、それに伴う様々なことを経験することも、どうこう言う気はない。

  人を好きになれば、相手の気持ちに対して不安になるのもよくあることだ。悩むのも人生経験だし、無駄ではない。

  ただ、必要以上に思い悩んで、関係を悪化させないよう、相手とのコミュニケーションはきちんと取った方がいい。言葉が足りなかったばかりに破局するカップルは掃いて捨てるほどいる」


 言葉が足りないなんて、どの口が言うんだろうね、あたしってば。


 「不安も、誰かに話すだけで楽になることもある。私でよければ愚痴くらい聞いてやるぞ」


 「ありがと、センセー」


 「ああ、ただ、担任として建前を言えば、キミはまだ高校生なのだし、高校生らしい健全な交際を望む、ということになる」


 「なんだよセンセー、言ってること違うじゃん」


 雄樹くんは、口を尖らせて笑った。


 「これが大人の本音と建前というやつだ。

  キミもいずれ、そういうことを気にしなければならない時が来るが、私としては、今はまだそんなことは気にせずのびのび生きてほしいと思っている。

  ただ、まぁ、社会人と交際するなら、相手の立場を慮ってやる必要はあるだろう。せっかく年上と付き合うなら、そういうことを経験するのもいいと思う」


 あたしったら、なんてマッチポンプなことしてんだろ。かっこつけたって、結局は“あたしの立場をわかって”って言ってるだけじゃん。

 でも、雄樹くんは真面目な顔で言った。


 「わかったよ。ちゃんと話してみる。んで、ちゃんとわかりあえるようにする。

  またなんかあったら相談に来てもいい?」


 「ああ、いつでも来い」


 あたしって悪い大人だな~と思いつつも、雄樹くんに嫌われたくないって思いは止められなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大人になると、わかることもある……(~_~;) これを健康で健全な高校生男子に理解させるの難しいかもなぁ。 頭では理解しても、相手が都合いいことだけ言ってるような気になるかも。
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