参
現実とも思えない想像を超えた事態に、オレはただただオロオロするだけだ。しかしその割に、みんなにはそれほどの動揺は見えないようだ。なぜ?
「仕方ないなぁ。おい、君達も穴掘るの手伝えよな」
そんなオレと他人事のように顔を背けるコウカに、イケメン金髪先輩が声を掛ける。
「ウチ、イヤじゃ。ウチのこの腕は球放るためのもんじゃ。穴掘るためのもんじゃないけぇ」
「じゃあ、君だけでも手伝ってくれよ」
「ど、どうする気ですか?」
「どうするも、こうするも、この死体埋めないと、理事長にバレちゃうじゃないか」
「埋める? マ、マジすか?」
驚くオレを無視して、先輩たちはベンチ脇に穴を張り出した。オレも仕方なく穴を掘る。
これって、死体遺棄だよね? 犯罪だよね? 何ともイヤな汗が流れる。
こんな事態を招いた当の本人は、いつの間にかユニフォームに着替え、ウォーミングアップを始めている。
ようやく人間を埋めるくらいの穴が掘れると、御出井先輩の首無し死体は、そこへ放り込まれてしまった。
南無阿弥陀仏、どうか成仏して下さい。せめてもと、オレは手を合わせる。
上から土を被せ、小さな小石を墓石替わりに添えたその時、まるで見計らったように金ピカの車がグランドに横付けすると、やはり金色に輝く背広を着たバカでかい男が下りてきた。
「うわっ、やっべぇー、危なかった! 理事長、今日はやけに早いな」
どうやら御出井学園の理事長らしい。しかし、金色尽くしとは、何て悪趣味な。
「お疲れ様です!」
みんな整列し、大きな声で理事長を迎える。
オレは理事長の顔を見て、思わず悲鳴を呑み込んだ。
目が無い! いや、無いんじゃなく埋もれているんだ。ドス黒く爛れ垂れ下がった顔の肉に隠され、目も鼻も口もどこに有るのか分からない有様だ。しかも、酷い臭いが!
御出井先輩の臭さを何十倍にもした様なその悪臭に、思わず顔を顰めてしまう。
その化け物じみた風体の理事長が、事もあろうか、オレの前で立ち止まった。
「おみーが鬼東の倅か?」
「え、あ、は、はい! 木藤雷児です。よろしくお願いしますっ!」
「おみーの親父は、本当におっとろしー鬼だったぜ。ま、おみーにも、期待してっからな」
「あ、ウプ、ありがとう、ございます、ウゲェ」
酷い悪臭。俺は吐き気を我慢しながら、必死で挨拶した。
「ふん、こっちはメスオニか。鬼南炎介の娘だに?」
あれ、今、理事長、何て言った? キナミエンスケ? 聞いた事あるような?
「ほうじゃ。じゃが、おっちゃんぶち臭いのーぉ! もぉたまらん! こらえられんわぁー」
コウカは思いっきり顔を顰めると、理事長に背を向ける。
そんなコウカの失言にも理事長は怒る事なく、満足そうに頷いた。
「ヒッヒ、口と度胸だけじゃなく、その肩にも期待してっからにー」
「言われんでも、やっちゃるけぇ、安心せぇや」
鼻を摘みつつ理事長を見上げるコウカは、少しも怯む事なく、むしろ偉そうにふんぞり返っている。心配したオレが馬鹿みたいだった。
新入生の顔ぶれを見回した後、整列した部員を前に理事長は満足気に喋りだした。
「今日は入学式、今年度は期待の新入生も加わり、昨年の様な事はねーとワシは考えている。どうだ、尿三? ん、尿三はどーした?」
「あ、いえ、今日はまだグランドに来ていませんが」
「あいつ、またズル休みか! まったく何やってやがんだ。まーいい。バイスキャプテン、今年の目標とは何だ、答えてみれや」
「ハイ! 坑死園です!」
答えたのはイケメン金髪先輩。バイスキャプテンなのか、この人が。
「そう、その通り。そのためにワシは、この四人を我が汚泥学園に招いたのだ。よし、おみーら、バチッと挨拶をしろい」
「ほいじゃ、ウチから。ウチは〈南の炎鬼〉の名を継ぐ鬼南煌火、ポジションはピッチャー。ウチの球は誰にも打たれんけぇ、先輩方は後ろで遊んでくれちょてえぇですけぇ。あと、先輩とはいえ、舐めたプレーするモンに、ウチは容赦せんけぇ、そこは覚悟しとってつかーさい!」
マジ!? 選手なの、この子? しかもピッチャー?
「アタシは大牙八裂。正統なる人狼にして最強の人狼。足には自信あるよ、あともちろん牙にもな。敵の喉、早く切り裂きたくてウズウズするぜ。ポジションは、ま、外野かな」
下手すると185cmあるオレよりもデカイが、こいつもどうやら女子みたいだ。猫耳みたいのを付けたふざけたヤツだが、喉を切り裂く? ワケわからない。
「おい、どうした鬼東、おめーの番だぞ?」
「あ、はい。自分は木藤雷児。ポジションはピッチャーです。しっかりと練習をし、チームのためになりたいと思います。よろしくお願いします」
新入部員は四人と言っていたけど、もう一人の姿が見えない。どうしたんだろう?
「あいつはまだこねーのか?」
「あ、来ました。今、こっちに向ってるみたいです」
バイスキャプテンの指さす方を見て、オレは首を傾げた。
どう見ても、校舎の二階よりも大きな物体が、ゆっくりとこちらに向かっているのだ。その姿は人間にも見えるが、そのサイズたるや……。




