拾壱
初夏を迎える頃になり、夏の坑死園予選が近くなってきた。
ここにきてオレも含め素人同然だった一年生も、ようやく野球を理解しつつあった。
パスキーは相変わらずボールを扱うのが苦手だったが、ルールについては何となくだが理解してきた様だし、大牙は先輩たちを超えるほど、そのプレイに冴えを見せていた。
獣の血がそうさせるのか、ボールに対する反応の鋭さは飛猿先輩をも凌駕する程だ。
オレも今では立派な戦力となっている。
鬼としての心はまだまだだし、未だにインフィニティサンダーボールは投げられない。それでも並みの化け物相手なら十分戦えるくらいの戦闘能力はついた。
野球で戦闘能力って何だよ、とは思うが。
しかし元の世界ならば普通に行われるはずの練習試合、練習を重ねるばかりで一向にやる気配がない。
「ブライアン先輩、練習試合とかやらないんですか? 大会前に他校と試合してみたいんですが?」
「何言ってるんだ、お前? 大会前にそんな事をするチームがあるか」
「えっ? そう、なんですか?」
「おいおい、勘弁してくれよ、素人でもあるまいし。試合というのは真剣勝負、命を懸けた戦いだ。それをこの時期に行うというという事は、大会前に大切な部員を欠く可能性があるという事だ」
「あ、そうか!」
「それに、こちらの新戦力も、戦い方も、すべてさらけ出してしまう事になる。練習試合など百害あって一利無しだ」
なるほど、ブライアン先輩の言う事ももっともだ。世界が変われば、野球も変わる、という事だ。しかし、それでも試合経験は欲しい。
特に、オレはまだこちらの世界の野球を知らな過ぎる。
「それでも、やっぱりオレは試合がやりたいです。うちの野球部は人数が少なすぎて紅白戦すら出来ない。しかも本気のプレイすら今は禁止しているじゃないですか? こんなんで本当に大丈夫なんですか?」
そうなのだ。今は大会前という事で、怪我人や死人が出かねない、練習での本気のプレイは一切禁止されている。特にすぐにカッとなる煌火は個人錬しかやらせてもらえない状況なのだ。
「ほーじゃのぉ、こげーなヌクい練習ばかりじゃ、ウチも体がウズウズしよるんよ。本気で殺し合える試合、したいのぉー」
「うーん、方法がないわけじゃないんだがなぁ」
「試合出来るんですか? だったら」
「四代先輩がいればな。四代先輩なら、試合の手引き、頼めたんだが」
「四代先輩て、あのゾンビの?」
「ああ、そうだ。あの人はああ見えてゾンビ界のレジェンドだ。八百年もの間、死と再生を繰り返しているという事だしな。そんな事で、あの世にも詳しい」
「それと練習試合といったいどんな関係か?」
ブライアン先輩は、さも名案が浮かんだとばかりに、ポンと手を叩いた。
「そうだ、鬼東、お前、四代先輩を掘り返してみろ」
「え? 掘り返すって、死体をですか? 四代先輩の死体を掘り返すんですか?」
「そうだ。もしかしてそろそろ生き返る頃かもしれない」
「嫌ですよ、オレ! 死体を掘り返すなんて!」
「しかし、それしか試合する道はないぞ。おい、一年! みんなで四代先輩を掘り返せ!」
「ウチは嫌じゃ、そがぁーな事、やりとーない。ワン子、オマエ、ウチの分まで、頼むわ」
「え、ア、アタシ? マ、マジすか? い、いやー。死体なんて、堀り返したくないなー、なんて…」
煌火の無茶振りに、流石に大牙も腰を引いている。けれど、相手が煌火では逆らいようもない。
「あー、ワン子? ワレ、今、何てゆーた? やりとぉーない、聞こえた気ぃするがぁのぉー?」
「いえ、そ、そんな事はありません。アタシが掘り返して見せます! 見ていて下さいっ!」
大牙は涙を浮かべつつ、四代先輩の埋まっているベンチ脇の土を物凄い勢いで掘り返していった。
流石は犬、いや狼か。オレたちが手を出す必要もないくらい、どんどんと穴が掘れていく。そのうち大牙が大声を上げて、穴から飛び出てきた。
「ウゲェェェェーーー、もぅダメですぅーー!」
「どがーしたんじゃ、ワン子?」
