伍
先輩たちの紹介も全員終わった所で、オレもユニフォームに着替え、ようやく練習開始となった。
よし、オレも自己アピール、しっかりやっていくぞ、頑張るぞ! と息巻いたのはいいが、練習を始めた先輩たちの様子に、オレは目を疑った。
それはむしろ野球というよりは格闘技だった。殴ってくるのを避けたり、それをねじ伏せたり。ラグビーやレスリングのタックルみたいな事もやっている。
これが甲子園常連高の練習方法だというのか?
「どうした、鬼東、練習しないのか?」
「オレは練習したいんですけど、いったいみなさん、何をしているんですか?」
「何って、練習だけど?」
「これが? これが野球の練習だと言うんですか?」
「普通のタッチプレイじゃないか。タッチプレイで一番大事なのは身を守る事だからな。それを疎かにしたんじゃ、野球どころじゃない」
「タッチプレイで身を守る? いや、いくらタッチプレイって言ったって、何も殴ってくるわけじゃあるまいし」
「いや、殴ってくるだろう、普通? ていうか、敵は殺すつもりでくるわけだから、こっちだって必死で戦わないと」
殺しに……?
そ、そうか、そうだったのか! オレは少し感動した。
先輩方は命を懸けて野球をやっているんだ。こんな一見野球に無駄に思える練習も、きっと意味があるのだろう。いわば戦う心を鼓舞するみたいな。
相手が殺しにくる、そんなプレッシャーを己に与え、心と体を鍛えているんだ!
流石は甲子園常連校、オレも心してかからないといけないようだ。
「おい、鬼南、鬼東、投げてみないか?」
その時、キャッチャーミットを持った先輩が、コウカに声をかけた。その先輩はガタイはいいのだが、異常に顔色の悪い例のゾンビ先輩だった。確か、シダイさんって言ったっけ。
「雷児、まずはウチから投げるけぇ」
「あ、うん」
「先輩、本気で投げてもええんかいのぉ?」
「ああ、構わない、お前の本気の球、投げてみろ」
「わかったわ。じゃけんど、どがぁな事になってもウチは知らんけぇ」
その様子に興味を持ったのか、みんなワラワラとブルペンの周りに集まってきた。
コウカは真剣な表情でマウンドに立ち、スゥーと深く息を吸うと、大きく振りかぶる。ボールを握った右腕がキャプテンをぶっ飛ばした時の様に、また真っ赤な炎に包まれている様に見えた。
「ディストロイファイヤァーー!」
コウカは叫び声とボールは投げ込んだ。ボールは真っ赤な炎となって、四代先輩をミットごと打ち抜いた。
いや、比喩ではなくて、本当に打ち抜いたのだ。先輩の体には大きな穴があき、その穴からはプスプスと黒い煙が上がっていた。
「凄い! まるで火の球だ!」
「ブチ凄いじゃろぉ! バケモノ封じの炎滅ボール言うんじゃ!」
「理事長が自慢げに言ってただけの事はあるなぁ」
「で、でも、ブライアン先輩、四代先輩が……」
「四代さんは大丈夫。どっちみち死んでるし。流石に体の半分吹き飛んじゃったら、そう簡単には起き上がってこれないだろうけどな。……、あ、あれ?」
「ど、どうしました?」
「おかしいな? ん? おーい四代さん? 寝ているんですかー? おーい? え、死んでる? マ、マジ? や、やべっ、やっぱり死んでる。どうして? なんでゾンビまで死んじゃうんだ? キャプテンだって、本当だったら不死身のはずだったんだけど」
「じゃけぇ、ウチの炎は穢れを清める力があるゆうとろぅが。バケモノ封じゆうんは、そういう事じゃ」
コウカがまた鼻を広げ、得意げに答える。
「困るよ、君―っ! どうするの、一日でチームメイト二人も殺しちゃって? しかも四代さんはキャッチャーなんだぞ? 誰が君の球、受けるんだよ?」
「ウチは悪ぅない! 本気で投げぇゆうたんは、この人じゃけぇのぉ」
ブライアン先輩はぶつくさ文句をいいながらキャプテンの隣にまた穴を掘ると、四代先輩もそこに投げ込んだ。深い溜息を吐きながら独り言の様に呟いた。
「墓掘りなんてエルフの仕事じゃないんだからな。まったく鬼ときたら、どこの国でも勝手で粗暴で困ったもんだよ」
「あの、先輩、さっきからやってるコレって、犯罪ですよね?」
「コレって?」
「死体を埋めちゃう事ですよ! それよりか、人、殺しちゃってるじゃないですか? 殺人罪、死体遺棄、立派な犯罪ですよ!」
「犯罪になるわけないだろう? だって、キャプテンも四代さんもバケモノだからな」
「バケモノ?」
「そうバケモノを殺しても殺人にはならない。だって人じゃないからな。あたり前じゃないか」
「もしかして、先輩もバケモノだったりして?」
「バケモノって言い方は不愉快だけど、俺たちエルフも人から見たらバケモノかもしれないな。しかし鬼東、お前まるで他人事みたいに言うけど、そう言うお前だって鬼、正真正銘のバケモノじゃないか」




