17 金のわらじ
まずいなぁ。
この前は、なんとなくそんな雰囲気じゃなくなったから事なきを得たけど、うっかり襲っちゃうところだった。
雄樹くんだって若い男の子だもん、迫られたらそりゃ我慢しないよね。
あたしだって、本音を言えば、雄樹くんに抱かれたいって思ってるんだから。
あたしが担任だなんて知らないんだもん、単に社会人のカノジョってだけ。ともすれば、部活の仲間にツーショット写真とか見せて自慢する流れだよね。
それくらいさせてあげないと可哀想だよ。あたしの我が儘なんだから。
あたしが担任の京だって知ったら、雄樹くんはどうするだろう。
「キョーセンセー、プリント取りに来たよー」
「ああ、そこにある。よろしく頼む」
雄樹くん、美弥子に対する時とは少し態度違うよね。軽めの口調は変わらないけど、美弥子相手よりも自然体かもしれない。
美弥子の前だと、初めてのカノジョってことで緊張してるのかもしれない。
「あのさセンセー、ちょっと聞いてもいい?」
「なんだ?」
「この前さ、親子ほど年の離れた夫婦とか言ってたじゃん? ああいうのって昔はよくあったの?」
ああ、授業で触れた貴族の結婚の話ね。
「キミがどのくらいの頻度を指して“よく”と言うのかわからないが、上流階級になるほど起こりやすい事象ではあるな。
そもそも上流階級においては、子を多くなすことは政治的な手駒を増やすことと同義だ。女性が家と家を結びつけるための道具として扱われた時代というのは、かなり長いぞ。
しかも、出産による危険は今とは比べものにならないほど大きかったからな。若くて体力がある方がリスクは小さい。妻に若さを求めるのは当然だな」
「それって、すっげーセクハラだよな」
「善し悪しは置いておいて、歴史的な事実だ。
産業構造や時代背景の変化から、徐々に女性の権利というものが獲得されていったんだ。
セクハラという概念のない時代にそれを言ってみても仕方がないぞ。ああ、もちろん、そういう時代と現代とを比較することには意味があるが」
「姉さん女房は金のわらじを履いて探せって言葉もあるよね」
「かね、だな。金じゃなく鉄という意味だ」
「え、鉄なの?」
「丈夫な鉄のわらじを履いて歩き回って探せという意味だよ」
「そっか。要するに、年上なのはいいことなんだよな?」
「年上の方が包容力があるという意味で使われることが多いかな」
「包容力…そっか」
大抵は、2つ3つ上を指すんだよね。10歳上だと、言われない気がする。
「どうした富井? 部活の先輩にでも、気になる人がいるのか?
まぁ、節度をもって行動する分には何も言わないが、問題を起こすと大会の出場停止などのペナルティが発生するからな。気を付けた方がいい」
「問題、ね。うん、気を付ける」
雄樹くん、突然あんなことを言い出すってことは、美弥子との年の差を気にしてるってことだよねぇ。
でもまぁ、金のわらじの方できたから、肯定的なんだろうけど。あたし、包容力あるかな?
なかったら、捨てられちゃう?
年上の余裕と包容力で雄樹くんの心を繋ぎとめないと。
今週の土曜の分のリクエストは、聞きそびれちゃったんだよね。
平日の夜は、結構ヘロヘロで、ご飯作るのも億劫だったりするんだけど、食生活は体力を維持する鍵だからね。
土日に買い物して作り置きして冷凍、2~3日は買っておいた材料で簡単なものを作って、その後は冷凍しておいた作り置きを食べてって感じでなんとかやってる。
週の後半になるに従って疲れてもくるから、前半にその日作ったものを食べるのは、理に適ってると思う。
最近は、パインで雄樹くんとちょっと話せて、それが元気の源になってる部分もある。
やっぱり心の栄養って大事よね。
連絡が来るのは午後11時くらい。際限なくなるとまずいから、10分くらいで切り上げるようにしてる。
ちなみに、何食べたいか訊いたら、ご多分に漏れず“なんでもいい”って答えが返ってきた。
それが一番困るんだってば。
それでも、ちょっと嬉しいのは“美弥子さんが作ってくれるなら”って頭に付いてたこと。我ながら単純だけど、そう言われて嬉しくない女はいないよね、うん。あたしが単純ってわけじゃないよ。
なんだかんだやりとりの末、鶏胸肉を焼くことになった。皮がパリパリに焼けると美味しいんだよ~って言った結果。
でも、あれって、前日から塩麹に漬けとかなきゃいけないんだけど、どうしよう。
やっぱなし、は言いたくないし、木曜辺りに肉買いに行く?
仕事モードでの買い物はしないことにしてるし、夜もそこそこの時間になっちゃうし、困ったなぁ、
結局、一旦家で着替えてから行くことにした。
髪は、今更いじるのも面倒だし、解いて帽子に隠すことにする。夜9時に帽子かぶって歩く女って、ちょっとどうかと思うけど、万一雄樹くんに会ってバレたら困るから、仕方ないよね。
で、そういう時に限って会っちゃうんだよねぇ。
「美弥子さん、どうしたの、こんな時間に?」
「雄樹くんこそ、どうしたのよ? こんな時間まで部活?」
「いや、部活の後、みんなでメシ食いに行ったから」
「そっか。あたしは、ちょっと買い物にね」
「こんな時間に?」
「お仕事して帰ってくるとこんなもんよ」
「一緒に行くよ」
「いいよ、雄樹くんも部活で疲れてるでしょ? 早くシャワー浴びて休みなよ」
一緒に買い物に行きたいって気持ちもあるんだけど、土曜のための買い物だってわかっちゃったら気を遣わせるしね。
「じゃ、ちゃっちゃと行ってくるね。
おやすみ!」
「え、あ、おやすみ…」
ちょっと振り切るみたいになったけど、あたしはスーパーに向かって駆け出した。