「臭い、臭くて、耐えられませーーん!」
「うわーっ、ねきに寄るなやー、お前ぶち臭そーてたまらんわー!」
「ヒ、ヒドイっすよー姐さん! アタシ、姐さんのためにーっ!」
煌火と大牙が追いかけっこをしている間に穴を覗くと、四代先輩の死体の一部が土の中から見えていた。肉は腐り白い骨が露になっている。
「うひゃー、ダ、ダメですって、あれ、腐ってますよー!」
「誰が腐ってるって?」
その声に振り向いたオレは、さらに情けない叫び声を上げた。四代先輩が、腐った体で穴から顔を覗かせていたからだ。
ウジが沸く体、腐り落ちた肉をズルズルと引きずりながら穴から出てきた四代先輩は、煌火を見つけると、ゆっくりと近づいていった。
「やぁ、鬼南」
「うぎゃぁーーー!」
流石の煌火も悲鳴を上げている。思えば、煌火の悲鳴なんて初めて聞く。
「な、なんじゃーっ、おどりゃ、すえとるんじゃー、臭ぉーてたまらんってー、ぎゃーー! いねー、あの世にいねーーーっ!」
「何だよ、酷い事言わないでくれよ。別に復讐しようってわけじゃない、一言言いたかったんだよ。君のボール、凄かったよ。余りの威力に死ぬかと思ったよ、死んだけど」
「成仏せい。成仏せい!」
「僕は成仏しないよ、死んでるけど、死んでない、みたいな?」
煌火が涙目で叫ぶ。
「ウ、ウチをビビらすたぁ、いびせー先輩じゃ!」
その余りに恐ろしい姿と腐敗臭に、みんな遠巻きに四代先輩を見ていたが、ブライアン先輩は準備良くマスクをすると、恐る恐る四代先輩に近づいていった。
「四代先輩、すいません。まだちょっと早かったようですね」
「うん、そうみたいだね。でも、肉は腐りかけが一番美味しいとも言うよ? もっとも、僕は腐りきってるけど」
「あ、あ、はい。そ、そうですね。それで、実はお願いがあって、早々に再生してもらったわけなんですが、話し聞いてもらえますか?」
ブライアン先輩が四代先輩に頼んだ事、それは冥界との練習試合、つまり、死者と野球の試合がしたいから、その段取りをして欲しい、そういう事だった。
バケモノのいるこの世界だから何でも有りだとは思っていたが、そんな事まで可能だとは驚いた。
もっとも、こっちの世界でも、あの世の者と野球が出来るのは珍しい事なのか、先輩たちも煌火も目を丸くして驚いていた。
「そがぁーな事、出来るんか?」
「あぁ。もっとも俺は、以前にも冥界との試合が行われたと、理事長から聞いて知っていたのだがな。その試合の段取りも四代先輩が行ったとの事だ。なんでも冥界での試合は感覚、つまり五感と痛さなどの痛覚など、すべて現実の世界と同様に感じるらしいが、あくまであの世で行われる試合、例え致命傷となる様な怪我を負ったとしても、リアルな世界にそれが反映される事は無いらしい。つまり、思う存分戦いどんなに傷つく事があろうと、現実に戻ればそれは経験としては残るがいっさいダメージとして残らないという、理想的な練習試合が出来るという事なのだ」
「いや、痛くないほうがええやろ?」
飛猿先輩のもっともな意見だ。しかし、ブライアン先輩は首を横に振る。
「いや、それでは駄目だ。リアルな経験こそが技術の向上を促す。痛さや辛さがあってこそ真剣なプレイが生まれるんだ」
ブライアン先輩、エルフのくせに、やけに常識的な正論や根性論をぶっこんでくる。エルフってもっと夢のある人であって欲しいんですけど。
けれど、この話に煌火の目に火が宿った。明らかに興奮している様子で、四代先輩に詰め寄った。
「冥界で野球をやるメンバーは、どがぁーに決めるんじゃ? 死んだ者なら誰でも呼べるんかのぉ?」
「来てくれるかはわからないけど、声くらいは掛けられるんじゃないかな」
「ほいじゃ、頼む! ウチの父ちゃんに声を掛けてくれんかのぉ! 一緒に野球やりたいって、煌火がそがーに言うちょるて、伝えてつかーさい!」
煌火がしおらしく、四代先輩に頭を下げた。
そんな姿を想像も出来なかったオレたちは、驚きのあまり無言で見つめあった。




