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バケモノ aim for the KOUSHIEN!  作者: 日上東
弐 鬼、冥界で啼く
26/27

 それは、オレが瀬羅に道場に来る事を禁じられてから五日目の事。その日もオレは練習を終えた後、北鬼の道場へ向かうつもりだった。追い返されるとは、わかっていても。


「じゃあ、オレ、稽古にいくから」

「ほぉー、何の稽古じゃ?」

「え、そ、それは鬼修道に、決まってるだろ?」

「おかしいのぉ。瀬羅から稽古は終えた、そげぇに聞いとるんじゃが。瀬羅がウチにウソついたんかのぉ? ほーじゃとしたら、ただじゃおけん、瀬羅に落し前つけてもらわんといけんのぉ」

「あ、え、えーと。ご、ごめんっ! じ、実は、先週、稽古はもういいって言われていたんだ」

「じゃったら、雷児、ワレ、ここ数日、何しとったんじゃ?」

「いや、その、北鬼の道場に行ってたのは本当だよ。修行は終わったからと道場には入れてもらえなかったけど。けれど、オレはまだ稽古をつけてもらいたくて、オレも、その…」


 この時すでに煌火の異変に気付いた先輩たちは、ソロソロとオレたち近くから離れていっていた。煌火は怒りでブルブルと震えながら、体からは激しい炎が立ち上っていたからだ。

 言い訳を言い終える前に、煌火の目は色を失っていた。


「うぉおおおーーーーーっ」


 煌火が一声吼え、燃え盛る拳をグランドに叩きつけると、広いグランド全面から、真っ赤な炎が高く激しく立ち昇った。


「ぅあーっちちちち……」

「ぐんもおーーーっ」


 逃げ遅れた八裂とパスキーはたちまち炎に包まれ悲鳴を上げた。オレの全身も炎に包まれたが、必死に熱さを堪えた。


「許さんっ! 許さんけぇのぉー! 雷児ぃ! 瀬羅ぁ! おどれら、ウチの炎で焼き殺しちゃるけぇー!」

「うひゃーーっ! 何とかしろーっ! 鬼東、鬼南を何とかしてくれーっ!」


 炎はどんどん広がり、ネットにもメラメラと燃え広がっていた。炎は逃げる先輩たちにも飛び火して、みんな熱さで地面を転げ回っている。


「こ、煌火、ゴメン! 謝るから、謝る、うぁあちちちち……」


 なんとかしないと、ヤバイ! そうだ! 心ならば、話を聞いてくれるかもしれない。

 オレは瀬羅との稽古で培った〈鬼心術〉で、煌火の心へと接触を試みる事にしようと、その燃え盛る体を抱きしめた。焼け死んでもいい、気持ちを奮い立たせゴウゴウと燃えるその小さな体を抱きしめながら、瞳を見つめた。

 煌火、見るんだ、オレの目を! 聞くんだ、オレの声を。そうだ、耳を澄まして。

 怒りで我を忘れたかのような煌火だったが、その心は泣いていた。瀬羅に対する嫉妬心と裏切られた悔しさと、そしてオレを失う恐怖で震える、可愛らしい少女そのものだった。


 オレは必死で謝った。心の底から、瀬羅に心奪われた自分を恥じ、謝った。

 煌火の怒りがようやく収まった時、クランドはすっかり焼け野原となっていた。八裂とパスキーは大やけどを負いヒィヒィ言っていた。


「ヒ、ヒドイですよぉ、ね、姐さん……」


 少しだけ申し訳なさそうに、煌火は頭をかいた。


「悪かったのぉー、ワン子。ちぃーとばかり、カーッとなってしもぉーた」

「鬼南―っ! 何がちぃーとばかりだ! グランドこんなにして、ちゃんと反省してるのかっ!」

「仕方ないじゃろぉー。ウチかてこがぁーな事、したいわけじゃないんよ。じゃけんど、ウチはウチを裏切るよぉーなマネ、堪える事ができん。今度また、こがぁーな事があったら、ウチ、自分でもどぉなってしまうんか、知らんけぇのぉ。覚悟しちょったほうがええ」


 怒り心頭のブライアン先輩だったが、少しも反省していない煌火のこの言葉には震えあがった。

 オレは後から煌火のいない所へ呼び出され、こっぴどく説教されるハメとなった。


「お願いだから痴話げんかは外でやってくれよ! こんな事、たびたびやられたんじゃ、こっちは命が幾つあったって足りない。グランドだって使い物にならなくなってしまう。いいか、お前は絶対にあの恐ろしいメス鬼を怒らせるな! 機嫌を損ねるような事をするな! もう野球なんてどうでもいい、それがお前の一番大切な役割だ、いいか、わかったなっ!」


 その日の帰り、煌火はオレの背中で鼻歌を歌い、すっかりご機嫌になっていた。思えば、ここの所オレは一人で北鬼の道場へ通い詰めていたため、二人で帰えるのは久しぶりだったのだ。

 オレは、さっき焼かれた火傷の跡がヒリヒリと痛んでいたが、そんな事はお構いなく、煌火はオレの背に乗った。朝と同様、訓練の一貫だとはいえ、恐ろしく重い煌火を一日の終わりに背負うのは、かなり辛かった。


「ねぇ、煌火? もう怒ってない?」

「ああ、もうはぶうてないわ。それにウチ、もうあがいにあらびる事はせんけぇ、心配はいらん。ウチかてやり過ぎた、思うとるんよ」

「ありがとう。でも、本当にゴメン。きちんと話さなかったのは悪かった。実は瀬羅の事で一つ気になる事があったんだ」

「なんじゃ?」

「瀬羅が煌火に言った事、憶えてる? 偽りの血だとか?」

「あぁ、ウチは寝とったけぇ、ちぃーとしか覚えちょらんが、そがぁーな事、言っとたかもしれんのぉ」


 煌火は相変わらず寝ていたと言い張るつもりだ。そんな意地を張る姿はカワイイとも言える。


「それって何の事だろう?」

「よぉわからん。じゃが北鬼の連中は、ぶち血にこだわるけぇ。なんやらウチにもケチつけたかっただけ、違うんかのぉ?」


 北鬼家の者が血にこだわる、それが本当なら、北鬼家において瀬羅の立場は…。


「ねぇ煌火、血にこだわるっていういうのは、どういう事? 前に言ってたみたいに、他のバケモノの血や人間の血が混じる、そういう事を嫌うって意味?」

「ほうじゃ」

「北鬼家にはそういう、人間の血が流れた鬼はいるのかな?」

「それはおらんじゃろぉー。今はほとんどの鬼が人間や他のバケモノとの交じりになっちょる。世界はグローバルじゃけぇのぉ。じゃが北鬼の家が血統にこだわるゆーんわ、世間じゃ有名な話じゃ。瀬羅もゆうとったじゃろぉ? 血統書がどーしたとか? あの家はコテコテの純血主義なんじゃ。ウチはそがーな家はよぉ好かん!」


 オレは瀬羅の心の内で聞いた話を、とりあえず胸の内にしまっておこうと思った。もしかしたらその事は、オレが考えているよりもずっと、大変なことかもしれないから。

 オレは瀬羅の美しくも冷たい表情を思い出し、それは本当の瀬羅の顔ではないのではないか、そう考えてしまい、少し心が痛んだ。


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